第18話.ルーヴェの街

 ルーヴェの街は、人口三千人ほどと宿場町しゅくばまちにしては大きい方だ。


 この国で首都エルトリノに次ぐ規模を誇るフォートミズに近いというのが、この街を宿場町として発展させた理由だろう。


 南門から街へと入ると、南北に延びる目抜めぬきどおりのにぎわいが目に飛び込んでくる。


 通りの左右には、宿屋や酒場をはじめとした、さまざまな店舗が隙間すみまなく並んでいる。人の往来も多く、店の外に出て大声で呼び込みをしている人々の声も合わさり、かなりの活気が感じられた。


 アルフレッドもリリアーナもルーヴェの街に立ち寄るのは初めてのことだった。


「思ったよりも、ずっと活気があるのね」


「うん。小さな街だけど、旅人や行商人が多いみたいだね。フォートミズにつながる街道沿いの街だからな」


傭兵ようへいっぽい人も多いわね」


「ああ、それは行商人の護衛ごえいが多いからだろうね。隊商たいしょうなんかだと、数十人規模の護衛がついたりするらしいよ」


「ああ、それで」


 リリアーナは、数人の武装ぶそうした人たちを眺めながら納得したように頷いた。


「とりあえず、今日泊まる宿を探そうか?」


「そうね」


「こいつらを預けなきゃならないから、馬小屋がある宿がいいな。と言っても、どこがいいのかさっぱり分からないけど」


 二人は、馬を連れてゆっくりと目抜き通りを進む。


 通りの左右にある宿屋に目を向けるが、どれも似たような雰囲気で、どの宿屋が良いか分からない。


 それに、店構みせがまえを見ただけでは、馬を預けられるかも分からない。そのため、どうしたものかと途方とほうれていた。


「お兄さん、お姉さん、今夜の宿はお決まりですか?」


 突然声をかけてきたのは十歳くらいの小さな女の子だった。


 急に声をかけられて一瞬びっくりしたアルフレッドだが、すぐに笑顔を浮かべると女の子の目線に合うように少し屈む。


「いや、まだ決まってないんだ。どこかいいところを知っているかい?」


 こうして声をかけてきたということは、宿屋の呼び込みか何かなのだろう。


「はい。お任せください」


 見た目の年齢には似つかわしくない、しっかりした受け答えをするこの少女に、アルフレッドもリリアーナも感心する。


「こいつらも預けたいんだが、大丈夫かな?」


 アルフレッドが馬の方に目線めせんを向けると、少女は頷いた。


「大丈夫です。うちにはうまやもありますので。ただ、ここからは少し離れていますがいいですか?」


「うん、大丈夫だ。案内を頼むよ」


 アルフレッドが笑顔で言うと、少女は花が咲いたような笑顔を浮かべる。そして、先頭に立って歩きはじめた。


 目抜き通りを少し北に進んだ後、細い路地へと入っていく。


「素泊まりだと一部屋30リルになります。夕食と朝食を付けることが出来ますが、ひとり一食につき5リル頂きます。どうしますか?」


「そうだな。朝食はつけてほしい。あと夕食はいらないけど、その代わりに明日の朝、弁当を用意してほしいんだ。できるかな?」


「はい。できると思います」


「じゃ、朝食と弁当も頼むよ」


 裏路地うらろじに入ったところで、少女が振り向きながら、そんなやりとりをする。


「ねぇアル。私、お腹減ってるんだけど、なんで夕食、ことわっちゃうの?」


 うらめしそうな顔でリリアーナににらまれる。こいつ、さっきまでは飯も食わずに先に進もうとしてたくせに。という言葉が一瞬頭をよぎるが、それはおくびにもださない。


「この街のリカード様の仲間は、酒場が拠点きょてんなんだ。だから、その酒場で食事をしようと思って」


「そうだったのね」


 リリアーナは、納得いったように頷いた。


 そうこうしているうちに、目的の宿に到着したようで、少女は振り向くと


「ここです」


 と一軒いっけんの建物を指した。


