第22話.魔女とスラム街

 イーリスは、スラムの街で、やみ両替商りょうがえしょうを探して歩く。


 手入れが行き届いていない家、屋根やねや壁が崩れかけた家、さらには廃材はいざいなどで組まれた、およそ家とは思えないような住処すみかが並ぶ。


 通りには、ごみが放置されているし、道のすみの方でうずくまっている者もいる。


 襤褸ぼろをまとった物乞ものごいらしき人が、小銭をせびるように目の前のかんを叩く。


 土地勘とちかんが無いうえに、闇の両替商が堂々と店を構えているはずもなく、見つけるのはそこそこ苦労しそうだった。


 スラムの住人に、まだ残っていた小銭こぜにをばらまきながら情報を集めていく。と言っても、なかなか思うようにいかなかった。


 この姿では、どうにもめられる。


 所詮しょせん十代半じゅうだいなかばの少女である。


 小銭をにぎらせたところで、なかなか欲しい情報は引き出せない。


 あちらは、少しでもイーリスからかねを引き出したい。だから、そこに駆け引きが発生する。


 スラムの者たちの金への執着しゅうちゃくはすさまじい。


 両替商を探しているということは、後ろめたい何かがあると予想される。そして、両替商を探すこと事態、金目かねめの物を持っていると言っているようなものだった。


 彼らはそういったものを見逃さない。


 的確に足元を見てくるし、情報を小出しにして、少しでも多くの金をしぼりとろうとするのだ。


 それでも、イーリスは根気よく情報を引き出し、ついに闇の両替商の場所を特定した。


 いや、誘導ゆうどうされたのかもしれない。


 少し前から、誰かに尾行つけられているのを感じていた。そして、闇の両替商へと続く道は、スラムの中でももっとも細い裏路地うらろじ


「まあ、この姿じゃ、おそってくれって言ってるようなものね」


 イーリスは誰にも聞こえないほどの小声でひとちる。その可能性は、もちろん承知していたが、ほんとうにおそわれるとは面倒だ。そう思いながらもイーリスは細い裏路地うらろじに足を踏み入れた。


 あんじょうというか、イーリスが裏路地をなかばまで進んだ辺りで、路地ろじの出口をふさぐように二人の男が現れた。


 二人のうち一人は、せた長身の男で、イーリスの身体にめるような視線を走らせ下卑げひみを浮かべている。


 もう一人も痩せているが、こちらはいくぶんか小柄で、右手にはナイフを持っていて、それを器用にくるくると回す。


 後ろにも人の気配を感じて振り返ると、そこには退路をふさぐように小太こぶとりの男が姿を現した。


 先ほどから尾行けていたのは彼だろう。


じょうちゃん、ここを通りたかったら金目のものは全部置いてってもらおうか?」


 月並つきなみなセリフをいたのは、前方ぜんぽうに立ちふさがる小柄な方の男だった。


 右手に持ったナイフをイーリスに向けてすごんで見せる。イーリスは内心ないしん、ため息をつきながらも何も言わずに立ち止まった。


 ああ、めんどくさい。


 イーリスはそう思った。そして、この三人をころしてやりごすか、殺さずやり過ごすかを考える。


 それを恐怖きょうふで動けないと思われたのかもしれない。


 前方の二人はニヤニヤしながら、イーリスの方へと近づいてくる。


「なあ、兄貴。この女、よく見りゃかなりの上玉ですぜ。金をった後は、俺がもらってもいいっすか?」


 長身の男の方が、ねっとりとした視線をイーリスの身体にそそぐ。それがあまりにも気持ち悪くて、イーリスは思わず身震みぶるいした。


「まったく、おめぇはいつもそれだ。金さえありゃ女なんて好きなだけけるっていうのに、何でこういう面倒めんどうなのが好きなんかな?」


 小柄な男の方があきれたように長身の男を見るが、長身の男はそれを気にした風もなく答えた。


「俺はびぃびぃ泣きわめく女を無理やりおかすのが好きなんでさぁ。なあ、兄貴いいだろう?」


 目の前でわされる気持ちの悪い会話には口を挟まず、イーリスは体内に魔力を広げていく。


「しょうがねぇなぁ、しっかり後始末あとしまつはちゃんとしろよ」


「ありがてぇ」


 話がついたらしく、前方の二人が揃ってイーリスに視線を戻す。


「てぇことで、嬢ちゃん。両替商に持ち込もうとしてる物、出してもらおうか?まあ、出してくれなくても、こいつがはだかにひんいくだけだけどな」


 小柄の男の方が、長身の男に一瞬視線を向けながらそう言った。長身の男は何が嬉しいのか、ニヤリと下品げひんわらいを浮かべる。


 そんな二人のやり取りは一切気にしないで、イーリスは何気ない動作で小柄の男に近づくと、その胸に触れた。



 つぶやくように発した力ある言葉。


 何の躊躇ためらいいも無く、その顔にいかなる感情も浮かべずに、イーリスは力を解放かいほうした。

 

