第4話.シーサーペント


 しばらくして、三人は湖のほとりまで降りて来ていた。


「ふぁ~。やっとついた」


「もう、何でこんなに魔物が出るのよ?」


 カテリーナは、湖を前にして大きな伸びをし、その隣でリリアーナが先ほどまでの道のりを思い出しながら悪態あくたいをつく。


「ほんと、魔物のせいでだいぶ時間がかかっちゃったな」


 アルフレッドは、先ほどまで彼らが居た崖を振り返ってつぶやいた。彼の言う通り、ここまで来るのに予想よりもはるかに時間がかかった。


 その理由は、予想を超えた魔物の数だ。上から見た時はまったく気づかなかったが、湖周辺には思っていたよりも多くの魔物が徘徊はいかいしていた。


「前に来た時はこんなに魔物は出なかったんだけどな」


「でも、そのおかげで課題はクリアできたよ」


 そう言ったのはカテリーナだ。課題のクリア条件は一人につき十匹分の魔石。課題がクリアできたということは、ここに来るまでに一人十匹以上の魔物を倒していることになる。それだけ多くの魔物に遭遇そうぐうしたということだ。


「まあ、課題がクリアできたのは嬉しいんだけどさ。それにしてもちょっと魔物の数が多過ぎる気がするな」


 少し考えるそぶりを見せるアルフレッドに、リリアーナも不安そうな顔で頷いた。


「そうね。この量はちょっと異常だわ。報告しておいた方がいいかもしれないわね」


「街に戻ったらリカード様に報告しにいくか」


 話が決まったところで、三人は湖の方に視線をうつした。ここに来た目的は崖の上から見た大きな影の正体を確認することだ。


 影が見えたのは、南側のいちばん水深があるところ付近。今いる場所からは、さほど離れていない。


「さっきのおっきい影は見えないね」


「近くに来たら、もっと良く見えるかと思ったけど逆に見えにくくなったのかもな」


 そう、上から見たほうが湖全体を見渡せたうえに水中も良く見えた。近づいたことで、近くは良く見えるようになったが、その分離れたところは見えにくくなってしまったのだ。


「アル、また魔物が」


 リリアーナの視線を追うと、彼らが立っているところよりも少し南、湖のほとりに、緑色の肌をした6歳児くらいの背丈の魔物が3匹、こちらに向かって走ってきているのが見えた。


「ゴブリンか。それにしても多いな」


 アルフレッドは魔銃アルプトラムを抜いて、ゴブリンに狙いをつける。


「私に任せて」


 カテリーナが前に出て魔法の発動体はつどうたいであるワンドを構えた。


「我はう、灼熱しゃくねつの炎。来れ、炎の矢」


 詠唱によってカテリーナの頭上に燃え盛る炎の矢が出現する。その数は三本。それぞれが、当たればゴブリンごとき一瞬で焼き尽くすくらいの威力はある。


『ファイアアロー』


 カテリーナが魔法を解き放つと、三本の矢は三匹のゴブリンめがけて突き進んだ。そして、そのうち二本がゴブリンに命中した。


 命中した二匹のゴブリンは、一瞬で炎に包まれる。


「ぐぎゃあああ」


 悲鳴にも似た叫び声をあげて、地面をのたうちまわる。だが、それもすぐに動かなくなった。その直後、ゴブリンの体は爆散ばくさんして黒いきりと化した。


 魔物の死体は残らない。魔石だけがポトリと落ちるだけで、後は黒いもやのようになって霧散むさんしてしまう。


 命中しなかったゴブリンは、ひるむことなくこちらに向かってくる。


 リリアーナが腰の細剣さいけんに手をかけ、アルフレッドは向かってくるゴブリンに狙いを定めた。そして、アルフレッドが引き金を引こうとした瞬間、ゴブリンを巨大な影が襲った。


 突然現れた巨大な影。それは一瞬、竜のあぎとのように見えた。


 蛇のような鱗で覆われた長い首。大きくひらいたあごには鋭い歯がびっしりと並び、頭には二本の角のようなものが後ろに向かってはえている。


 それが、ゴブリンを頭から丸呑みにした。


 バクン。大きなあごが閉じられる。


 突然の出来事にアルフレッド達は動けなかった。


「シーサーペント?」


 アルフレッドが絞り出すように声をあげた。


 一瞬、ドラゴンのそれに見えた首だが、蛇のように長い体と頭の後ろの方についている一対のエラの様なものから、それがシーサーペントだと分かる。


 シーサーペント。それは海に住む大型の魔物で、大きなものは体長が20メートルを超えるものもいる。目の前のシーサーペントは、湖から出ている部分だけでも優に10メートルを超え、かなり大型な方だろう。


