第6話.真紅の宝石

「これは、いずれ調べるとして、今は中に入る方法を探そうか」


 そう言うと、アルフレッドは壁に沿って建物を回り込むように歩いて行く。そして、建物の角を曲がったところで、先の方に入り口らしき扉を見つけた。


「ねえアル君。壁があんなに硬いんじゃ、中に入るのも難しいんじゃないかな?」


 カテリーナが不安そうに言うが、アルフレッドは笑顔を浮かべた。


「まあ、その時は出直すさ。それに、壊さなきゃ入れないって決まったわけじゃないしね。ちょっと調べてみよう。二人は危ないから、離れていてくれるかい」


 そう言ってアルフレッドは扉の前に立つと、その扉を入念にゅうねんに調べ始める。見るだけではらず扉のいたるところをペタペタと手で触れていく。


「アル君、そんなに触って大丈夫なの?」


「うん。罠のたぐいは無さそうだからね」


 心配そうに遠くから覗き込むカテリーナに、特に気にした風もなく返すアルフレッド。


「私たちには離れてるように言ったくせに、そんな無警戒むけいかいに触って。心配になるじゃない?」


 リリアーナが不満そうに口をとがらせるが、アルフレッドはぱたぱたと手を振った。


「ごめん。でも、罠が無さそうだって言うのは自信があったんだ。二人に離れてもらったのは念のためってとこかな。思った通り罠は無かっただろ?」


「もう……」


 リリアーナは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。


「さてと、このあたりかな」


 アルフレッドがおもむろに扉の中心付近に手で触れる。すると、石の扉は音も無く横にスライドした。


「おっ、開いた!?」


 まさかこんなに簡単に開くと思っていなかったのか、アルフレッド自身もびっくりして目をまるくしている。


「え?開いたの?」


 リリアーナとカテリーナも驚きの声をあげた。誰も、こんな簡単に扉が開くとは思っていなかったのだ。


「せっかく開いたんだから、ちょっと入ってみようか?」


 アルフレッドは慎重に建物の中を覗き込む。扉が開いた時に灯ったのか、ご丁寧に部屋の中は魔法の明かりで照らされている。


「危険は無さそうだな」


 アルフレッドは、建物の中に足を踏み入れた。特に危険なものは無さそうだ。アルフレッドが目配せするとリリアーナとカテリーナも恐る恐るアルフレッドに続いた。


 建物の中は普通の貴族の邸宅ていたくとあまり変わらないようだ。


 広いエントランスがあり、左右に伸びる廊下とその奥には二階へと続く左右対称の螺旋らせん階段。エントランスは2階まで吹き抜けになっており高い天井てんじょうには豪華なシャンデリアが魔法の明かりでエントランス全体を照らし出している。


 螺旋階段の下には、二体の羽の生えた魔物の石像が鎮座ちんざしていて侵入者であるアルフレッド達三人をにらんでいるように見える。


 今にも動き出しそうなほど精巧せいこうに造られたそれは、しかし近づいても動きだすような気配は無かった。


「あれ?中は濡れてないんだね」


 カテリーナが不思議そうにつぶやく。


「そうなんだよ。何十年、何百年と水に沈んでいたはずなのに、中はまったく濡れた形跡が無いんだ。ほんとうにすごいよな」


 アルフレッドは、心から感心しているようで、ときどき唸りながら建物の中を観察していく。


 その後も三人は、ゆっくりと建物の中を探索していった。


 最初は警戒していたものの、罠らしきものがまったくないようで、徐々にその警戒心は緩んでいく。


「なんだか、まだ人が住んでいるみたいだよね~」


「そうよね。これだけ小綺麗こぎれいに掃除が行き届いていると、ずっと湖の底に沈んでいたとは思えないわね」


 一部屋ずつ入って調べているが、応接室や寝室、ダイニングなどが並んでいるだけで、これと言ってめぼしいお宝は見つけられていない。


 いや、家具一つ、調度品ちょうどひん一つとってもかなりの価値があるものが並んでいるが、アルフレッドが探しているのは珍しい魔導具であり、そういった物は今のところ見つかっていない。


「あ、地下室」


 それは、一階の右側にある廊下の一番奥にあった扉を開いた時だ。


 扉の先はすぐに下り階段となっていて、地下へと続いている。ここもご丁寧に扉を開けたとたん明かりが灯って、途中でカーブしている階段を奥まで照らし出していた。


「宝物庫や、魔導具の研究なんてやつは、だいたい地下って相場が決まってるんだ。ちょっと期待してもいいかもね」


「魔導具、見つかるといいね。アル君」


 期待に胸を膨らませるアルフレッドを、優しそうに見つめるカテリーナ。だが、リリアーナはそんなアルフレッドを冷ややかに見つめて言った。


「アル。あんまり浮かれてると怪我するわよ」


「へいへい。気をつけますよ」


 そうおざなりに返事をするアルフレッドだが、その目は先ほどよりも少しだけ緊張感のある光をたたえていた。


 なんだかんだと言っても、リリアーナの忠告は素直に聞くらしい。


 しかし、それも地下の扉を開けた直後に吹き飛んだ。


 まさに、そこは宝物庫だったようで、さまざまな財宝だけでなく、アルフレッドが求めていた珍しい魔導具なども並べられていた。


「うわ、見たこともない魔導具がこんなに」


 奥の棚に並べられた魔導具に駆け寄り、アルフレッドは感嘆かんたんの声をあげた。


「ここに並んでいるのは剣か。どんな能力なのか見ただけじゃ分からないけど、きっとすごいものなんだろう」


 何本か並べられている剣や槍などの武器。刀身だけでなく柄や鞘なんかにも魔石が埋め込まれているのは分かる。そのことからも、何らかの魔法的な効果がほどこされていることは容易に想像できる。


