第3話 古代人と夕飯を食べる。
「エン、ロップ?」
思わず僕は聞き返す。目の前の生き物が僕の言葉を解せるかどうかなど、考える暇も余裕も無かった。
「んー……グんー、とっぷ!」
キョロキョロと不思議そうに辺りを見回す古代人に、僕は妙な親近感を抱き始めていた。遭難したもの同士の仲間意識だろうか。
「あの、君……なんて呼べばいいかな?」
「……グーん、エン……ド」
僕の問い掛けに、彼はまるで何やら思案するように唸った。喉仏が見えたので、とりあえず「彼」と呼ぶことにする。
「エンド?」
確かめるように問い返すと、彼は応えた。とびきり嬉しそうな顔で。
「ロォップ!」
「ん……じゃあ、『エンドロップ』って呼ぼうか」
彼を『エンドロップ』と命名し、満足した僕はふと、
――さっきの崩落……?
僕は崩落した氷の方に歩いていき、注意深く目を凝らす。
――あった……これだ。
大の大人が優に一人は入れるであろう大きな窪みが、崩落した氷雪の断面にあった。
エンドロップは、やっぱり古代人なのだ。それも、数千万年前の南極を生きていた。何かの弾みに積雪と氷の狭間に埋もれてしまったのだろう。それから長い年月を氷の中で仮死状態のまま、生き続けていたのだ。
「エンドロップ……君、凄いよ。歴史的な発見だ。基地に戻ったら報告しないと……」
僕がこの事実に興奮しながらエンドロップを振り返ると、彼は悠々と何かを食べていた。それもとても美味しそうに。僕は思わず動物園のパンダが竹や笹を
度重なる事件の緊張で、いつの間にか腹の虫がなり始めていた。腕時計を確認すると、既に午後5時を回っている。
「美味そうだな。何を食べてるんだ?」
エンドロップに近づき、ひょいと彼の手元を覗く。彼の食べていた物を見て、僕は思わず奇声を発してしまった。
「えーっ!? 君、そんなの食べてんの!?」
驚く僕のことなど気にも止めず、彼はちまちまと手元のそれを
「それってさ……苔だよね?」
そう。エンドロップが食べていたのは苔だった。誰もが知る、紛うことなき、苔。
山菜ならまだ理解出来るものの、それでも生のまま食べることはしないだろう。
けれど極限まで空腹に耐えていた僕のお腹にとって、そんなことはどうでも良かった。ただ、毒さえ無ければそれで良い。
幸い、僕は大好きな衛星放送のサバイバル番組を愛好していたので、苔が無毒ということは知っていた。腹の足しになりますようにと半ば祈るような気持ちで、僕は僅かに生えている苔をむしり取り、口に運んだ。
「んー……、味しないな」
苔類だからか、無味無臭の薄いめかぶのようだった。美味しい、とはお世辞にも言えなかったが、食べられるものがあるだけありがたかった。
「あ、ちょっと海水につけて食べてみようかな」
幸い調査用のハンマードリルをリュックに詰めていたので、分厚い氷の下でたゆたう海面と顔を合わせることができた。
早速、近くにあった苔を海に浸してから口に運ぶと……
「……美味い!」
ほのかな塩味が加わったことで、薄味の塩蔵わかめみたいな味になったのだ。
これが案外イケた。
ふとエンドロップの方を見遣ると、彼は氷の上を寝そべってみたり氷壁を崩してみたりと気侭に過ごしていた。
もしかしたら、彼にとっては今が全てであって、恣意的な力が彼の人生に干渉することこそが彼の幸せを阻んでしまうのではないかと、そんなことを思った。
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