第9話.封魂結晶

 アルフレッドは、ヴァイスマン侯爵家を出て、オーティス男爵家の屋敷に戻ってきた。


 そこで、サイモンとリリアーナにヴァイスマン侯爵家でのリカードとのやりとりを報告した。リカードに何らかの心当たりがありそうだということまで伝えてある。


 二人は、それに多少の希望を見出みいだしたようで、少しだけ表情をやわらげている。


「リカード様は、何か知っているみたいだったけど、やっかいな魔導具かもしれないとも言っていた。だから安心するのは、まだ早いんじゃないかな?」


 アルフレッドは、ぬか喜びになるかもしれないことを危惧きぐして、そう言及げんきゅうするが、リリアーナ達は首を横に振った。


「ううん。アルが言うことも分かるけど、それでも何も分からないよりはましだよ」


 確かに今は何も分からない。それならば原因でも行方でも、何か少しでも分かるほうがましというのは頷ける。


 カテリーナがなぜ逃げたのか、どこに向かっているのか、想像すらできない。


 サイモンの指示で捜索隊を出しているものの、フォートミズ周辺の街道を探すくらいしか出来ないだろう。それでカテリーナの消息がつかめるとは思えなかった。


 今、彼らに出来ることはそれだけで、他には、何も思いつかなかった。それをもどかしく感じる三人だったが、どうすることも出来なかった。


 しばらくは落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていたサイモンも、いつしか諦めてソファに腰を落ち着かせた。


 どのくらい待っただろうか、1時間程度だったかもしれないし、もっと長かったかもしれない。


 サイモンが腰を落ち着けてだいぶ経った頃、扉をたたく音がした。


「リカード様がいらっしゃいました」


 扉の向こうから声をあげたのは、サイモンの執事だ。


 サイモンはリカードを迎えるため急いで席を立ち、エントランスへと向かおうと部屋の扉を開けた。


「やあ、サイモン。待たせたね」


 だが、扉の外には既にリカードが立っていた。驚いたサイモンだが、すぐにひざまずいて頭を下げる。


「もう、そんなにかしこまらないでほしいな。それよりも、アル。これを見てくれ。カテリーナ嬢が身につけた赤い宝石っていうのは、これじゃないか?」


 そう言ってリカードはふところから一つの小さなびんを取り出した。小瓶は直径5センチ、高さ7センチほどの円筒形えんとうけいで、中には紅い宝石のついたネックレスが入っていた。


「これです!リカード様、これに間違いありません」


 リカードのすぐ目の前まで走り寄り、食い入るように小瓶の中を見つめるアルフレッド。その声は、興奮気味こうふんぎみに震えている。


「やっぱりそうか。アルの話を聞いて、もしやとは思ったんだが……。いやはや、悪い予感が当たってしまったな」


 リカードは、ひどく困ったような顔をした。


「魔女の魔導具……なのですか?」


 アルフレッドは、ついさっきヴァイスマン侯爵家でリカードと交わした言葉を思い出していた。


 リカードが知っている魔導具だとすると、その魔導具の製作者は魔女イーリスだと。それはやっかいなことだと彼は言っていた。


「ああ。そうだ……」


 リカードは一瞬、何か考えるような素振りを見せるが、すぐに振り切るように顔を上げると話し始めた。


封魂結晶アニマ・クリュス、それがこの魔導具の名前だ」


「アニマ・クリュス?」


 アルフレッドが、リカードの言葉を口の中で反芻はんすうする。


「イーリスが残した記録によると、その効果は魂と記憶の保存。そして、この魔導具はイーリス専用らしい」


「魂と記憶の保存……ですか?」


 サイモンがかすれた声で聞いた。それに対し、リカードが沈痛な表情で頷く。


「イーリスと言えば、旧魔法文明時代後期の代表的な魔導具師で、数々の魔導具を造り出したことで有名だけど、晩年ばんねんはほとんど新しい魔導具を造っていないんだ。そして、とある研究テーマに力を注いでいたと言われている。何だと思う?」


 リカードは、最後にアルフレッドに向けて問う。突然、水を向けられたアルフレッドは、少しだけ考えるそぶりを見せるが、すぐに分からないといった風に、首を横に振った。


「それは、不老不死だよ。古来より多くの偉人が挑んだ命題に、魔女イーリスも挑んだわけだ。そして、彼女なりに一つの答えに辿り着いた。それが封魂結晶アニマ・クリュスさ」


「不老不死」


 アルフレッドは、その言葉を呟きながらリカードの言葉を思い出していた。不老不死、それに魂と記憶の保存と言われれば、ある程度は想像がつく。


「その、小さな宝石の中にイーリスの魂と記憶が入っているのですか?」


 リカードはその言葉に大きく頷いた。


「ああ。そうだ。これは宝石のように見えるが、特殊な魔石で、この中にはさまざまな魔術式まじゅつしきが組み込まれているらしい。らしいと言うのは、複雑すぎてまったく解明かいめいできていないからなんだが。それでも、この中にイーリスの魂と記憶の一部が封じられているのは間違いなさそうだ」


 解明できていないのに、間違いなさそうと言われるのには違和感があったが、リカードが言うのだから、それは正しいだろうとその場の全員が思っていた。


「そして、ここからは想像なんだが、イーリス以外が封魂結晶アニマ・クリュスを身につけた場合、イーリスの魂が身につけた者の身体を乗っ取るんじゃないかと思っている」


「じゃあ、カティはイーリスに体を乗っ取られたってことなんですか?」


 今まで黙っていたリリアーナだが、たまらず声をあげた。


「僕の予想が正しければね」


 リカードは沈痛ちんつうな面持ちで、しかしはっきりとリリアーナの言葉を肯定こうていした。


「それなら、カティは……?カティの魂はどうなっちゃうんですか?」


「ごめん。それは僕にも分からないんだ」


 なおも泣きそうな声でリカードに詰め寄るリリアーナ。しかし、リカードは力なく首を振った。


「じゃあ、どうしたら、どうしたらカティは戻ってくるんですか?」


 目に涙を浮かべながらリカードにすがりつくリリアーナの肩を彼は優しく叩いた。


「カテリーナ嬢を探し出して、封魂結晶アニマ・クリュスをその身から外させる。それで戻るとは限らないけど、もしかしたらそれで魔導具の効果が切れるかもしれない。ごめん。今は、それ以外の方法は思いつかないんだ。だから、それに賭けてみようと思う」


「それなら私は、なんとしてもカティを見つけ出します。そして、あのネックレスを外させます」


 固い意志の宿る目でリリアーナはそう言った。隣でアルフレッドも同じような目をしている。


「そうだね。そして、そこは僕にも手伝わせてほしい。カテリーナ嬢の行方は僕の仲間達に協力してもらって必ず見つけ出すよ。だから君たちには、この街で待っていてほしい。情報が入り次第連絡する」


 そうリカードは約束した。


 リカードの仲間達。それは、彼が若い頃から少しずつ育ててきた諜報組織だろう。


 国内に張り巡らされた人が繋ぐ情報のネットワーク。リカード自身で集めた人材が中核となり、いまや国外までその情報網は伸びている。


 そして、規模、情報伝達のスピードや信頼性も他に類を見ないほどの水準になっている。


 その情報網を使ってカテリーナの行方を追うと言っているのだ。これほど、心強いことは無い。


「リカード様、ありがとうございます」


 サイモンは再びリカードの前にひざまずくと深く頭を下げた。

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