第10話.魔女イーリスの苦悩

 一方そのころ、カテリーナ。いやカテリーナの身体を借りている魔女イーリスは、次第に薄暗くなる森の中を彷徨さまよっていた。


 封魂結晶アニマ・クリュスの力により、数百年の封印から目覚めたばかりの彼女。なんとかして、アルフレッドとリリアーナの追跡から逃れようと、ここまで必死だった。


 旧魔法文明時代に魔女とまで呼ばれたイーリスだが、封魂結晶アニマ・クリュスの制約のせいで、今は本来の力の一割も出せない。


 そのうえ、目覚めたばかりで慣れない身体を操るのにも苦労している。そんな状態で、アルフレッド達から逃げ切れたのは、かなり頑張ったと言えよう。


 ただ、彼女も簡単に捕まるわけにはいかなかった。


 もし、捕まってしまい封魂結晶アニマ・クリュスを奪われてしまえば、まだ魂が十分に定着していない今、この状態を維持できなくなる。そして彼女の魂は再び封魂結晶アニマ・クリュスの中へと引き戻されてしまうのだ。


 そうすれば、身体の主導権しゅどうけんはカテリーナに取り戻されてしまうのだ。


 イーリスにとって、それだけは避けなければならない。もし、そうなってしまえば警戒されて、再びだれかの身体を乗っ取ることは難しいだろう。


 いくつも用意してあった封魂結晶アニマ・クリュスだが、現在うまく起動しているのはこの1つだけだった。


 旧魔法文明が滅びる原因となった300年前の大災害に巻き込まれて、そのうちのいくつかは、既に失われてしまっている。


 大災害を無事に乗り越えたもののうち、まだ見つけられていないものもあれば、既に破壊されてしまっているものもある。


 リカードが小瓶に封じて持っていたのも、そのうちの一つだ。


 運よく起動できたものは過去にもあったが、それも今現在としては残っていない。だからこそ、捕まるわけにはいかなかった。


 イーリスは、追っ手が来ないことを何度も確認しながら、息を殺して森の中を進む。既に太陽は西の空へと沈みかけており、木が生い茂っている森の中は、かなり薄暗い。それでも、少しでも街から離れようと、イーリスは森の奥へ奥へと進んでいった。


 本心を言えば、街にいって温かい食事と、暖かいベッドにありつきたい。だが、イーリスは首を振ってその思いを断ち切る。


 街に入れば足がつく。もし、捜査の手が伸びていれば、捕まる可能性は高い。


 力が制限されている今の彼女では、兵士一人にすらあらがうすべは無いだろう。今日追ってきたアルフレッドやリリアーナからも、逃げ切ることは難しい。


 先ほど、からくも逃げ切れたのは、ガーゴイルの存在が大きかった。


 ある程度の状況は想定して、あの屋敷にはいくつも仕掛しかけを作っておいた。その一つが役に立ったというわけだが、今から考えてもなかなかきわどかったと思う。


 アルフレッド達にもっと実力があれば逃げ切れなかったはずだ。先ほどは、運が良かったのだ。


 だからこそ今は、街どころか街道にすら近づくわけには行かない。


「もう、この私が森で野宿するなんて」


 文句を言いながら、イーリスは野宿のじゅくが出来そうな場所を探す。あと少しで日が暮れてしまう。そうなれば、森の中には光がほとんど届かないのだ。さすがに、そんな中、動くのは危険と思われた。


 野宿と言っても、その為の道具なんて当然持っていない。毛布一つ持っていないのだ。幸いだったのは、今の季節が夏で、夜でもそれほど冷えないということだ。


 これが冬だったら、そうとうの苦労をいられただろう。


 それでも、力が制限された今のイーリスが、森の中で夜を迎えるということは非常に厳しいことには変わりなかった。


「あ~。もう、お腹も減ったし」


 アルフレッド達を振り切ってからここまで、ずっと歩き続けてきたイーリスのお腹が、きゅるると小さく空腹を訴えた。


 それでも、食べ物を探している余裕は無い。


 ここに来るまでも森の中で、水をたくわえたつる草や、食べられる木の実などを見つけて、多少は口に入れたのだが、空腹を満たすほどではなかった。


 空腹を我慢しながら歩き続けること数十分、辺りが完全な暗に包まれる前に、イーリスは身を隠せそうな岩陰を見つけた。


 イーリスは、辺りを一通り確認した後に、少し躊躇ためらいながらも、岩陰に横になる。寝心地は最悪で、とても眠れないのではと思ったものの、意外にも疲れていたのか目を閉じると、ほどなくして眠りについた。


 翌朝、日の出と共に目を覚ましたイーリスは、まず自分の状態を確認する。


 封魂結晶アニマ・クリュスから目覚めて既に半日以上が経過した。昨日はほとんど魔力の操作は出来なかったが、今日はどうだろうか?


「ふむ。少しは使えそうね」


 人差し指を立てて、そこに火を灯してみる。蝋燭ろうそくのような炎が灯り、その大きさも自由に変えられる。


 彼女は魔法を使うのに、呪文の詠唱も発動体も不要だった。魔力の扱いは感覚で覚えている。それは、身体が変わっても問題無さそうだ。


 蠟燭のような炎から、拳大の小さな火球に変えると、宙をくるくると漂わせてみる。自在に操れることに満足しながらも、その火球をそれ以上大きく出来ないことには不満だった。


「初級の魔法くらいは使えそうね。でも、まだ、出力は足りないかな」


 小さなため息とともに手のひらを握ると、火球はその場で消滅した。そして、イーリスは立ち上がった。

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