第12話.招集

 イーリスがジリンガムの街に入った時より、少し時間はさかのぼる。


 カテリーナが失踪しっそうした翌朝、リカードの屋敷には、彼の配下の中でも腕に覚えのある者達ものたちが集められていた。


 リカードの執務室には入りきらない人数のためか、集められたのは屋敷の謁見えっけんの間だった。


 今、リカードの前に集まっているのは八人。


 まず、リカードの側近そっきんで、彼の右腕としょうされるほどの実力の持ち主、ラルフこと、ランドルフ・シュミット。彼は盾持ちの剣士で、鉄壁てっぺきの防御力を誇る。今の地位に納まる前はS級の傭兵としても名をせていた。


 その隣に立つのはダニエル・バートン。通称つうしょうダニー。傭兵時代はランドルフとパーティを組んでいた一人だ。彼のパーティでの役割は、攻撃のかなめ。そのスピードと卓越たくえつした剣技で多くの敵をほふって来た。


 続いて、ラルフとダニーと共にS級のパーティを組んでいたのが2人。魔法師のココ・プレストンと治癒師のエミリア。


 ココは、その多彩たさいな魔法により攻撃とからめめ手を担当。エミリアは法術ほうじゅつ治癒術ちゆじゅつによりパーティの防御と回復を担当していた。


 リカードは数年前まで、この四人と共に傭兵として国内外を旅している。その頃の功績こうせきは今も市井しせいの間で語り継がれているほどだ。


 だから、この四人のことをリカードは誰よりも信頼していたし、父に代わって領地を治めるようになった今でも、常にそばに置いている。


 その四人の後ろに並ぶ者たちの中で、一際ひときわ目を引くのが一番右にいるルーファス。この中では唯一ゆいいつの獣人で、頭には猫のような耳がついていて、尻尾も生えている。身軽そうな恰好の優男やさおとこで、短槍を武器としている。


 ルーファスの隣に居るのは魔法剣士のカルロス・ジャリエ。剣と魔法の両方を使いこなすという器用な戦い方をする。そして、彼はルーファスと一緒に任務に当たることが多い。


 その隣がジャン・フーリエ。彼もルーファスと組んで任務に当たることが多い。自称、正統派の剣士を名乗っていて、片手剣一本で数々の武功をあげてきた。


 そして、最後の八人目がアルフレッドだった。他の七人に比べれば年齢も若く、リカードのもとであげた実績もほとんどない。


 ここに来た時に、他の顔ぶれを見て自分がなぜ呼ばれたのか分からなかった。


「皆はもう聞いていると思うが、昨日オーティス家のカテリーナ嬢が魔女イーリスの魔導具により身体を乗っ取られ、行方をくらませた」


 リカードは全員の顔を見渡しながら、ゆっくりと話始めた。


「そちらの捜索そうさくは、僕の諜報員ちょうほういん達に任せてある。昨日のうちに、そちらの手配は終わっているから、いずれ何らかの報告が入ると思う」


 その話はそれで済んだと言わんばかりに、リカードは続きを話し始める。集められた一同も、特に質問ははさまなかった。

 

「だが、それとは別の問題が発生した。これは、そこに居るアルフレッドからの情報だが、湖に沈んでいた街の中に魔女イーリスと関係のありそうな屋敷を見つけたらしい。そして、そこには、イーリスゆかりの魔導具が眠っているとのことだ」


「それって、ミズリーノ湖の底に沈む旧魔法文明時代の街の?」


 聞いたのはココ・プレストン。魔法師なだけに、イーリスには興味があるのか。もしくは、旧魔法文明の遺跡に詳しいか。いずれにしても、興味のある視線をリカードに注いでいる。


「ああ、そうだ。アルの話によれば、その旧魔法文明時代の街が、湖の水面に姿を現したらしい」


「まあ。そんなことが」

 ココは不謹慎ふきんしんと思いながらも、つい目を輝かせてしまう。


「そんなわけで、その屋敷から魔導具を回収してきてほしい。カテリーナ嬢の失踪も、イーリスの魔導具が原因だし、放っておくのは危険だからね」


「なんだ、そんなことか。ずいぶんと簡単そうな任務じゃいないか?」


 一同を代表して、ランドルフが反応した。主従関係だと言うのにずいぶんと気安い口調なのは、今ここに今ここに集められている者たちは全員、気心きごころが知れている仲間だからだ。