「こっちは、魔銃まじゅうか。アルプトラムみたいな形状のものも多いけど、見たことも無いような形もたくさんあるな。何本か持ち帰ればリカード様も喜んでくれるかな」


 それが魔銃だと分かるのは、アルフレッドが持つアルプトラムと同じような形状のものが何本も一緒に並べられているからだ。


 その魔銃の中でもアルフレッドが特に気になったのは銃身が異常に長いものだった。


 アルプトラムの二倍では済まない長さのものが何本かある。


「こんな長い銃身、何の意味があるんだろう」


 アルフレッドは食い入るように、その銃身の長い魔銃に見入っていた。それでも、けっして不用意に手を出そうとはしない。


「あー、撃ってみたい。試してみたい」


 アルフレッドは後ろ髪を引かれる思いで、次の棚へと視線を移す。次の棚は武器ではなく、鏡の様なものや、黒い箱、ランプに似た何かなど、様々なものが並んでいる。


「これらも、魔導具……なんだろうな?」


 一見いっけんしただけでは何に使うか分からない物ばかりだが、ところどころに魔術式まじゅつしきのようなものが描かれていたり、魔石が埋め込まれていたりすることからこれらも魔導具の一種だというのは分かる。


 これらもアルフレッドの興味を引いたようで、彼はじっくりと見ていった。


 一方、興奮するアルフレッドを見て、時間がかかりそうだと判断したリリアーナとカテリーナも、それぞれ分かれて宝物庫の中を見て回ることにした。


 そして、カテリーナは数々のアクセサリーが並べられている棚の前で足を止めていた。


「ふわぁ。すてき」


 カテリーナは、その中でも台座に置かれた一つのネックレスに目を奪われる。


 ペンダントトップには親指の爪よりも大きな真紅しんくの宝石がはめ込まれていて、蠱惑的こわくてきに光を反射している。宝石の台座部分の金属もかなり凝った意匠いしょうらされていて、中央の宝石の美しさを際立たせている。


 チェーン部分は、複雑な意匠の金の繊維せんい幾重いくえにも絡み合っているようで、それ自体も控えめながらときおり光を反射してキラキラと輝いている。


 カテリーナは、思わずそのネックレスを手に取っていた。そして目の高さまで持ち上げると、を見つめる。


 その深く美しい紅い色に引き込まれそうになる。


 いや、カテリーナの表情は既に、その石に魅入みいられてしまった様子でじっとを見つめている。


「カティ、効果の分からない魔導具がほとんどだからむやみに触っちゃダメだぞ」


 そんなカテリーナに気付いたのかアルフレッドが声をかけるが、その声にカテリーナは反応しない。


 それどころか、アルフレッドの言葉を無視して、そのネックレスを身につけてしまった。


「カティ?」


 アルフレッドが怪訝けげんに思い再び声をかけると、カテリーナはアルフレッドのほうに振り返った。その胸にはが輝いている。


「どう、このネックレス。似合うかな?」


 そう言った瞬間、はげしくあかい光を放った。


「カティ、ダメだ」


 アルフレッドが叫ぶが、カテリーナは高らかに声をあげて笑い出した。それは、普段のおっとりしたカテリーナからは想像もできない笑い声だった。


「あはははははは。ついに、ついに、やったわ」


「カティ?」


 不審ふしんに思ってアルフレッドが声をかけるが、カテリーナは狂喜きょうきに近い笑いを浮かべながら、何も言わずに入り口の方に走り出した。


 その後ろ姿が、その髪がアッシュグレーから黒に近い色に変わっていた。


「リリィ、カティを捕まえて」


 嫌な予感がしてアルフレッドが叫ぶ。


 異変を感じて、振り返っていたリリアーナだが、状況をつかめていないのだろう。ひどく戸惑っている。


 それでも、アルフレッドの言葉に反応してカテリーナを取り押さえようとする。だがカテリーナが身体ごとぶつかってリリアーナを弾き飛ばした。


「えっ?」


 突然の出来事に反応の遅れたリリアーナはみごとに弾き飛ばされて尻餅をつく。その隙にカテリーナは部屋の入り口に到達して、地上を目指して階段を駆け上がる。


 一拍遅れてアルフレッドが入り口に向かう。


「ちょ、アル。何なのよ?」


「説明してる暇は無いんだ。急いで追わなきゃ」


 それだけを言い残して、アルフレッドはカテリーナを追って階段を駆け上がった。

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