第17話.街道

 アルフレッドとリリアーナは、リカードと別れると、手綱たづなを引いて街の出口へと向かった。


 街の中では馬には乗らない。


 狭い街の中で馬を乗り回すのは危険だからだ。少しでも早くカテリーナを追いかけたい。その気持ちをおさえて二人はフォートミズの北門を目指した。


 あせる気持ちを抑えながら、やっとのことで街から出ると二人は馬にまたがった。馬達も我慢していたのか、二人がくらの上にまたがったのを確認すると、腹を蹴る前に北を目指して走り出した。


 パカラッパカラッという小気味こきみよいリズムを刻む。


 特に指示を出しているわけではないが、馬は迷わずに街道を駆けていく。


 よく晴れていて、雲一つない青空。馬上であびる風は涼しくて、夏の日差しに心地よかった。


 まずまず順調な旅の始まりと言える。


 後ろを振り返れば、つい先ほど発ったばかりのフォートミズの街が、既に遠く感じられる。ゆるやかな斜面に沿って広がるフォートミズの街は、夏の日差しを受けてかがやいているようだった。


 いつ見てもきれいな街並みだとアルフレッドは思う。それは、湖に沈んでいた古代の街並みにも引けを取らない。


 しばらくの間、走りながら振り返っていたアルフレッドだが、再び前を向くとカテリーナが居るであろうジリンガムに思いをせる。


 ここから目的地であるジリンガムまでは、徒歩で四、五日といったところだ。


 トロン、ルーヴェ、ラヴィアルという街道沿いの宿場町しゅくばまちてジリンガムへといたる。


 馬ならば徒歩とほよりもかなり早いので、二日ほどで行けるかもしれない。ただ、どれだけ急いでも今日中にジリンガムまで行くのは不可能だと思った。


 いずれかの宿場町で宿を取り、明日ジリンガムに入るのが現実的だ。そうなると、フォートミズとジリンガムを結ぶ街道のほぼ真ん中に位置するルーヴェの街に今日は泊まるのがいいだろう。


 アルフレッドは、本日の目的地をルーヴェの街と定めた。


 昼を少し過ぎた頃には、最初の宿場町であるトロンに到着する。この調子なら、無理しないでも今日中にルーヴェの街に入ることが出来そうだ。


 二人はトロンの街で休憩も兼ねて昼食をとると、再び北に向かって馬を走らせた。


 そして、日が傾く前には、続く街道の向こうにルーヴェの街が見えてきた。


「リリィ、今日はあの街で宿を取ろう」


 アルフレッドはリリアーナに馬を寄せると、ルーヴェの街をしてそう提案する。だが、そんなアルフレッドにリリアーナは信じられないといった表情を返した。


「アル、なに言ってるのよ。まだ、こんなに明るいのよ。少しでも先に進むべきじゃない?」


「いや、今から次の街を目指すのは反対だ。途中で日が暮れてしまうし、暗い夜道を行くのは危険だ」


 そうリリアーナに訴えるが、それがリリアーナには不満だった。


「街道沿いなら、暗くても危険じゃないわよ。少しでも早くカティのところに行かなきゃ」


 あせるリリアーナ。せっかくつかんだカテリーナの痕跡こんせきを見失いたくない。今、その思いでリリアーナの頭はいっぱいだった。


「そうかもしれないけど、今は無理すべきじゃない。リカード様も言ってただろう?」


「別に危険なわけじゃないんだから、いいじゃない!」


 焦るリリアーナと、慎重論しんちょうろんを唱えるアルフレッド。口論は平行線へいこうせんをたどる。


「夜遅くに街についたんじゃ、宿も見つけられないかもしれないし、食事にもありつけない。今日はルーヴェの街までにすべきだよ」


「なによ。アルはカティより今日のベッドとご飯が大事なの?」


「そうじゃない!!」


 アルフレッドはつい大きな声を出してしまった。リリアーナの肩がビクリと震える。


 二人の険悪な雰囲気を察してか、二頭の馬も走るのをやめた。


「あの時、僕がもっと慎重に動いていれば良かったんだ」


 アルフレッドは悲痛な面持ちで言葉を吐き出す。


「未知の魔導具の危険性なんて分かっていたんだ。それをもっとしっかり説明していれば、カティがむやみにふれることも無かった」


 独白どくはくにも似たその言葉は、あるいは自分に向けられたものだろうか。


「僕にもっと力があれば、イーリスに逃げられることもなかった」


「アル?」


 自責の念を懺悔ざんげするがごとくアルフレッドは後悔を口にする。その様子に、リリアーナは不安になってアルフレッドの顔をのぞき込んだ。


「リリィにまで何かあったら僕はどうしたらいいか分からない」


「だから、焦っちゃダメなんだ。リカード様が言うように慎重に行かなきゃダメなんだ」


 アルフレッドは顔をあげてリリアーナの瞳を見つめる。


「頼む、リリィ。言うことを聞いてくれ。もうこれ以上、後悔したくないんだ」


 強い意思のこもった声で、リリアーナに訴える。その日背負った後悔を繰り返さないために、アルフレッドはリリアーナに気持ちをぶつける。


 ここでリリアーナの焦りを止めなければ、取り返しがつかなくなるような気がして。


「頼む。リリィ。焦る気持ちは分かる。僕だって、焦りそうになる。でも、それじゃダメなんだ。もっとリカード様を信じよう。僕らだけじゃないんだ。リカード様も、ラルフさんも、オズワルトさんだって、みんながついてるんだ」


「アル……」


 リリアーナもまっすぐにアルフレッドの目を見つめる。


「もし、またカティを見失っても、みんながついている。だから、大丈夫だよ」


「ごめんね。アル。分かったわ」


 リリアーナは静かにそう言った。


「私だけ焦ってたみたい。ありがとう、アル。めてくれて」


 アルフレッドは、少し照れ臭そうに頷いた。


 その時、ブルルンとカテリーナの馬が鼻を鳴らして、ルーヴェの入り口に向かって歩き出した。それに並ぶように、アルフレッドの馬も続く。


 二頭の馬は、二人を乗せたままぴったりと寄り添うように歩いていく。


「もしかしたら、リカード様の仲間が新しい情報を掴んでいるかもしれないし、後で訪ねてみようよ」


「この街にも居るの?」


「うん。もちろん」


「カティの服、回収できたのかな?」


「どうだろうね。でも、リカード様の仲間は優秀な人が多いから、きっと回収できているんじゃないかな」


 先ほどの剣悪な雰囲気が嘘のように、二人は穏やかに会話しながら、ルーヴェの街の南門へと向かっていった。

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