1章 湖底の街

第2話.湖底の街

「わぁ、きれい」


「まるで、水晶の中に街が閉じ込められているみたいね」


「でも不思議だね~。どうして湖の底に街が沈んでるのかな」


 切り立った崖の上から3人の男女が、眼下に広がる湖を見下ろしていた。その透き通るような水の底には、小さな街がまるごと一つ沈んでいる。


 正午を挟んだほんの2、3時間の間だけ、太陽の光がみずうみ全体を照らす。その時間に、風もなくガラスのように湖面こめんいでいると、今のように湖の底に沈む街を見わたすことが出来る。


「もともと街があったところに、水が貯まって湖になったと考えるのが自然かな。たぶん、何らかの理由で川がき止められたんだと思うよ。ほら、あの辺り。不自然に土砂どしゃが降り積もったように見えないか?それに上の方の崖も崩れたような形になっているし」


 つやの無い金髪を無造作むぞうさに伸ばした若い男が湖の南側、細くなっている辺りをゆびさして言った。すらっとした長身に、動きやすそうな黒の上下を身につけている。


 なかなかのイケメンで、優しそうなダークブルーの瞳が印象的だ。


 男の名前は、アルフレッド。リード子爵家ししゃくけの三男で、今年16歳になる。


「そうなんだぁ。さすがアル君、何でも知ってるね」


 おっとりとした口調でそう言ったのは、大きな瞳をきらきらと輝かせてアルフレッドの方を見る少女だ。


 ゆるやかなウェーブがかったふわふわの髪が背中まで伸びている。その色はアッシュグレー。その大きめの瞳と整った顔立ちで、かなり可愛らしい印象を与える。


 パステルカラーのブラウスに長めのフレアスカートを合わせた涼しげな格好は、まるでピクニックでもしているような雰囲気だ。


 身長は、長身のアルフレッドと比較して頭一つ分以上も低い。


 彼女の名前は、カテリーナ・オーティス。アルフレッドの幼馴染おさななじみで、オーティス男爵家だんしゃくけの四女だ。アルフレッドと同じく、今年で16歳になる。


「もう、カティ。あなたはいつもアルを褒め過ぎるんだから。確かにアルの言ってることは正しそうだけど、あんまり褒めると調子に乗るわよ」


 そう言ったのは、もう一人の少女。リリアーナ・オーティスだ。カテリーナと瓜二うりふたつのその容姿は、髪色だけが唯一異なる。カテリーナのアッシュグレーに対し、リリアーナの髪色はアッシュブラウンだ。それを動きやすいようにポニーテールにしている。


 似ているのは当然で、リリアーナとカテリーナは双子の姉妹だ。


 いちおうリリアーナの方が姉ということになっている。


「まあ、リリィの言う通り、べつに褒められることでもないな。さっきのもちょっと観察力があれば分かることだしね」


 少し意地悪そうにアルフレッドが返すと、リリアーナも負けずと言い返す。


「それは、私とカティの観察力が足りないと。そう言いたいわけ?」


「そんなつもりはないさ」


 アルフレッドはひらひらと手をふりながら、リリアーナの言葉を受け流す。そんな二人を、カテリーナがにこにこしながら見ている。


「それにしても、偶然にしては出来過ぎかもしれないな。ちょうど一番狭くなっているところの崖が自然に崩れて、川を堰き止めるなんてあるのかな。人為的じんいてきにあの崖を崩して川をき止めたと考えたほうがしっくりくるんだけど」


「アルはまた難しいこと考えてるわね。でも、わざわざ川を堰き止めてまで、街を水に沈めることに何の意味があるっていうの?」


「そうなんだよな。理由が分からないんだ。街の規模や位置からしても水攻めしてまで落とす価値のある街だとは思えないし、この広さを沈めるには数カ月という期間が必要だろう。ほんと、どうして沈めたんだろう」


 アルフレッドは、腕を組んで考え込む仕草をする。


「もしかしたら、街そのものを隠したかったんじゃないかな?」


 自信なさげに言ったのは、さっきから黙って様子を見ていたカテリーナだった。アルフレッドとリリアーナの視線が同時にカテリーナに注がれる。


「「それだ(ね)」」


 二人が同時に声をあげ、カテリーナは驚いて体をビクッと震わせた。


「確かに、一年前の地震で水位が下がるまでは、ここに街が沈んでいるなんて誰も知らなかったから、それまでずっと街一つが隠されていたってことか」


「街そのものに秘密があるのか、それともお宝が眠っているのか、どっちにしても何かロマンがあるわね」


 三人は目を輝かせて、もう一度眼下に広がる湖に視線を向ける。


「あれ、何かな?」


 しばらく黙っていた三人だが、声をあげたのはカテリーナだった。彼女は湖の一点を指さしている。


 リリアーナとアルフレッドは、カテリーナが指差している辺りに視線を走らせた。


 そこに細長く黒い影がすぅっと動くのが見えた。見えていたのはほんの数秒で、深いところに潜ったのかすぐに見えなくなってしまう。


 影が見えたあたりは湖の中でも一番深いところで、いくら水が澄んでいると言っても底までは見えない。


「魚かな?」


 リリアーナが首をかしげながらつぶやいた。


「魚と言うには大き過ぎやしないか?ここからの距離を考えると数メートルを超えると思うぞ」


ぬしかなぁ?」


 カテリーナが目を輝かせてアルフレッドを振り返った。


ぬしって……。カティ、そうだったら面白いな。でも、たぶんあれは魔物だろう」


「アル、それって、どんな魔物なの?」


「たぶん、水棲すいせいの魔物なんだろうけど、さっきは良く見えなかったし何とも言えないね」


「水棲の魔物って言えばケルピーやサハギンが有名だよね」


「そうだな。でも、どっちも違う気がする。ちょっとしか見えなかったけど、もっと大きかったはずだ」


 ケルピーは、上半身が馬、後ろ足から尻尾にかけて魚の尾ビレという姿をしている魔物で、サハギンは人のような手足がはえた魚の魔物だ。


 だが、どちらも大型の魔物ではない。どちらかと言えば小型に分類される。


 水棲の魔物で大型と言えば、クラーケンやシーサーペントと言った魔物が挙げられるが、それらの生息域せいそくいきは海とされている。だから三人の発想にそれらの魔物は出てこなかった。


「うーん、何だったんだろうね?」


「なんだか気になるよね」


「そんなに気になるなら下に降りてみるか?近づいたら何か分かるかもしれないし」


「「賛成!」」


 アルフレッドの提案に、双子の声が重なった。

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