第25話.カテリーナの足跡

 そうこうしているうちに、ドアが軽くノックされハンスが戻ってきた。


 お茶のセットを乗せたワゴンを伴って入ってくると、洗練せんれんされた所作しょさでテーブルの上にお茶とお茶請ちゃうけを並べていく。


 ティーカップからは、とてもいい香りがして、それだけで疲れがいやされそうな気がする。かなり上質な茶葉を使っているのだろう。


「さっそくですが、カテリーナ様の行方ゆくえについてお話しても?」


 アルフレッドとリリアーナが紅茶に口を付けるのを待ってからハンスはそう切り出した。


「ええ、もちろんです。お願いします」


「まずは、こちらをご覧ください」


 アルフレッドが慌てて返事をすると、ハンスはワゴンの下から何かを包んだ白い布を取り出した。


「こちらが、ジェシーという少女がギルドタグと服を盗まれた時に、代わりに着せられていた服になります」


 ハンスが布の包みを開くと、包みの中から出てきたのは薄い水色のブラウスとカーキ色のフレアスカートだった。


「こちらの服に見覚えはありますか?」


「はい、カティが、カテリーナが着ていた服です。間違いありません」


 リリアーナは、ハンスから服をひったくるようにして受け取ると、興奮した口調でそう言った。


「確かに、あの日カティが着ていた服です」


 アルフレッドも確認するが、答えは変わらない。


「やはりそうですか。これでカテリーナ様が、この街に入ったことは間違いなさそうですな」


「「はい!」」


 アルフレッドとリリアーナの声が重なる。


 カテリーナが行方不明になって1週間。ここまで決定的な手掛かりは初めてだ。少なくてもカテリーナがこの街に居たということが分かっただけでも、二人にとっては嬉しかった。


「傭兵ギルドにイーリスの名前で登録があったのは、既にご存知ですよね?」


「はい。リカード様から聞きました」


「その人物の特徴ですが、身長は150センチ前後。髪は肩より短く、色はくすんだブロンドという証言がありました」


 ハンスがそう説明するが、リリアーナは首をかしげた。


「髪がカティとは違うわね」


「うん。でも、髪型も髪色も変えられるんじゃないかな。もしかしたら、魔法でも変えられるかもしれないし」


「そうですな。アルフレッド様のおっしゃる通り、髪を変える方法はいろいろありそうです」


「そうすると、今のカティはブロンドのセミショートかもしれないってこと?」


「そう考えた方がいいね。服も変えているし、髪型と髪色が変わっているとすると、普段のカティとはだいぶ雰囲気が変わっていそうだね」


「ふむ。まあ、会えば分かるからいいかな」


 双子のリリアーナにとっては、少しくらい変わっていてもまったく問題無もんだいない自信があるのだろう。特に気にした風ではなかった。


「その後、傭兵ようへいギルドにカティが現れた形跡けいせきは?」


 アルフレッドが続けてハンスに聞くと、ハンスはゆっくりと首を横に振った。


「その可能性を考えて、我々も手の者をギルドに派遣していたのですが、翌日以降カテリーナ様らしき人物が現れた形跡はありませんでした」


「そうですか……」


 残念そうな表情をアルフレッドは浮かべる。傭兵ギルドに頻繁に現れるなら、ギルドで張っていれば、いずれ捕まえられると思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。


「それからもう一つ、これはカテリーナ様にご関係があるか、まだはっきりとは分かっておりませんが、少し気になった事件がありました」


 これまでとは違い、ハンスの声には少しだけ自信の無さそうな気配があった。


「昨日のことです。スラム街にある闇の両替商で、一人の少女が旧魔法文明時代の金貨を換金していきました」


「旧魔法文明時代の金貨?」


 アルフレッドは思わず聞き返していた。それは、つい先日、湖の遺跡で大量に見た記憶がある。


「はい。旧魔法文明時代の金貨を換金することは、それほど珍しいものでも無いのですが、このタイミングで少女が持ち込んだというのが気になりました。しかも正規の両替商ではなく闇の両替商です」


