第24話.火竜の鱗亭

「さて、頑張ったシルワとフロースを休ませてやりたいし、まずは宿屋を探そうか」


 言葉が分かっているかのように、シルワとフロースが同時にブルルルと鼻を鳴らした。


「これだけ広いと、どこから探せばいいか分からないわね。ルーヴェの街の時みたいに呼び込みの子とかが居ればいいけど」


 そう言いながら、大通りをきょろきょろと見回すリリアーナをアルフレッドはせいした。


「いや、この街にある仲間の拠点きょてんは、宿屋だったはずだ。だから、そこに行ってみるよ」


「そうなのね。場所は分かるの?」


「うん、ここからは遠いけど北門の辺りだったと思う。名前は『火竜かりゅう鱗亭うろこてい』だ。真っ赤な看板が目印らしいよ」


 そう言って、アルフレッドは大通りを北へと向かって歩きはじめた。


 火竜の鱗亭は、すぐに見つけることが出来た。


 北門付近の店で、宿名を出して聞いたところすぐに教えてもらえた。大通りからは、かなり離れていたが店で聞いた説明が適切てきせつだったのと、名前の通り真っ赤な鱗をモチーフとした看板のおかげで、迷わずに見つけることが出来た。


 裏路地にもかかわらず建物の大きさは大通りにある宿屋にも引けを取らないくらい立派だ。


「そうだ、今回は別々の部屋に出来るか聞いてみるよ。この街にはしばらく滞在たいざいすることになるかもしれないし、リリィも一人の方がいいだろう?」


 アルフレッドは宿屋の裏手うらてに回って、シルワをうまやつなぎながらリリアーナに確認する。


「今日も……でいいわよ」


 リリアーナはフロースをうまやつなぎながら消え入るような小さな声で答えた。


「え、なんだって?」


 アルフレッドには、その小さな声ははっきりと聞き取れなかったらしく、リリアーナに聞き返す。


「いっしょ……今日も一緒の部屋がいいって言ったのよ」


 リリアーナは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。だが、今度の声はアルフレッドにもはっきりと届く。


「そっ、そっか。リリィがいいって言うなら今日も一緒の部屋にするよ」


 アルフレッドの方もリリアーナの顔をまともに見ることが出来なかった。それどころか、顔が熱くなってしまう。


「もう、何度も言わせないでよ」


 アルフレッドには聞こえないほどの小さな声で、リリアーナはひとりちる。恥ずかしくて顔をあげられない。


 アルフレッドの方も、顔が熱くなっていることを自覚じかくして、ごまかすようにシルワの鼻筋はなすじを撫でる。


「今日もいっぱい走ってくれてありがとな」


 シルワに声をかけながら、顔の熱が冷めるのを待った。幸いなことにリリアーナもフロースをねぎらっている。


 しばらくして、二人は示し合わせたようにでていた手を止めると、火竜の鱗亭の入り口へと向かった。


 中に入ると、他の宿屋と同様に1階は食堂になっているようだった。まだ食事の時間には早いらしく、食堂は閑散かんさんとしている。


「いらっしゃいませ」


 入り口に立っていると、奥から初老しょろうの男が出てきた。髪にもひげにも白いものが混ざっている。


「ご宿泊ですか?」


「ああ、とりあえず一部屋頼みたい。あと、馬を二頭、厩に繋がせてもらった。そちらもよろしく頼む」


「畏まりました。失礼ですが、アルフレッド様とリリアーナ様でしょうか?」


「あ、はい。そうです。アルフレッドです」


 突然名前を呼ばれて、驚いたアルフレッドだが、すぐにここがリカードの仲間の宿屋であることを思い出した。


 先ほどのリリアーナとのやり取りですっかり忘れていたのだ。


「リカード様からお話は聞いております。お待ちしておりました。こちらにお越しください」


 そう言うと、初老の男は案内するように奥へと向かう。


 アルフレッドとリリアーナも男の後についていった。客室は2階だろうからそちらへ向かうものと思っていたが階段を素通りして、さらに奥へと向かう。


 厨房ちゅうぼうの入り口も素通りし廊下ろうかの一番奥まで進むと突き当りにある扉を開けた。


「こちらでございます」


 初老の男にうながされて入った部屋は、とても豪華ごうかつくりをしていた。客室だとは思うが、予想よりもはるかに豪華なその部屋にアルフレッドとリリアーナは驚く。


 まず、部屋が広い。


 ルーヴェの街の宿屋と比較すると、その広さは三倍以上ありそうだ。大きめのベッドがゆったりと3つ置かれている。空いたスペースには豪華ごうかなソファとテーブルのセットが設置せっちされていた。


 宿屋の外見からしても、ここまで豪華な部屋は想像できなかった。


「アルフレッド様、リリアーナ様。改めてご挨拶させて頂きます。私は、リカード様から、ジリンガムでの諜報ちょうほう活動を任されておりますハンス・クレメントと申します」


 ハンスと名乗った初老の男は、アルフレッドとリリアーナに対し丁寧にお辞儀じぎをした。


「アルフレッド・リードです。リード子爵家ししゃくけ四男よんなんです」


「リリアーナ・オーティスです」


 二人も名乗って、挨拶を交わす。


「お疲れでございましょう。ただいまお茶をご用意させて頂きますので、そちらのソファでお待ちください」


 ハンスは部屋に設置されているソファを指すと、そう言って一旦部屋を出ていった。


 しばらく落ち着かないように豪華な部屋を見ていた二人だが、どちらからともなくソファに腰を落ち着ける。


「すごい部屋だね。きっと、この部屋には一般のお客さんは通さないんじゃないかな」


「もしかしたら、リカード様専用の部屋だったりして」


「リカード様専用だったら、僕らはこの部屋に通されないよ。でも、リカード様の関係者しか通さない部屋な気はするね」


 二人して、再び部屋の様子を見まわした。


 部屋は豪華なだけでなく、しっかりと掃除が行き届いていた。いつでも利用できるように手入れは常にしているのだろう。

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