第5話.現れた古代遺跡

「ねえ、あれ」


 リリアーナが湖の一点をゆびさした。それは、湖の北側。今も轟轟ごうごうと滝のように湖水が流れ出ているところとは正反対の位置だ。


屋根やね?」


「そうか、水位すいいが下がったから街が水面に出てきたんだ」


 まだ、高い建物の屋根だけだったが、少しずつ湖面こめんが下がっていくにつれて、ちらほらと白い石造りの屋根が湖面に顔を出していた。


 まだ水がしたたり落ちるその屋根は、太陽の光をあびてきらきらと輝いて見える。


「この街って、いつから湖に沈んでたのかな?」


 リリアーナは、キラキラと輝くその街の様子に目を細めながら、かつて街が栄えていた頃の様子に思いをはせた。


「以前調べた時には、ここに街があったという記録は見つからなかったから、少なくてもこの国の歴史よりは古いんじゃないかな。もしかしたら、旧魔法文明時代の頃かもしれないね。そうなると、三百年以上も前ってことになるけど」


「三百年以上前かぁ。なんだかロマンチックね」


 引き続き、湖に沈んだ古い街に思いをはせるリリアーナは、うっとりとした目で徐々に湖面に現れてくる街の様子を見つめている。


「もし、これが旧魔法文明時代の街だったら、アル君が好きな魔導具がいっぱい眠っているかもしれないね」


「おー。それはロマンだな」


 カテリーナの言葉に、急に目を輝かせるアルフレッド。


「ずっと湖に沈んでいたってことは、ほとんど手つかずに残っている可能性があるのか。今まで、旧魔法文明時代の遺跡はいくつも見つかっているけど、そのほとんどが倒壊とうかいしていた。こんな完全な形で残っている街なんて記録にも無かったし、もしかしたら僕たちは、とんでもないものを見つけてしまったのかもしれない」


 少しにやけながら、ぶつぶつと早口で呟くアルフレッド。


「旧魔法文明時代といえば、今よりもずっと魔法技術が進んでいたはずだ。そんな時代の魔導具なら、今よりすごいものがいっぱいあるはず。ずっと水に沈んでいたなら壊れているかもしれないけど、形だけでも残っていれば研究できるかもしれない。そうだ、リカード様のところで魔導具の研究施設があったな。リカード様にも連絡しておこう」


 さらに、小声でぶつぶつと続けるアルフレッドに、リリアーナが冷ややかな目を向ける。


「アル、ちょっとキモイよ。それ」


「なっ」


 アルフレッドは慌てて口をつぐんだ。


「まあ、でも、アルの気持ちも分かるわ。ちょうど街の一番高い部分が出てきたし、ちょっと探索してみようよ」


 この言葉にアルフレッドが嬉しそうな顔を見せる。それを見たリリアーナの顔が一瞬だけ緩んだ。


「ねえアル君。ほら街を囲む外壁が出てきたよ」


 カテリーナの声に従って目を向けると、湖面に直径100メートルほどの円が浮上してきたところだった。


 水を滴らせながら浮上するその白い石で造られた円形の壁は、ただただ美しい。


「きれい」


「ほんと、素敵ね」


 女子二人は、その美しい景色に心を奪われたように、湖から目が離せなくなっている。そんな中、アルフレッドだけが冷静にあらわになっていく街を見ていた。


 いや、冷静ではないかもしれない。


「旧魔法文明時代では庶民しょみんにまで魔導具が普及していたと言われているけど、強力な魔導具になると、やはり貴族階級が所持しょじしている場合が多い。貴族は通常、街の中心部に住んでいるから、今見えている外壁の内側にある建物が貴族の邸宅ていたくだろうな。その建物のうち、どこから攻めるかはもう少し水が引かないと判断できないか……」


 そう。アルフレッドはどこから探索すれば効率よく貴重な魔導具を手に入れられるかを考察こうさつしていたのだ。彼は、そのためにあらわになっていく街を念入りに観察している。


 さらに、しばらくの間、三人は徐々に水位の下がっていく湖を眺めていた。


 時間にして、二時間ほどだろうか。


 いまや、内側の外壁は半ばまで水面に顔を出し、小高い丘になっている街の中心部は島のように完全に水上に出ている。


 外側の外壁も、その全容は水上に現れていて、直径500メートルを超える円を描いていた。どうやら街の南側より、北側の方が高い位置にあるらしく外壁の北側には陸続りくつづきで登れそうだ。


 それを見て、アルフレッドが立ち上がった。


「あっ、アル君、どこにするか決めたの?」


「あの、屋敷にしようと思う」


 アルフレッドは頷くと、街の中心より少しだけ北寄りにある建物をした。貴族街にある他の屋敷と比較すると半分にも満たないほどの大きさで豪華ごうかさにも欠ける。だが、この建物だけ他の建物と異なる特徴があった。


 他の建物は長い年月をかけて、風化ふうかしたりに覆われたりして、もともと白かっただろう石壁は、少なからず変色へんしょくしている。そんな中、アルフレッドが指した建物だけはその白さをたもっていた。


