ツインズソウル1 ~古の魔女と紅い宝石~

ふむふむ

第1話.プロローグ

 山あいの谷に広がる小さな街。


 中央を流れる川を挟んで、ゆるやかな斜面には白い石造いしづくりの家が立ち並ぶ。それらは真夏の強い日差しを受けて白く輝いて見えた。


 主要な街からも離れ、山に囲まれたこの地はとても静かで、どこか幻想的げんそうてき雰囲気ふんいきすらもただよわせている。


 人口、二千人にも満たない小さな街。


 それほど小さな街にも関わらず、街は城塞都市じょうさいとしを思わせる立派な外壁がいへきに囲まれていた。


 その外壁が街を三つの区画に分ける。


 一番内側の区画。貴族街というやつだろう。直径百メートルにも満たない円形の外壁に囲まれたそこには、大きくて立派な屋敷やしき点在てんざいしている。


 その外側、二番目の区画は、一つ目の区画と比較してもかなり広い。南北に長い楕円形だえんけいの外壁に囲まれたその区画には、大小さまざまな建物がびっしりと並んでいる。


 街を東西に分断するように、北から南へと流れる川の両岸りょうぎしには大きな通りが伸びていて、それに沿って大きな白い建物が隙間すきまなく続いている。


 最後に、三番目の区画。街の一番外側にあたるこの区画も雰囲気は、二番目の区画に似ている。


 その街を、切り立った崖の上から見下ろす男女の姿があった。


「イーリス様、本当にこの街を沈めてしまうおつもりですか?」


「そうね。そのつもりだけど?」


 男性の方は、白髪交じりの髪を後ろに撫でつけて執事風しつじふう燕尾服えんびふくに身を包んでいる。


 その所作はひかえめで、今もイーリスと呼んだ女性の一歩後ろに控えるように佇んでいる。


 イーリスと呼ばれた女性の方は40歳くらいだろうか。整った顔立ちで、かなりの美人だが、よく見ると目元に少なからずしわが刻まれている。


 ただ、その所作しょさや表情にはどことなく品があり、その目には強い知性の光が宿っていた。


「しかし、もったいないですな。これだけの美しい街を」


「だからよ。きれいなうちに沈めることに意味があるんじゃない」


「それはそうですが。しばらく住んでいた街でもありますからな。いささか寂しさを感じますな」


 男性は眼下がんかに広がる街並みに目を向ける。一瞬だけ何かをなつかしむように目を細めると、すぐに視線を戻した。


「それでは、はじめますか?」


 男性が何かを振り切るようにそう言うと、イーリスと呼ばれた女性も少しだけ寂しそうな目をした後に大きく頷いた。


 男性は大きく息を吸い込むと、片手を空に向かって突き上げる。その手のひらは何かを支えるように上に向かって開かれた。


「我はう、破壊はかいの炎。来れ、爆炎ばくえん


 その直後には、手のひらの上に拳大こぶしだいの燃えさかる赤い玉が出現した。


 続けて、男性はぶつぶつと呪文のような言葉をつむいでいく。はっきりとは聞き取れないが、男性が言葉を重ねるたびに、手のひらの上に出現した火球かきゅうの大きさが増していく。


 それが人の頭よりも大きくなったところで、男性が手を大きく後ろから前に振ると、火球は勢いよく撃ち出された。


 火球は、街に続く谷への入り口。左右の崖がせり出ていて狭くなっている辺りめがけて飛来ひらいする。そして、左側の崖に命中したかと思うと大爆発を引き起こした。


 その影響で左側の崖が大きく削られ、大量の土砂が谷の入り口に降り注ぐ。


 男性はもう一度、同じ動作を繰り返す。


 今度の火球は右側の崖に命中する。


 右側の崖からも大量の土砂が降り注ぎ、狭い谷の入り口には、十メートルを超える高さまで土砂が積み上げられた。


 その土砂は、谷の中央を流れる川をき止める。


「イーリス様、終わりました。これで、いずれこの街は水に沈むでしょう」


「ごくろうさま、セバス。相変わらず見事な魔法の技ね」


「恐縮でございます」


 セバスと呼ばれた男性は、イーリスにうやうやしく頭を下げた。


「しかし、水に沈めてしまっては、見つけられる者などいるのでしょうか?」


「それは、大丈夫よ。人の好奇心というのはなかなかのものなの。たとえ水に沈んでいても、そこに価値のある物があると知れば何とかしてしまうものだわ」


「そういうものなのでしょうか」


「そういうものよ」


 イーリスはそう言いながら笑顔でセバスを振り返った。


 それからしばらく、二人は黙って街の様子を見ていた。


「さて、そろそろ次に行こうかな」


 イーリスは、きびすを返すとその場を後にする。


 谷の入り口でき止められた川は、既に水が貯まりはじめている。だが街にまで水があふれるにはまだまだ時間がかかりそうだった。


 ――


 それから数カ月という月日をかけて、街はゆっくりと水に沈んでいくことになる。


 街が完全に水に沈んだ後も、その水は増していき、長い年月をかけてそこに大きな湖を造り出した。


 さらに何十年と経過し、湖の底に沈んだ街は人々の記憶から消えることになる。


 だが、この湖を造った二人の男女。

 この二人は、後世にまで名を残すことになった。


 女性の名はイーリス。有能な魔法研究者であり、魔導具師まどうぐしでもあった彼女は後世こうせいに数々の魔導具を残した。後世の魔法研究者や魔導具師の間では魔女イーリスと呼ばれることになる。


 男性の名はセバスチャン。イーリス専属の執事なのだが、イーリスにも引けを取らない魔法の使い手として、イーリスと共に名を残した。


 再び、この街が人々に知られるまでには、それから千年の近い歳月を必要とした。 


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