「確かに、このタイミングで旧魔法文明時代の金貨というのは引っかかりますね」


 アルフレッドが相槌あいづちを入れると、ハンスはさらに言葉を続けた。


「しかも、詳しく聞いてみたところ、その少女の特徴とくちょうは、傭兵ギルドでイーリスと名乗った少女とほぼ一致しています」


「それは……」


「それは、絶対カティだと思う」


 アルフレッドの声をさえぎって、身を乗り出したのはリリアーナだった。


「それで、換金に来たのは何時くらいですか?どのくらい換金したんですか?」


「換金に来たのは、昨日の昼くらいだったと思います。換金したのは旧魔法文明時代の金貨が一枚。王国通貨ですと金貨三枚ほどになります」


 リリアーナの質問に、ハンスはよどみみなく答える。


「昨日のお昼くらいまでは、カティはこの街に居たってことだよね?」


「うん。そうだね。でも、金が必要だったってことは、路銀ろぎんを欲した可能性が高いかもしれないから、ゆっくりはしていられないかもしれないね」


 アルフレッドの言葉にリリアーナの顔がくもる。


「それって、カティがもうこの街を出るってことだよね。じゃあ、早く探しに行かなきゃ」


「待ってリリィ、ダメだよ。これだけ広い街なんだから、闇雲やみくもに探したって見つかりっこないよ」


 あせって部屋を出ようとしたリリアーナを、アルフレッドが止めた。小さな町や村なら見つけられるかもしれないが、一万人規模の街で、あてもなく人ひとり探すのは不可能だ。


「じゃあ、どうしたらいいの?」


 止められて、頬を膨らますリリアーナ。こんなときじゃなければ、こんな仕草しぐさも可愛いのだが。一瞬、うまやでのやり取りを思い出したアルフレッドだが、すぐに、その考えは頭の隅に追いやる。


「まずは、ハンスさんが持っている情報を全部聞かなきゃな。ハンスさん、他に何かありますか?」


 アルフレッドがハンスに水を向ける。ハンスは少し迷った後に口を開いた。


「これは伝えるべきか迷ったのですが……」


 そう前置きしてから、ハンスは言葉を続けた。


「カテリーナ様が、スラムの両替商を訪れたのと、ほぼ同じくらいの時間に、スラムの住人が三人殺されました。ごろつきと言っていいような者達で、スラムでも恐れられていたようです」


「それが、カティと関係があるのですか?」


 リリアーナが問うが、ハンスは首を横に振る。


「関係があるかどうかは分かりません。ただ、三人のうち二人の死因しいんは魔法によるものの可能性が高いそうです。残り一人は刃物でのどを斬られたのが死因ですが、現場にはほとんど争った形跡は無く、やったのはかなりの手練てだれだと推測されます」


「魔法というのが気になるのでしょうか?」


「はい。スラムでのいさかいに魔法が使われることがまれですので」


 アルフレッドの言葉にハンスは神妙しんみょうな表情で頷いた。


「カティの仕業とは思いたくないですが、イーリスの仕業しわざだと考えれば、可能性としてはありそうですね」


 アルフレッドも沈痛ちんつうな顔をする。相手はごろつきで、しかも操られているとはいえ、カテリーナが人を殺したかもしれないと思うと、複雑な気持ちになる。リリアーナも同じことを思ったのか、複雑な表情をして黙ってしまった。


「いずれにしても、が、かなりの手練てだれかもしれないというのは覚悟しておいた方がいいかもしれません」


 ハンスのこの言葉に、アルフレッドとリリアーナは重い表情で頷いた。決まったわけではないが、三人を殺したのがイーリスだとすると、その実力はやっかいだ。


「私が持っている情報はこのくらいですが、引き続き情報は集めます。何か分かり次第お伝えします。本日はもう遅いので、お二人はここでお休みになられては如何でしょうか?」


 窓の外を見れば、既に太陽は西に傾いているらしく、夕暮れのオレンジに街が塗りつぶされていっているところだった。


「そうですね。そろそろ店も閉まる時間ですし、今日のところは諦めます。リリィもそれでいいね?」


 リリアーナは少しだけ不満そうな顔をしているものの、しぶしぶといった感じで頷いた。


 正直なところ、どこを探していいか分からなかったからだ。旅支度をしている可能性しか思いつかないが、店が閉まってしまえば探す当てもない。


 だからリリアーナとしても諦めるしかなかった。

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