第7話.ガーゴイル

 アルフレッドが一階の廊下に出た時には、カテリーナは既にエントランス付近まで走り去っていた。普段のカテリーナからは想像もつかない速さだ。


 ようやくアルフレッドがエントランスに辿たどいた時には、そこにはもうカテリーナの姿は無かった。


 その代わりに、二体の石像がアルフレッドの行く手をふさぐ。


 それは、先ほどエントランスに入った時、螺旋階段の下に鎮座ちんざしていた二体の石像だった。入った時とは違い、今は生き者のように動いている。


 ガーゴイル。魔法生物に分類され、魔物をかたどった石像などが魔法による仮初かりそめいのちを与えられたものだ。


 おそらく逃げていくときにカテリーナが何かしたのだろう。


「くっ、邪魔じゃまだ」


 アルフレッドはあせっていた。


 このままカテリーナを見失ってしまったら、もう見つけられないんじゃないかと、そんな不安がよぎる。


 アルフレッドは腰のホルスターから魔銃アルプトラムを抜くと左のガーゴイルに銃身を向ける。


 引き金を引いた瞬間、ガーゴイルはつばさを広げて飛び上がった。そのせいで、銃弾はわずかにガーゴイルをそれる。


 撃ち抜いたのはガーゴイルの右足だけで、石で出来たその右足は、粉々に砕け散った。


 しかし、当のガーゴイルは砕けた右足など意を介さないようだ。


 何事もなかったように、ガーゴイルはアルフレッドに飛びかかる。魔銃アルプトラムの弾丸を入れ替えている余裕は無い。


 たまらず、アルフレッドは魔銃アルプトラムを投げ捨てて剣を抜いた。


 迫りくるガーゴイルの爪を、かろうじてその剣で受け流す。


「アル、カティは?」


 そこへ、やっと追いついたリリアーナが、カティを探して叫ぶ。


 叫びながらリリアーナは腰の剣を抜いていた。右のガーゴイルがリリアーナへと襲い掛かったからだ。


 さすがに、せまりくるガーゴイルを無視することは出来ない。リリアーナに迫るガーゴイルに細剣さいけんによる二連突き放って退ける。


「リリィ、そっちは任せた」


 アルフレッドはリリアーナに問いに答える余裕はなく、それだけを言うと、左のガーゴイルへと距離を詰めた。


「おおおおおおぉ」


 縦横無尽じゅうおうむじんに剣を振るうアルフレッド。何度もその剣はガーゴイルの石の身体をかすめる。だが、致命傷ちめいしょうには至らない。


 ガーゴイルの動きは速く、なかなかクリーンヒットが入らない。


 中途半端な斬撃ざんげきは、ガーゴイルのかたい石の身体を削るだけで決定打にはならなかった。


 魔銃アルプトラムで左足を砕いても、動きが鈍ることの無いガーゴイルだ。少し身体を傷つけられたくらいでは、その動きを鈍らせることすら出来なかった。


 それでも、少しずつアルフレッドが押していく。


 何度目かの攻撃で、ガーゴイルの右手首を斬り落とし、右足も膝辺りから砕く。手足のほとんどを失ったガーゴイルは、さすがに動きが悪くなった。


「落ちろー!」


 アルフレッドは渾身こんしんの力で剣を振った。


 その剣はついにガーゴイルの首を捉えた。硬い石の手応えを感じつつ剣を振り抜くとゴトリという音を立てて、ガーゴイルの首が床に転がった。


「リリィ」


 アルフレッドはリリアーナの方へと視線を向ける。その瞬間、体に衝撃しょうげきを感じた。何が起こったかも分からないまま、アルフレッドは後ろに弾き飛ばされた。


「かはっ」


 背中から思いっきり壁にぶつかって肺の空気を強制的に吐き出させられる。


 その場に崩れ落ちながらも、なんとか顔を上げたアルフレッドの目に映ったのは、頭を失ってもなお動き続けるガーゴイルの姿だった。


「あんなになっても動けるのか」


 そう言いながら、アルフレッドの頭には騎士学校で習ったガーゴイルのことがよぎった。


 ガーゴイルのような人工的じんこうてきに造られた魔法生物は魔石にも似たかくを持っており、それを破壊しない限りは完全にはその機能を停止しないらしい。


 だから、手足だけでなく頭を失ってもなお目の前のガーゴイルは動き続けているのだ。


「そうだったな」


 立ち上がろうとしたアルフレッドの手が、偶然ぐうぜんにも先ほど投げ捨てた魔銃アルプトラムに触れた。アルフレッドはそれを握りしめる。


 ポケットから、銃弾を取り出すとアルプトラムに装填そうてん。ジャキンという音を立て銃身を起こすと、ガーゴイルの中心付近に狙いを定める。


 魔銃アルプトラムの音に反応したのか、ガーゴイルが再びアルフレッドに迫る。だが、手足と頭を失っているためかその動きはいくらか遅い。


 近づいてくるガーゴイルの中心にしっかりと狙いを定める。すぐそばまで迫り来るのをじっくりと待って、アルフレッドは引き金を引いた。


 ダァーンという大きな音と共に、ガーゴイルの身体が中心から弾けた。


 どうやら、今度こそかくを撃ち抜いたらしい。砕けたガーゴイルの身体は、瓦礫がれきとなって床に散らばった。