 大通りの宿屋のようなきらびやかな雰囲気は無いが、小綺麗こぎれいで落ち着いた雰囲気を出している。


「先に、厩に馬をつないでしまいましょう」


 少女はそう言うと、建物の裏手に回る。


 そこには、なかなか立派な厩が備えられていた。既に、何頭か馬が繋がれている。どうやら先客が何人か居るようだ。


 手綱を少女に預けると、少女は慣れた手つきで、厩に馬を繋いでいく。


 馬を繋ぎ終えると、再び建物の正面に戻る。


 カランコロンという音を立てて少女は扉を開けて、アルフレッドとリリアーナに中に入るようにうながした。


 入ったとたん、美味しそうな匂いが鼻孔びこうをくすぐる。


 夕食にはまだ早い時間にもかかわらず、一階の食堂には十人ほどの客が居て、既に酒と食事を楽しんでいた。


 リリアーナの腹が、くぅという可愛らしい音をたてて、空腹を主張する。


 ちらっとそちらを見ると、恨めしそうな表情のリリアーナと目が合う。腹の音を聞かれたのに抗議しているのか、それとも早くご飯を食べたいと訴えているのかアルフレッドには判断できなかった。


「少し待っててくださいね」


 少女はそう言うと厨房ちゅうぼうの方へと入っていった。


「おかあさん、お客様連れて来たよ」


 そんな声が、厨房の方から聞こえてくる。


 しばらくして、厨房の方から女将おかみさんらしきふっくらした女性が、手を拭きながら出てきた。


「いらっしゃい。ひと部屋1泊30リル。それに朝食と弁当が二人分で合計50リルだよ。夕食は本当にいいのかい?」


 リリアーナは一瞬何かを言いたそうに口を開きかけたが、何も言わなかった。


「はい。それでお願いします」


 そんなリリアーナは無視して、アルフレッドは懐から大銅貨を5枚取り出すと、女将さんに渡す。


「50リルちょうどだね。はい、これは部屋の鍵だよ。そこの階段を上がって、右手の2つ目の部屋だからね」


 女将さんは、そう言って50リルの代わりに鍵を渡してくれた。


 鍵には2という数字が書かれている。たぶん部屋番号なのだろう。アルフレドはリリアーナに目配めくばせすると階段を上がっていく。


 右手の2つ目のドアには「2」という数字が書かれている。アルフレッドは鍵を開けて部屋の中に足を踏み入れる。


 それほど広い部屋ではない。むしろ狭いと言ったほうが良いだろう。


 部屋の大部分を占めるのは二つのシングルベッド。そこに清潔せいけつそうな白いシーツがかけられている。


 部屋のすみにはサイドテーブルと丸椅子まるいすが一組置かれているだけで、それ以外には何もなかった。


「あっ。しまった!」


 部屋に一歩入ったところで、突然アルフレッドが大きな声をあげた。


「なによ?急に」


「ごめん、リリィ。一部屋しか取ってない」


「どういうこと?」


「二人で一部屋ってことだ。ごめん、忘れてた。もう一部屋空いてるか聞いてくるよ」


 慌てて、一階に戻ろうとするアルフレッドの服を、リリアーナが掴んで止めた。


「待って。アル、待って。このままでいいよ。一人じゃ心細いし」


 リリアーナは、少しだけ顔を赤らめながら小さな声で言った。


「え?」


 思わず聞き返すアルフレッド。


「心細いから、このままでいいって言ってるの!」


 今度は少し大きな声で言った。だが、その顔はさきほどよりも赤い。


「リリィがいいなら僕は構わないけど、本当に僕と同じ部屋でいいのかい?」


「うん」


 アルフレッドも顔が熱くなるのを感じたが、それ以上何も言わなかった。


「カティ、ごめんね」


 リリアーナのその小さな呟きだけは、アルフレッドの耳にも届かなかった。


 結局、部屋に入っても気まずかったということもあり、二人はすぐに部屋を出て、リカードの仲間が拠点にしている酒場へと向かった。

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