第28話.接触

「無理はするなよ」


「分かってるわよ」


 外壁のかどより少し手前で二人は馬を降りた。シルワもフロースもアルフレッド達の考えが分かるように、ちょうどいいところで減速してくれる。


 既にカテリーナはかどを曲がって先に進んでいる。ここからなら、ひづめの音が届かないギリギリの距離だ。かどのところで一旦止まり、顔だけ出してカテリーナを確認する。


 まだこちらには気づいていない。


『いくぞ』


 アルフレッドは、視線だけでリリアーナに伝えると、かどを出て走り出す。カテリーナまでの距離は50メートル。


 残り30メートル。


 出来るだけ足音を立てないように走る。


 残り20メートル。


 カテリーナが振り返った。アッシュグレーだった髪は、くすんだブロンドへと変わり、肩のあたりでバッサリと切られている。


 およそカテリーナが選ばないような茶色っぽい服を身につけ、大きめのバックパックを背負っている。だが、確かにその顔はカテリーナだった。すこし目つきがするどくなっている気もするが、間違いない。


 振り向いたカテリーナの表情が引きつる。


「カティ、私よ。分かる?」


 リリアーナの必死の訴えに、カテリーナはにがい顔をする。


「くっ、貴様らどうやって追いついた?」


 忌々いまいまし気にてるカテリーナ。その言葉遣ことばづかいは、おっとりしたカテリーナには似つかわしくない。


「カティ、目を覚まして。お願い、カティ」


 カテリーナの前に向かってまっすぐに走りながら、リリアーナは力の限り叫ぶ。だが、そんな声もいまのカテリーナには届かなかった。


「めんどうな」


 短く悪態あくたいをつきながら、カテリーナが短剣を抜こうとした。だが、そこにアルフレッドが迫る。彼は、何も言わずにカテリーナの首の辺り、封魂結晶アニマ・クリュスに手を伸ばす。


「貴様もいたな!」


 そう言って、普段のカテリーナからは想像も出来ないほどの素早い動きで、アルフレッドの手から逃れる。


 およそカテリーナには似つかわしくない反応の連続にリリアーナは愕然がくぜんとする。


 リリアーナは、信じたくなかった。


 大好きなカテリーナの魂が魔女イーリスにとらわれていることを。


 リリアーナは、認めたくなかった。


 カテリーナの意識が消えてしまっていることを。


 半信半疑だったその事実。実際にカテリーナを前にして、信じないわけにはいかなかった。認めないわけにはいかなかった。


「ねぇ、カティ。お願い、起きて」


 それでも、必死に呼びかける。声が届くことを信じて。カテリーナの気を引けると信じて。アルフレッドが、妹を元に戻してくれると信じて。


 今、アルフレッドはカテリーナの後ろに回り込んでいる。少しでもカテリーナの気を引ければアルフレッドにチャンスは来る。


 だから。


「カティ……」


 アルフレッドが動く。だが、またもやカテリーナにはけられてしまう。そこへ、リリアーナも手を伸ばすが、同じく余裕をもってかわされる。


 立ち位置は、アルフレッドとリリアーナが入れ替わっただけで、前後からカテリーナを挟んでいる状態は変わっていない。


 前後からじりじりと間合いを詰めるアルフレッドとリリアーナ。


 忌々し気な表情を見せるカテリーナ。その顔がふっと緩む。


「お姉ちゃん、お願い。通して」


「えっ、カティなの?」


 一瞬、カテリーナだと思って、リリアーナは動けなかった。その隙をついて、カテリーナはリリアーナの横をすり抜ける。


「リリィ!」


 アルフレッドの声で我に返る。その時には、既にカテリーナは走り出していた。


 カテリーナのすぐ後ろをアルフレッドが追う。


 だが、リリアーナは出遅れて、既に20メートルほど離されている。


「なんで?」


 思わずリリアーナは叫んでいた。アルフレッドは、カテリーナのすぐ後ろをついていけているのに対し、リリアーナはその距離を縮めるどころか、どんどん離されていく。 


 三人の中では、身体能力は一番だと自負していた。


 カテリーナは魔法が得意だが、身体を動かすことは苦手なはずだ。アルフレッドにしたって、剣の訓練では彼に負けたことはほとんど無い。特にスピードにおいては、自信があった。


 それなのに、ちっとも追いつけない。


 アルフレッドがついていっているのに、自分は離される一方だ。リリアーナは悔しさと情けなさに押しつぶされそうになる。


 一方、アルフレッドも焦っていた。


 カテリーナとは思えない身体能力は完全に予想外だった。カテリーナでもイーリスでも魔法さえ警戒すればいいと思っていたのに。そのスピードも身のこなしもリリアーナのそれを上回っている。


「くそっ、相手がカティじゃなければ魔銃アルプトラムが使えるのに」


 一瞬、腰のホルスターに手をやるが、首を振って否定した。例え足を狙ったとしても、魔銃アルプトラム威力ではカテリーナに大怪我をさせてしまう。


「カティ、カティ待ってくれ」


 そう懇願するが、カテリーナは止まるどころか、速度を緩める気配すらない。


「しつこいわね」


 それどころか、振り返って、忌々し気な目を向けると、右手を突き出した。


「リリィ、避けて」


 後ろから追いかけてきているであろうリリアーナに警鐘を鳴らしながら、アルフレッドは横に跳んだ。


 直後に、数本の炎の矢ファイアアローが、先ほどまでアルフレッドが走っていた辺りを通過していく。


「きゃあ」


 後ろでリリアーナが悲鳴を上げた。直撃こそしなかったが、地面に突き立った炎の矢ファイアアローが爆発を起こして、それに巻き込まれたようだ。


 一瞬遅れたアルフレッドを置き去りにして、カテリーナは街から離れるように走っていった。

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