「リリィ」


 今度こそ、リリアーナの方へと視線を向ける。


 リリアーナは、ガーゴイルのスピードにも負けない素早い動きでガーゴイルを翻弄ほんろうしていた。


 ガーゴイルの攻撃を余裕を持ってかわしながら連続して刺突しとつを繰り返す。


 そのたびにガーゴイルの表面を削るがそこまでだった。致命傷にはほど遠い。むしろ、たいしたダメージになっていなかった。


「もう、何でこんなに硬いのよ」


 リリアーナが悪態あくたいをつきながらも、ズガガガガと音を立てて細剣さいけん刺突しとつを繰り返す。心なしかガーゴイルの顔や身体が細くなっているように見える。


 彫刻?そんな言葉がアルフレッドの脳裏をよぎる。


 アルフレッドは首を振って、その考えを振り払うと、魔銃アルプトラムに新たな弾を装填そうてんする。そしてリリアーナと対峙たいじしているガーゴイルを狙った。


「リリアーナに気を取られている今なら」


 アルフレッドは、リリアーナの刺突がガーゴイルに突き刺さる瞬間に引き金を引いた。


 ダァーンという音を立てて、弾丸はまっすぐにガーゴイルの身体の中心へと向かう。今度はけられることもなくガーゴイルの中心に命中した。


 かくを破壊されたガーゴイルは音を立てて崩れ落ち、床に瓦礫がれきをぶちまける。


「ありがとう、アル。こいつ硬くて」


 リリアーナは荒れた呼吸を整えながらアルフレッドの方を振り返った。


「ああ。それよりも、早くカティを」


 アルフレッドの言葉に、ハッとしてリリアーナはエントランスの外に目を向ける。だが、当然のようにそこにはカテリーナは居ない。


 二人は、急いでエントランスから外へと出ると、辺りを見回みまわした。だが、そこにもカテリーナの姿は無かった。


「外壁の上から見よう」


 アルフレッドがそう言うと、外壁に向かって走り出す。すぐにリリアーナもそれに続いた。


 外壁の内側に設置されている階段を駆け上がり、外壁の上からカテリーナを探す。


 高い位置なだけにかなりの広範囲こうはんい見渡みわたすことができるが、いくら探してもカテリーナを見つけることは出来なかった。


「ねぇ、アル。カティはどうしちゃったの?」


 しばらくして、どうしてもカテリーナを見つけられなかったリリアーナは、不安そうに口を開いた。それに対して、アルフレッドも困惑こんわくした表情を浮かべる。


「分からないんだ。ただ、さっきのカティはカティじゃなかった。少ししか顔は見えなかったけど、まるで別人だったんだ」


「別人?」


「そうなんだ。なんだか良く分からないが、カティの中に別の人格じんかくが入っていた。そんな感じだった」


 アルフレッドは、先ほどのことを思い出そうとするかのように額に手を当てながら、少しずつ言葉にしていく。


「別の人格?」


「ああ、カティが紅い宝石のネックレスを着けたとたんに豹変ひょうへんしたんだ。カティとは思えない顔で笑ってたし、声もいつもと違ってた。たぶん、あの紅い宝石が魔導具だったんだと思う」


 アルフレッドも確証は無いようで、自信なさげに推測すいそくを続ける。


「魔導具によって、カティが操られているって可能性もあるけど、どちらかと言えば身体を乗っ取られたって言ったほうが近いかもしれないな」


「身体を乗っ取られた?」


 リリアーナが信じられないというように聞き返した。


「確かに信じられないようなことだけど、たぶんあれは旧魔法文明の魔導具だと思う。もしかしたら、そういうことも出来るのかもしれない」


「じゃあ、カティはどうなっちゃうの?」


「分からない。あの紅い宝石のネックレスさえ、はずすことができれば元のカティに戻るかもしれない。だけど、今はどんな魔導具かも分からないんだ」


 アルフレッドは肩を落としながら自信なさそうに答えた。


「じゃあ、早くカティを探して、そのネックレスを外させなきゃ」


 リリアーナは走り出そうとして、しかし動けなかった。どこに向かっていいか分からなかったからだ。


「リリィ、無理だよ。カティがどこに向かっているかも分からないんだ。一旦、街に戻ろう。もう、リカード様達に頼るしかない」


 悔しくて、声が震える。だが、今のアルフレッドにはそれ以外の方法は思いつかなかった。


「そう……ね」


 リリアーナも力なく頷いた。


 それから二人は、全力で街に向かって走り出した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

 第一章は終了です。

 第二章からは、カテリーナの捜索が始まります。

 アル、リリィ、カティが好き!

 カティを助けたい。

 アル、リリィ頑張れ!

 と思ってくださいましたら、

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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