 その瞬間、小柄の男の背中から黒く細長い棒のようなものが生える。


「うっ」


 直後、小柄の男が前方に倒れる。小さな金属音きんぞくおんを立てて、落ちたナイフが地面を転がった。


「兄貴ぃ!」


 気付いた長身の男が、悲鳴に近いさけび声をあげて、倒れた男にろうとした。だが、それはかなわない。長身の男の首から勢いよく血がしたからだ。


 男は首を抑えながら数歩よろめくが、すぐにその場に倒れ込んだ。


 少し離れたところには、短剣を抜いたイーリスの姿がある。


 長身の男が、仲間が倒れたことに気を取られた瞬間、イーリスは風のようなスピードで、男ののどっ切ったのだ。


「ひっ、ひっ、人殺し!」


 そちらに振り向くと、小太りの男が腰を抜かして叫んでいた。



 そちらの方向へとイーリスは、力を解放しながら無造作むぞうさに手に持った短剣を振る。


 すると、不可視の風の刃が、小太りの男を襲いきざんだ。


「ああああぁ」


 悲鳴をあげながら斬り刻まれ、やがて小太りの男も動かなくなる。


「いつの時代もこういうやからは居るのね」


 イーリスは、最後に倒れた三人を一瞥いちべつすると、もう興味を失ったようにその場を後にした。


 それは、ほんの一分ほどの出来事できごとだった。


 人を殺すことに、それほど抵抗は無かった。魔女などと呼ばれていたこともあるのだ。人を殺したのは、今回が初めてというわけでもない。むしろ、旧魔法文明時代などは、いろいろな理由により、それなりに殺してきた。


 ただ好き好んで人殺しをしたことは無い。


 必要があれば殺すことはいとわないし、襲われれば返り討ちにするくらいは、躊躇ためらわない。イーリスにとって、他人の命などその程度の価値しか無いのだ。


 今は、あまり目立ちたくないので我慢がまんしていたが、先ほどの長身の男の言葉が気に入らなかった。それで、つい力が入ってしまったのだ。


「早めに街から出たほうがいいかもしれないわね」


 そう呟くイーリスは、少しだけ後悔した。スラムで、ごろつきが三人死んだところで、ろくに捜査そうさが行われるとは思えないが、それでも少し目立ち過ぎたとは思った。


 イーリスは、聞き込みで得た場所にある建物に辿り着くと、扉を開けて中に入った。


 そこは、やはりというか、なっとくと言うか、両替商ではなかった。


 つまり嘘の情報を掴まされたようだ。まあ、先ほどの細い裏路地、あそこに誘導するために嘘をつかれたのだろう。


「まったく、めんどくさいわね」


 イーリスは、先ほどの情報をもらった物乞いのところまで戻る。


「あの三人みたいになりたくなかったなら、今度こそ両替商の場所を教えなさい」


「ひぃ……教える。教えますから……」


 それだけで、物乞ものごいは察したのか、両替商の場所をしゃべりだす。


 もっとも、物乞いにとって、もう黙っている必要は無かった。もともと、あの三人から身を守るために嘘をついたのだ。今度はイーリスから身を守るために本当のことを言うのは自然の流れだった。


 その後は簡単だった。


 闇の両替商はすぐに見つかり、イーリスは無事に金貨の換金を終えた。足元を見られ、値切られそうになったが、それも少し脅したら大人しくなった。


「最初から、こうしていれば良かったのかしら」


 そう言いながら、満足いくだけの金を手に入れたイーリスは、スラムを後にした。そして、その日は旅に必要な買い物を済ませると、早々に宿に引きあげた。


 翌日の早朝、イーリスは宿を引き払うと、ジリンガムの北門から出て北に向かって歩きはじめた。


 しくも、それは、アルフレッドとリリアーナがジリンガムに向けてルーヴェの街を出発したのと同時だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

 第三章、終了です。

 四章もイーリスを追っていきます。

 アルとリリィはイーリスに追いつくことが出来るのか?

 乞うご期待ください。


 アル、リリィ頑張れ!

 イーリス怖い!

 リカードの諜報組織が気になる!

 と思ってくださいましたら、

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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