 そのシーサーペントだが、アルフレッドたちに気付いたようだ。長い首をもたげる。


「逃げろ!」


 叫んだ瞬間、アルフレッドは引き金を引いていた。ダァーンという大きな音がして弾丸が発射される。


 その直後、シーサーペントの首が弾けた。


 エラの下あたりの首が大きく裂け、そこから鮮血が飛び散る。


 それでもシーサーペントは意に介した様子も無くアルフレッド達に向かってくる。


「ちょっと、何でこんなところにシーサーペントなんかが居るのよ?」


 走りながらリリアーナが叫ぶが、それに答えられる者はいない。シーサーペントは陸に上がっても、それほどスピードを落とすことなくアルフレッド達にせまる。


 その動きは蛇のようだ。


 体をくねらせながら迫るそのスピードは、わずかだがシーサーペントの方が早い。


 アルフレッドは走りながら、魔銃アルプトラム次弾じだん装填そうてんする。手首のスナップで銃身を元に戻すと、すぐ後ろに迫ったシーサーペントの首に銃口を向ける。


 間髪入れずに引き金を引くと、再びダァーンという大音量が響き渡った。


 弾丸はまたもシーサーペントの首にヒットして鮮血をまき散らす。それで怯んだのか少しだけシーサーペントの動きが鈍った。


「我は請う、灼熱の炎。来れ、炎の槍。ファイアランス」


 シーサーペントが一瞬怯んだ隙にカテリーナは、巨大な炎の槍をシーサーペントに向かって放つ。


「いっけー!」


 カテリーナが叫ぶ。


 長さ三メートルほどの燃え盛るその炎の槍は、シーサーペントの首へ、アルフレッドがあけた風穴に突き刺さり激しく炎があがる。


「キシャーーー!!」


 シーサーペントが苦しそうな声をあげる。だが、まだ致命傷には至らない。


 首の傷口から大量の血液をまき散らし、苦しそうに身をよじるが倒れるそぶりは見せない。


 アルフレッド達は、その隙をついて少しでも距離を取ろうと全力で逃げる。


 しかし、そう簡単に逃げさせてはくれない。シーサーペントはすぐに我に返ると、先ほどよりもスピードをあげてアルフレッド達を追った。


 あっという間に追いついたシーサーペントは大きく顎を開くとカテリーナめがけてその体を伸ばす。


 先ほどの攻撃で最もダメージを与えたのが彼女のファイアランスだったからか、シーサーペントは彼女に狙いを定めたようだ。


 カテリーナの後ろからシーサーペントの顎が迫る。


「カティ!」


 シーサーペントの牙がカテリーナに届く直前に、横から飛んだアルフレッドがカテリーナを押し倒した。


 たったいまカテリーナが走っていた辺りで、ガチッっという音がして、シーサーペントの顎が閉じられる。


 間一髪かんいっぱつけられたが、状況が好転したわけではない。アルフレッドとカテリーナは、二人でもつれるように倒れている。


 空振りに終わったシーサーペントが、首を振りながらかま首をもたげる。その目には、起き上がろうともがいているアルフレッドとカテリーナの姿が映っていた。


「はあああああああ」


 裂帛れっぱくの気合と共にリリアーナの細剣がシーサーペントの首に連続して突きささる。だがシーサーペントはまったく気にした素振りも見せず、大きな口を開けてカテリーナに襲いかかった。


「これでも食らえ!」


 アルフレッドの叫び声。ダァーンという音が響き、アルプトラムから放たれた弾丸は大きく開いたシーサーペントの口の中に吸い込まれた。


「キシィーーーーー!!」


 シーサーペントの頭がり、その体が大きくねる。そして、苦しそうに首を振り身体をくねらせた。


 その隙にアルフレッドとカテリーナはシーサーペントから距離をとる。


 ひとしきり暴れたシーサーペントは、その後くるったように湖に引き返して行った。


「アル、カティ大丈夫?」


 リリアーナが急いで二人のもとに駆け寄る。


「うん。大丈夫みたい」


 カテリーナは半ば放心状態で、他人事ひとごとのようにそう言うとその場で座り込んでしまう。


「ふぁ~。怖かったよ」


「ああ、さっきのは危なかった。本気で、死ぬかと思ったよ」


 アルフレッドもカテリーナの隣に座り込んで、逃げていくシーサーペントの後ろ姿を眺めている。


 シーサーペントは、よほど驚いたのか、それともアルフレッドの銃弾が致命傷だったのか湖に入ってからも、まだ狂ったように逃げていく。


 さすが、シーサーペントと言うべきかそのスピードは陸上よりもはるかに速い。


 すごいスピードで一直線に南へと逃げていくシーサーペント。


「あ……」


 アルフレッドが声をあげた瞬間、シーサーペントはそのままのスピードで湖の端に突っ込んだ。


 ドーンという大きな音と共に地響きが起こり、そして南の堰は外側に向かって大きく崩れた。


「は?」


「え?」


 その様子を見ていたリリアーナとカテリーナも、あっけにとられて大きく口をあけた。


 崩れたところから湖水が流れ出していく。


 それが呼び水になったのか、さらにせきを崩して広げていく。


 大きく崩れた堰は、先ほどのシーサーペントをも巻き込みながら大量の水を湖の外側へと押し流していった。


「水が抜けていく」


 アルフレッドが湖面を見ながら呟く。その湖面は先ほどよりも少し下がっているように見えた。


 それからしばらくの間、三人は湖水が流れ出していく様子を眺めていた。

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