3章 旅立ち

第16話.出発

 翌朝、リカードの屋敷の前には、旅支度たびじたくを整えたアルフレッドとリリアーナの姿があった。


 旅支度と言ってもたいしたものは用意していない。


 いくつかの着替えに携帯食料けいたいしょくりょう、毛布や鍋、それに食器などの雑貨を、ズタ袋に詰め込んだだけだ。


 ちなみに、そのズタ袋だがリカードからゆずり受けたもので、ちょっとした魔導具である。


 空間拡張くうかんかくちょう重量軽減じゅうりょうけいげんの魔法が付与ふよされていて、見た目よりも多くの物が入り、重さもそれほど感じないという魔法のかばんだ。


 しかも、空間拡張と重量軽減、どちらも現代の魔法技術では付与できない。そのため、この魔法の鞄、かなり高価なものだったりする。


「やあ、アルにリリアーナ嬢。おはよう」


「おはようございます。リカード様」


「準備は出来ているようだね」


「はい」


 リカードが屋敷から出てきて、軽い挨拶をわす。


「アル、僕が集めている仲間のことは知っているね」


「国中に散っているという諜報ちょうほうを担当している方々のことですか」


「そうだ。彼らは戦いには向かないが、こと情報に関してはかなり頼りになるはずだ。だから、ぜひ彼らを頼ってほしい」


 そう言いながら、リカードはふところから銀の指輪を取り出すと、アルフレッドににぎらせる。その指輪は、装飾そうしょくこそほとんど無いが代わりに、盾と麦をモチーフとしたヴァイスマン家の紋章が刻まれていた。


「リカード様、これは?」


 アルフレッドはリカードの意図が分からず首をかしげた。紋章入りの指輪など、何か意味があるか、もしくは高価なものだと思うのだが、アルフレッドには見当がつかなかった。


「それは、僕たちの仲間であるあかしみたいなものさ。それを持っていれば、どの街に行っても仲間たちが助けてくれるはずだ」


 それを聞いてアルフレッドは思い出した。リカードに一人前の仲間だと認められた時、授けられる指輪があるという話を。


「僕が持っていてもいいのでしょうか?」


 まだ、成人の儀も終えていない。しかも、昨日は足手まといだと言われたばかりだ。


 一人前にはほど遠い自分が受け取っても良いのだろうか?そう思っていると、その考えを見透かしているように、リカードは笑みを浮かべた。


「いずれ君には渡すつもりだった物だ。予定よりはいささか早くなってしまったけどね。でも、今回の旅には必要なものだ。気にせず持って行ってほしい」


「ありがとうございます」


 アルフレッドは、少しだけ躊躇ためらったが、すぐに指輪を右手の中指に嵌める。


「仲間の拠点は以前教えた通りだ。まだ覚えているかい?」


「はい」


 確かに以前、国内に散らばる仲間の話を聞いたことがある。その時に各街にある拠点きょてんの話は聞いた。何気ない会話の中で、ただ覚えておいてほしいと言われた。


 リカードに覚えておいてほしいと言われたので、必死に覚えたのだった。


「街についたら、仲間の拠点を訪ねてみてくれ。そこで情報が得られるはずだし、必ず君たちの力になってくれる」


 アルフレッドはリカードに向かって頷いた。


「では、行ってまいります」


 この指輪がリカードの言っていた、なのだろうと思い、リカードに挨拶をして、背を向けようとした。


 だが、リカードに慌てて引き留められる。


「アル。ちょっと待ってくれ。今、馬を用意しているから」


 リカードの方を振り返った時、ちょうど使用人が二頭の馬を引いてきたのが見えた。


 二頭とも栗毛くりげで、磨き抜かれたように毛艶けづやがいい。仲が良さそうに二頭は並んで歩いてくる。


「ああ、やっと来た。あまり協力できないからね。せめて馬くらいは用意させてもらおうと思ってね」


 馬はとてもおとなしく、自分たちがすべきことを分かっているのか、アルフレッド達の前で足を止めた。


 アルフレッドは、この二頭を知っていた。リカードに誘われて何度か乗馬をたしなんだことがあるが、その時に乗ったことがある。


 間違いなく名馬と呼べる馬達で、頭もいい。


「ありがとうございます」


 アルフレッドはリカードにお礼を言いつつ、使用人から二頭の手綱を受け取った。よく見ると二頭の馬は少し大きさが違うようで、一頭はいくぶんか小柄な体躯をしている。


 小柄の方の手綱をリリアーナに渡した。


 リリアーナが手綱を受け取ると、小柄の方の馬はリリアーナに鼻先をこすりつけながらブルルルッと鼻を鳴らした。


「かわいいわね」


 リリアーナがそう言うと、馬はもう一度ブルルルンと鼻を鳴らす。


 アルフレッドも、大きい方の馬の鼻先を優しく撫でる。馬は嬉しそうに、ブルルルンと鼻を鳴らした。


「よろしくな」


 アルフレッドはそう言ってから、慣れた手つきで鞍の後ろに荷物を取り付けた。取り付けている間も馬はおとなしくしている。まるで、アルフレッドが何をしているか分かっているかのようだ。


「これほどの馬を、ありがとうございます」


「きっと君たちの役に立ってくれるはずだ。可愛がってやってくれ」


 リカードが少し自慢げな表情をする。


 確か、以前乗馬に誘われた時もリカードは馬の自慢をしていたことを、アルフレッドは思い出した。


「では、こんどこそ、行ってまいります」


「ああ。何度も言うが、くれぐれも無理しないでくれよ。危険なことはしない。危なくなったら逃げる。いいね。約束してくれ」


「はい、約束します」


 アルフレッドは決意に満ちた目でそう返した。そして、手綱を引くと、街の出口に向かって歩きはじめる。


 リリアーナもすぐにそれに続く。


 リカードはしばらくの間、不安そうな表情で二人の後ろ姿を見守っていた。

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