2章 カテリーナの行方

第8話.報告

 日が暮れる前に、アルフレッドとリリアーナは、彼らの暮らすフォートミズの街に戻って来た。


 街に入るとき、門番にカテリーナの姿を見ていないか確認してみたが、予想通りと言うかカテリーナの姿を見た者は居なかった。


 街に入り最初に二人が向かったのはリリアーナとカテリーナの家でもあるオーティス男爵家だんしゃくけ屋敷やしきだ。


 まずは二人の両親に報告するのがすじだろう。


 オーティス男爵家の屋敷に到着すると、まっすぐに当主であるサイモン・オーティスのもとに向かう。


 サイモンに会った二人はすぐにカテリーナの身に起こったことを話した。


 泣きながら話すリリアーナをアルフレッドが補足ほそくするという形で説明を続ける。


 最後にアルフレッドは今回このようなことをまねいたのは自分の責任だとサイモンに頭を下げて謝罪しゃざいした。


 最後まで黙って聞いていたサイモンは、話を聞き終えると少しの間、眉間みけんに手を置いて考えていた。


 だが、すぐに顔を上げると口を開いた。


「話は分かりました。にわかには信じられない話ですが、二人が言うならそうなんでしょうね」


 そう言ったサイモンの声には力が無かった。


「今回の件は、娘の不注意が招いたことでしょう。アルフレッド様に責任はありません。頭をあげてください」


 サイモンはアルフレッドの肩に手を置いて首を振った。


「それよりも、急いで捜索隊そうさくたいを組織しなければなりませんね」


 サイモンはそう言うと、そばに控えていた執事に人を集めるように言った。そして、待っている間にもう一度、アルフレッドに向かう。


「アルフレッド様、すみませんがこのことをリカード様にも伝えて頂けますか?魔導具に詳しいあのかたなら何かご存知かもしれません」


「分かりました。すぐにでも行ってきます」


 アルフレッドは、それだけを言うとオーティス男爵家を後にした。その足で、リカードの住むヴァイスマン侯爵家こうしゃくけへと向かう。


 リカード・ヴァイスマン。


 この国の第二の都市であるフォートミズ周辺を治める、ヴァイスマン侯爵家の長男にして、次期当主とされる人物で、歳は今年で25になる。 


 その才能は多くの人々に認められており、若くして父親を支えて政務せいむに当たる彼は、既に数々の実績を残している。


 その一方で無類むるいの魔導具研究家としても名を知られている人物だ。


 アルフレッドは、幼い頃から身分を超えて親しくさせてもらっていた。アルフレッドの魔導具好きは彼の影響でもある。


 そんなアルフレッドの突然の訪問にも関わらずリカードはこころよく応じてくれた。


 まだ仕事中だったようで、アルフレッドはリカードの執務室しつむしつに通される。


「めずらしいね。アルがこんな時間にたずねてくるなんて」


 リカードは次期公爵とは思えないほどの気さくさで応じた。


「こんな時間に申し訳ございません」


 アルフレッドが頭を下げると、リカードは書類から目を離して顔を上げた。その目がアルフレッドの様子を捉える。


「そんなにかしこまらないでくれ。それより何かあったんじゃないのか?」


 何かを感じ取ったのか、リカードは先を促し、アルフレッドは恐縮きょうしゅくしつつも今日あったことをリカードに話しはじめた。


 リカードは、ときどき質問を挟みながらもアルフレッドの話を最後まで聞いていた。


 特にカテリーナが身につけた紅い宝石のネックレスが気になったのか、その形状や大きさ、色などを細かく聞かれた。


 ひととおり聞き終えたリカードは、軽く息を吐いて深く椅子に座りなおす。


「アル、大変だったね。しかし、よく無事に帰ってきてくれた。君の持ち帰った情報は必ずカテリーナじょう救出の役に立つはずだ。さっきの話の中に、少し心当たりもあるしね」


「心当たり……ですか?」


「うん、さっき話があった紅い宝石なんだけど、もしかしたら僕の知っている物と同じかもしれない。そうなると、その魔導具の製作者は魔女ってことになるんだけど、それはそれでやっかいだね」


「魔女イーリス!?」


 魔女の名前はアルフレッドも聞いたことがある。旧魔法文明最盛期の魔導具師まどうぐしにして、魔法研究者だ。彼女の造った魔導具は現代にも残されていて、信じられないほどの高値で取引されるものもあるらしい。


「ああ、アルが見つけた遺跡の建物だけど、もしかしたら魔女イーリスゆかりのものかもしれないな」


 それを聞いたアルフレッドが複雑な表情をする。


 もし、ほんとうにイーリスのゆかりのある建物であれば、世紀せいき大発見だいはっけんともいえるほどのことかもしれない。しかし、それがカテリーナの異変につながるのであれば話は別だ。


 そこにイーリスの魔導具が関わっているとすれば、間違いなくやっかいな話になる。


「いずれにしても、ちょっと調べなきゃならない。それに気になることもあるしね。少し時間をくれないか?」


「気になることですか?」


「うん。さっきアルは、湖周辺の魔物が増えたって言ってたよね。それにシーサーペントの出現っていうのも気になるしね」


「あっ、そうでした。それをリカード様にお伝えしなければと思っていたのですが、カティの件で失念しておりました」


 アルフレッドは、リカードに言われるまで大事なことを忘れていた自分を恥じて、頭を下げた。


「いやいや問題無いよ。結果的にこうして伝わっているし」


 リカードは気にするなというように手を軽く振った。そして、急にけわしい表情を見せると、まっすぐにアルフレッドを見つめる。


「急に魔物が増えたり、普段見かけない魔物の目撃報告が入ったりした場合、その原因というのは、いくつかに絞られる。それは何だか分かるかい?」


 口調こそ優しいが、リカードの真剣な眼差しに一瞬だけ考える素振そぶりを見せたアルフレッドだが、すぐに口を開いた。


「近くに新しいダンジョンが出現したか、魔族が関与しているかのいずれかの場合が多いです」


 この答えにリカードは満足そうに頷く。


「そのとおり。そして、どちらであっても放置できない問題だ。カテリーナ嬢のことも、もちろん大事だが、そちらも調査しなければならない。それらの手配もあるから、アルは先にサイモンのところに行っていてほしい」


「かしこまりました」


 その後、アルフレッドはリカードに頭を下げると、ヴァイスマン侯爵家こうしゃくけを後にした。


 アルフレッドが部屋を出た後、リカードは彼の執事を呼ぶ。


 アルフレッドと入れ代わるように執務室しつむしつに入ってきたのは、ロマンスグレーの髪を後ろにでつけ、黒の執事服しつじふくを完璧に着こなした初老の男性だった。


 彼の名前は、オズワルト。リカード専属の執事にしてリカードの師でもある。文武どちらにも優れ、リカードの良い相談相手でもあった。


「そういうわけで、至急しきゅううごける者を集めてほしい。僕は、ちょっとロズウェルのところに行ってイーリスの遺産いさんについて調べてくる」


「かしこまりました」


 オズワルトは洗練された所作でリカードに一礼すると部屋を出ていった。特に急いでいる風には見えないのに、その動きは速い。それだけでも、彼の実力が伺い知れた。


 それを見届けた後、リカードも上着を羽織はおると、執務室を後にした。

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