4章 魔女イーリス

第23話.フロースとシルワ

 アルフレッドとリリアーナは、宿屋で朝食を済ませるとルーヴェの街を後にした。


 今日も空は晴れていて、旅をするには良い天気だ。


 早朝にもかかわらず、街道には既に何組もの旅人の姿があった。ほとんどの旅人が徒歩なのに対し、馬上ばじょうのアルフレッド達は早い。


 しばらく進んだところで、彼らの前後には誰も見えなくなった。


 世界にアルフレッドとリリアーナ以外は、誰も居なくなったような、そんな気分になる。


 二頭の馬も、誰もいない街道を走るのが気持ちいいのだろう。心なしか嬉しそうに見えた。


「ねぇ、アル。この子たち昨日より元気だね」


「そうだな。一晩ゆっくり休ませたからかな」


 リリアーナとアルフレッドは、馬上で大きな声を出す。そうしないと走っている馬の上では声が届かないのだ。


「この調子なら、今日中にジリンガムまで行けるー?」


「うん。大丈夫だと思うよ。これ調子ちょうしなら、日の高いうちには到着とうちゃくできるんじゃないかな」


「そっか。頑張ってね、お馬さん」


 リリアーナはそっと馬の首筋を撫でた。馬の方もリリアーナの言葉が分かるのかブルルンと鼻を鳴らして応える。


 その反応にリリアーナはうれしくなる。


「かわいい!ねえアル。この子たちに名前はあるのかな?」


「そういえば言ってなかったな。そっちがフロースで、こっちがシルワだよ。フロースは、たしか花っていう意味だったかな」


「もう!知ってるなら早く教えてよね。フロースちゃん、よろしくね」


 リリアーナはフロースの首筋を軽く叩いた。ブルルルルと、先ほどと同じようにフロースが鼻を鳴らして応えた。


 心なしかフロースの走りが軽快になったようにリリアーナは感じた。


「シルワ、こっちもよろしくな」


 アルフレッドも同じように、シルワの首筋を撫でると、シルワもブルルルルと嬉しそうに鼻を鳴らした。


 その後もフロースとシルワは軽快けいかいに街道をひた走る。ペースは完全に二頭に任せている。


 二頭はリリアーナの気持ちをさっしたのか、かなりのハイペースで進む。そして、次の街ラヴィアルを昼を待たずして通過した。。


 その後も順調に走り続け、まだ太陽が高いうちに、ジリンガムの街が見えてきた。


 街を囲む外壁の大きさと、外壁の向こうに見える建物の並びでその街がかなり大きい街だということが分かる。。


「あれがジリンガムの街かな?」


「ああ」


 アルフレッドが短く答える。南門が小さく見えてきた。


「外壁も高いね。フォートミズと同じくらいかな?」


「うーん。どうだろうな。フォートミズの方が高いと思うけど、ここも立派な外壁だね」


 アルフレッドが言うように、フォートミズの方が外壁は高い。実際にはフォートミズの外壁の高さは、ジリンガムの2倍近い。


 ただ、遠くから見ただけでは、そこまで違いがあるようには見えなかった。


 その理由は両者の地形の違いから来ている。ジリンガムが平地に街が造られているのに対し、フォートミズは緩やかな斜面に沿って街が広がっている。


 それにより、フォートミズの方は遠くから見ると斜面に建てられた建物を外壁の上に見ることが出来る。一方のジリンガムは外壁よりも高い建物しか街の外からは見えない。


 この違いによりフォートミズの外壁は遠くから見ると低く感じられるのだ。


「おっきな街だよね」


「人口はフォートミズの方が多いみたいだね。でも、ジリンガムもこの国では5本の指に入るくらい大きな街だよ」


「そっか。でもなんだろう。なんか雰囲気が違うね」


 リリアーナは首をかしげた。


「それは、街の中が見えないからじゃないかな。フォートミズは斜面に広がっているから、街の外からでも街並みが見えるけど、ここは、ほら高い建物しか見えないから」


「あっ、ほんとだ」


 リリアーナはアルフレッドの説明に得心がいったのか、ジリンガムの街を見ながらしきりに頷いていた。


「でも、こうしてみるとフォートミズの街ってきれいだよね」


 たぶん、ジリンガムの街とフォートミズを比べているのだろう。ふと、リリアーナがそんなことを口にした。


「ああ、夕暮れ時に街の外から見たフォートミズは格別だって、リカード様が自慢していたしな」


「うん」


 リリアーナは、夕方フォートミズに帰ってきた時に、街の外から見た景色を思い出していた。


 外壁の向こうに見える街並みが夕日を受けてオレンジ色に染まる。何度か見たことがあるそれは、確かに自慢したくなるような美しさがある。


 そんなやりとりが出来るのも、走るのを完全にフロースとシルワに任せることが出来るからだ。


 そのまま、街の南門へ向かって走っていく。


 南門に近づくにつれ、シルワとフロースは少しずつ速度を落としていき、門の少し手前くらいで止まった。


 まるで目的地がここだと知っているようだ。いや、本当に分かっているのかもしれない。


「ほんとうに、おりこうさんね」


 リリアーナは馬から降りると、そう言いながらフロースの頬を撫でる。フロースも嬉しそうに、リリアーナに頬を寄せた。


「すっかり仲良しになったな」


 そんなリリアーナとフロースを見て、アルフレッドは笑顔を浮かべた。


「うん、フロースってばすごいの。何もしなくても、私の考えが分かるみたい」


 リリアーナはフロースの首筋を一生懸命でながら自慢げにアルフレッドを振り返った。


「シルワもそんな感じだな。ほんといい馬だよね。こんないい馬を用意してくれたリカード様には感謝しないとな」


「うん」


 アルフレッドも馬から降りると、シルワの首筋を撫でてしばらくねぎらった。


「さて、街に入ろうか」


 シルワのくつわをとって、南門の列に並ぶ。といっても、それほどしっかりと列が出来ているわけではなく、門の周辺に旅人が集まっているといった感じだ。


 ほとんど待つこともなく、二人はジリンガムの街へと入ることが出来た。


「ここにカティがいるのかな」


 呟きに近いリリアーナの言葉に、アルフレッドは無言で頷いた。この街にまだ居るのかは分からない。もしまだ居たとしても人口数万人にも及ぶ大きな街で、人ひとり見つけるのは至難の業だ。


 でも、絶対に見つけ出すという決意に満ちた目で二人はジリンガムの街並みを見つめていた。

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