第5話 僕と南極の空。
「お早うさん。皆、今日も元気に行こう」
南極生活、二日目の朝だ。
僕はあの後調子に乗って八代さんの分の酒まで呑み尽くしてしまったらしい。お陰で最終日のために取って置かれていた酒は、僕だけ無し。
昨夜の自分を呪いながら、八代さんの話を聞いていた。
「今日は国立極地研究所の南極地域観測隊の皆さんとミーティングを行います」
僕ら南極探査員はあくまで私企業からの派遣だが、観測隊の方々は違う。気象庁などから派遣された国の代表だ。
急激に進行する南極氷床の融解とそれに伴う海面水位の上昇を正確に予測するためには、海氷下から一歩進んで、直接南極氷床の下、つまり氷床が海にせり出した棚氷下の観測が欠かせない。
その実現のためには強力な砕氷能力に加えて、横方向への動きを可能にするスクリューや、ROV・AUVなどの無人探査機器、それを運用するためのムーンプールや各種クレーンが必要になる。
僕らは国の投資を受けた団体ではないから、こういった類いのものを企業から提供されても、観測隊の方ほどの成果は出せない。だから僕らの親企業の支援を盾に『共同観測』を行うのだ。
増間さんは元々大学で地質学も学んでいて、山岳サークルにも入っていたらしい。民間の南極探査隊なんぞではなく、国のバックアップがある南極地域観測隊に入りたかったのだそうだ。けれど大学のOBである八代さんに誘われ、内定していた観測隊の夢を蹴って探査員になったんだとか。
道理で優秀なはずだ。
ところで今、僕は重大な問題を抱えている。二日酔いなど比じゃないほど。さっきから胃がキリキリするくらいの問題を。
南極地域観測隊の皆さんはアルゼンチンのウシュアイア(ウスワイアとも)から南極までやって来る。
ウシュアイアは、南極大陸から1000㎞と南極に最も近い港町で、船に揺られること約2日で南極へ来ることが出来る。
ウシュアイアから南極まで真っ直ぐに進み、それからまた真っ直ぐに昭和基地に向かった場合、僕が落ちた氷の窪地がその経路に含まれる。
そう、『エンドロップが見つかってしまうかもしれない』のだ。
まずい。非常にまずい。
彼を隠し通すには、今から僕があの窪地に向かうしかない。ここからなるべく急いで行けば、観測隊よりも先に着けるだろう。
「先発隊として、私と春本くんと
何という僥倖。八代さんはもしかしたら僕の考えなど見抜いているのかもしれない。まあ、エンドロップのことは知らないだろうけれど。
外に出ると晴れ渡った青空が見えた。ここで見る空は、オーストラリアや日本から眺めるそれよりもずっと青い。いつか、この青はオゾン層の青だと聞いたことがある。海の青も空の青が映ったものだとも。
この青が、いつか見えなくなってしまうのは嫌だなと思った。
僕たちは昭和基地を目指してトラックに乗り込んだ。よく日本のコマーシャルで見かける、アレだ。
エンドロップ。今、君は何をしているだろう。
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