「あの中央にある大きな屋敷じゃないんだ?」


「ああ。あれよりもあっちの建物の方が気になるんだ」


「そう、まあアルの好きなところでいいわ」


 そう言うと、リリアーナも立ち上がり、ほとんど同時にカテリーナも立ち上がった。


「それで、あそこまでどうやっていくの?」


 リリアーナが目の前に広がる湖を見て言った。そう、まだ街は半分以上が水に覆われている。水面から出ている部分の方が少ないのだ。


 それに加えて、水位が下がる速度はゆるやかになってきている。


 さらに、外側の外壁は強固きょうこな上に穴が無いのか、そこに貯まっている水は、これ以上減る気配がない。たぶん、これ以上水面が下がることはあまり期待できないだろう。


「船も無いし、泳いでいくわけにもいかないからね。ちょっと遠回りになるけど、北から回れそうだ。まず、あの辺から外側の外壁に登って、外壁の上を通って南まで行く」


 アルフレッドが指したのは街の北側。たしかにその辺りならば、水も引いて外側の外壁まで陸続きになっている。


「外壁の南門まで行ければ、あの屋根伝いに内側の外壁までは行ける。そうすれば街の中心部までたどり着けると思う」


 アルフレッドが言う通り、外側の外壁の南門のあたりから、内側の外壁まで点々と建物の屋根が水面に顔を出している。おそらく、外側と内側の二つの門を結ぶ街の中央通りなのだろう。他と比較して大きな建物が並んでいる。


 建物と建物の間はまちまちで高さも違うが、あの程度であれば彼らの身体能力をもってすれば屋根伝いに移動することはそれほど難しいことではない。


「じゃ、さっそく行ってみようか」


 そう言うと、アルフレッドは先頭に立って歩きはじめた。


 三人は北側の外壁の下まで来たところで立ち止まった。目の前には三メートルを超える壁が行く手を阻む。


「ちょっとアル。これ、どうやって登るつもりなの?」


 リリアーナが眉をしかめてアルフレッドを見ると、アルフレッドは得意げな顔をして、鞄の中からロープを取り出した。ロープの先にはかぎ爪が付いている。


「これを使えば大丈夫さ」


 そう言うと、ロープを回して勢いをつけてから、かぎ爪を外壁の上に投げる。かぎ爪は外壁の上に落ち、アルフレッドがロープを引っ張ると外壁に引っかかった。


 もう一度ロープを引いて、しっかりと固定されているのを確認すると、するするとロープをつたって外壁の上に登る。


 アルフレッドの後にリリアーナとカテリーナも続いた。三人が外壁の上に出る。


「わぁ、ここからの景色もきれいだね」


 まぶしそうに目を細めるカテリーナが見たのは半分水に沈んだ街並みだった。すぐ下に広がるそれは、湖のほとりから見ていたのとはまた違った景色を見せてくれる。


 三人は、そんな景色を堪能たんのうしながら外壁の上を歩く。


 南門のあたりまで来たところで、中央通り沿いにある屋根をつたって、街の中央を目指した。アルフレッドの見立て通りそれほど苦労することなく内側の外壁に辿り着き、三人は壁の中に降りる。


 ほどなくして、三人は目的の建物の前まで来ていた。


「ここね、アルが選んだ屋敷は」


「さすが、アル君だね。なんだかこの建物だけ他と雰囲気が違うみたい」


「だろ?この建物だけ風化ふうかしていないんだよ。たぶん、この建物には何らかの魔法がかけられているんだと思う」


 真っ白な石で出来た壁は、まるで切り出したばかりのように光沢こうたくを放っている。


 今まで湖に沈んでいたのが嘘のように、傷どころか汚れ一つついていない。アルフレッドが言うように、明らかになんらかの魔法的な加工が施されていのだろう。


 アルフレッドは、おもむろに建物に近づくと、何かを確かめるようにその壁に手を触れた。


腐食防止ふしょくぼうし……いや、それだけじゃないな。汚れ一つついていないところを見ると、汚れ防止みたいな加工もされているのかも。さすがは旧魔法文明ってとこか。二人とも、ちょっと離れていてくれるかい?」


 アルフレッドは、二人に少し離れるように言いつつ自分も建物から離れると、腰のホルスターから魔銃アルプトラムを抜いた。


 銃身の根本を折り曲げて弾が入っていることを確認すると、ジャキッという音をたてて銃身を戻す。そして、目の前の建物に向けるとゆっくりと引き金をしぼった。


 ダァーンという大きな音が遺跡内に響き渡る。


 銃弾じゅうだんは狙った石壁にまっすぐ進む。だが、着弾ちゃくだんの瞬間に石壁が発光した。


 弾丸は石壁に届くことなく直前で停止する。その弾丸を中心に、小さな魔法陣が空中に浮かびあがっていた。


 一瞬ののち、弾丸はポトリと地面に落ちる。同時に空中に浮かび上がった魔法陣も光を失った。後には傷一つない石壁が残っている。


「すごい!すごい!すごい。この壁、防御結界まで張ってある。しかも、まだ機能が生きているなんて。すごい。さすが旧魔法文明。さすが超魔法技術!」


 興奮したアルフレッドは、建物の壁に走り寄って、ペタペタと壁を触るが、どこから見ても、どう触ってもただの石壁にしか見えなかった。


「すごいね。その壁」


「こんな壁、はじめて見たわね」


 カテリーナとリリアーナも感心したように近寄って壁を観察する。


「これ、どうなってるのかな」


「今の僕らじゃ、たぶん解明できないんじゃないかな」


 言っていることとは裏腹うらはらに、アルフレッドの顔は嬉しそうだった。

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