第26話.北へ

 夕食後、くつろいでいるところに部屋のドアを叩く音が聞こえた。


「はーい」


 リリアーナがソファから立ち上がってぱたぱたとドアの方へとかけていく。


「ハンスです。カテリーナ様の情報が入りました」


 扉の外からくぐもったハンスの声がする。


「カティの居場所いばしょが分かったの?」


 リリアーナは、慌ててドアを開けてハンスにる。


「いえ、残念ながらそういうわけではありません。というより、カテリーナ様はもうこの街を出てしまわれたものと思われます」


 困惑こんわくと申し訳なさがないまぜになったような顔で、ハンスが頭を下げる。


「どういうことですか?」


 リリアーナは聞き返したが、ハンスの言わんとしていることは分かっていた。ただ、確認せずにはいられなかったのだ。


「先ほど報告が入ったのですが、本日早朝、イーリスと思われる人物が北門から出ていったそうです。この街に戻ったという情報が無いので、そのまま北に向かった可能性が濃厚のうこうとなります」


 情報が遅れて申し訳ありませんと、ハンスは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


「そうですか。じゃあ、早く追いかけなきゃ」


 リリアーナは、慌てて荷物をまとめようとする。それをアルフレッドが止める。


「リリィ、今はダメだよ」


「なんでよ?」


 不機嫌ふきげんそうにアルフレッドをにらむリリアーナ。


「出発したのが早朝なら、徒歩とほで移動していると考えても、かなり遠くまで行っているだろう。それに、もう夜も遅い。危険な上に暗くて見落とす可能性もある。行くなら明日の早朝の方がいい」


 これは正論だ。だが、正論なだけにリリアーナに反論の余地よちは無かった。ぐぬぬぬという声が聞こえてきそうなほどにらまれたが、しばらくするとリリアーナはふっと力を抜いた。


「分かったわよ。アルの言う通り明日の早朝にするわ」


 以前のリリアーナなら、引かなかっただろうが、先日の言い争い以来いらいけっこうアルフレッドの言うことを聞いてくれるようになった。


「そうと決まれば、早く寝ましょ」


 そう言って、早々にリリアーナは寝る準備をはじめた。アルフレッドは、ハンスに目を向けたが、もう報告することは無いというようにハンスは首を横に振る。


 どうやら、もう新しい情報は無いらしい。


 アルフレッドは、ハンスに頭を下げると自分も就寝しゅうしんの準備にとりかかった。


 翌日、日が昇る前に起きだしたアルフレッドとリリアーナは朝食も取らずに、火竜かりゅう鱗亭うろこていを後にした。


携帯食けいたいしょくです。道中にし上がってください」


 宿を出るときに、ハンスが馬上でも食べられる軽食を持たせてくれた。


「お世話になりました。カテリーナを取り戻したら、必ずお礼にまいります」


 アルフレッドは、別れぎわにハンスに頭をさげた。慌ててリリアーナもそれにならう。


「そんな、頭をあげてください。それよりも、お気をつけてくださいませ。相手は、かの魔女イーリスです。皆様のご無事を祈っております」


「ありがとうございます」


 最後にお礼を言って、アルフレッド達はハンスと別れた。北門まで来ると、まだ日の出前だと言うのにちらほらと人の姿が見える。


「こんなに早い時間から、門を出る人がいるのね」


「うん、次の街に早く行きたいか、もしくはその次の街まで行くつもりなのか。たぶん急いでいるんだろうな」


「そうね。私たちも同じか……」


 何か思うところがあったのか、フロースがブルルンと鼻をならして、リリアーナの腕に頬をけた。


「ありがとう、フロース。でも大丈夫よ」


 リリアーナは、フロースの鼻を優しくでる。


 門を出たところで二人は馬上の人となった。


「今日もよろしくね。フロース」


 リリアーナがそう語り掛けると、二頭の馬は軽快けいかいに走り出した。相変わらず、主人の意図いとを察しているかのようだ。


 まだ暗いが、東の空が少ししらみ始めている。もう少しで日が昇るのだろう。朝の冷たい風を感じながらアルフレッドもカテリーナも黙って前を見つめていた。


 ――


 次の宿場町には、昼前に到着した。


 この町でも、リカードの仲間に接触せっしょくして情報を聞こうと思ったが、門の前に来たところで向こうから接触してきた。


 おそらくハンスから連絡がいっていたのだろう。


 さっそく報告を受ける。と言っても、カテリーナらしき人物がこの町に訪れていないことを確認しただけだ。


 町に入っていないということは、カテリーナ、いやイーリスの行動について、多少は予想できる。


 一つ目は、途中とちゅうで追い抜いてしまったという可能性だが、街道の宿場町の間隔かんかくは、大人の足で半日から一日の距離だ。


 イーリスがジリンガムを出たのが昨日の早朝。さすがに、もう先に進んでいるだろう。


 二つ目は、街道かられてどこかに行った可能性だ。この場合は、どう頑張っても見つけるのはほぼ不可能と言っていい。もう一度、リカードの仲間による情報網じょうほうもうに引っかかるのを待つしかない。


 そんなわけで、二つ目の可能性は頭から除外じょがいした。


 三つ目は、この町を通り越して先に進んでいる可能性だ。アルフレッドは、これが一番可能性が高いと思っていた。とういうよりこれしかなかった。


 小さな町では、旅人は目立ちやすいので、それをけて町に入らなかったと考えるのが普通だろう。


 フォートミズからジリンガムまでの宿場町もイーリスは避けたようだったし、ここを避けてもおかしくない。


 そして、ジリンガムで充分に旅支度たびじたくを済ませてきた可能性が高い。それならば、町に入らず野宿したほうが安全だ。


 それらを考慮すると、この町には入らずに先に進んだだろうと推測すいそくできるのだ。


 アルフレッドは、リカードの仲間の人達に礼を言うと、自分たちも町には入らずに北へと向かった。

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