「まあ、それほど簡単な話じゃないんだけどね。とりあえず、話を先に進めるよ」


 リカードも、ランドルフの気安い口調には、まったく気にする素振りも見せない。


「アルの話によれば、その屋敷は何百年も湖の底に沈んでいたというのに、まったくその影響を受けていないらしい。屋敷の中は当時のままと言っても過言かごんではないそうだ。おかげで屋敷の中の魔導具は、ほとんどがまだ使える可能性が高い」


「すばらしい。すばらしいわ。さすが魔女イーリス」


 感心というよりは、心酔しんすいしたような表情を浮かべるココ。


 それだけ、彼女にとってイーリスの残した研究成果や魔導具の存在が大きいのだろう。実のところ、リカードやアルフレッドも同意見なのだが、今はそれを表に出すと話がそれるので、そこには言及げんきゅうしない。


「うん。そのすばらしい魔女イーリスの魔導具が、剥き出しで放置されている状態なんだ。第二のカテリーナ嬢を出さないためにも、早急に回収してほしい」


「分かったけど、今の話のどこに簡単じゃない要素があったんだ?魔導具の回収だけなら、俺たちがわざわざ行かなくても良さそうなもんだが。何か他に理由があるんじゃないか?」


 ランドルフはリカードに確認するような視線を向ける。


「ああ、ここからが面倒な話だ。どうやら、この件、魔族が関与している可能性がある」


 魔族という単語を聞いたとたん、その場の空気が一気に緊張するのがアルフレッドにも分かった。ランドルフ達の表情がにわかに硬くなり、同時に張り詰めた空気がピリピリとアルフレッドの肌を刺した。


「魔族とは、またやっかいな。これだけの面子めんつを集めたってことは何かあるとは思ったが、まさか魔族が絡んでいるとはな」


「まだ、魔族の関与が決まったわけではないんだが、どうにもきなくさい。杞憂きゆうであってくれればいいんだけどね」


「それで、どうして魔族が絡んでいると思ったんだ?」


 ランドルフの疑問に、リカードは昨日アルフレッドから聞いた話をする。


「シーサーペントに、魔物の急激な増加か。確かに可能性はありそうだな。なあアル。実際に魔族を見たわけでも、その痕跡を見つけたわけでも無いんだな?」


 後半は、後ろにいるアルフレッドに向けたものだ。アルフレッドはふるふると首を横に振った。


「なるほどな。まあ行ってみるしかないってこったな」


 ランドルフは気安く言うが、その目はまだ真剣な色を浮かべていた。ただ、その一言ひとことで、場の空気がいくらか和んだ。


「案内はアル、きみに任せるよ。まずは全員で、君が見つけた館まで行ってくれ。その後は、ココを中心に、エミリア、カルロス、それからアルの4人で魔導具の回収。残った4人は周辺の調査を頼む」


「かしこまりました」


「任せておけ」


 アルフレッドは、畏まってリカードに頭を下げる。一方、ランドルフは気安い感じで返事を返した。他のメンバーもランドルフに続いて頷いている。


「アル、案内頼むぜ」


 緊張した面持ちのアルフレッドの背中を叩いてそう言ったのは、カルロスだった。それを皮切りに、そこにいるメンバーは次々とアルフレッドに声をかけていく。


 アルフレッドの魔導具好きのせいか、リカードとは馬が合う。その為、身分は違えどリカードはアルフレッドをずいぶんと可愛がってきた。だから、アルフレッドは頻繁ひんぱんにリカードの元を訪れていたし、リカードと親しくしているランドルフ達ともいつの間にか親しくなっていたのだ。


「じゃ、みんな頼むよ。今回、僕は同行できないからね」


 リカードは何か思うところがあるのか、少しだけ残念そうな眼差まなざしをする。


本音ほんねは、リカードが一番行きたいんじゃないか?魔導具への執着については異常だからな。ま、代わりに俺たちが行ってきてやるよ」


 と軽口をたたくのは、やはり一番付き合いの長いランドルフだ。


「さっさと行って、リカード様に土産を持ち帰らなきゃな」


「楽しみに待っていてくださいね。リカード様」


 ダニーとココがランドルフに続く。


 その後も、しばらくリカードも交えて話をしていたが、やがて一同は、アルフレッドを先頭に湖の底にあった街に向けて出発した。


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