SLAVEsinfonia~戦闘奴隷、悪魔と契約す~

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常勝不敗の戦闘奴隷

「出てこいオムニス、そろそろ出番だ」


暗くジメジメとした牢屋の中。

その中へ、看守と思しき男が声をかけた。


歩く度にジャラジャラと鍵が複数括り付けられた鉄製の輪っかが鳴っているため、看守の男はその牢屋を開けようとしているのだろう。


「・・・・・・わかり、ました」


暫くの沈黙のあと、返事が帰ってきた。

聞こえてきた声はどうも若い。


中を様子を見ようにも、檻から見えるのは冷たい廊下に寝転がっているボロ布を来た男がいる、ということしか分からない。


「オークの餌になりたくなきゃ早く出ろ。観客がお待ちだ」


いつまでも立ち上がらない中の男───“オムニス”───に痺れを切らしたのか、看守の男はそう言うと、牢屋の鍵に手をかけてそのままガシャりと牢屋から外へと繋がる鉄製のドアを開けた。


・・・・・・やがて中からオムニスと呼ばれた青年と言うべき若さの男が、裸足でひたひたと看守によって開け放たれた牢屋から冷たい廊下へ歩き出す。


「今回の得物はグレートソードだ。ターゲットはゴブリン数匹とオークが1匹。倒したらそのまま牢屋へ戻れ、いいな?」


そんなオムニスの様子に目もくれず、せっせとバックのようなものから大人ほどの大きさのあるグレートソードを取り出しながら告げる看守の男は、どこか手馴れたようにオムニスへ話しかけた。


だが彼にとって今の発言は、話しかけているに程遠く、独り言に近しいものだ。


なぜなら彼にとって、オムニスのような奴隷は路肩の石のように価値のない存在だからだろう。

それゆえ、抵抗されることすら念頭に入れず不用心にもグレートソードをオムニスへそのまま手渡してしまった。


オムニスはそのグレートソードを受け取る。


体格は決して大柄とは言えないオムニスだが、鍛えられた筋肉が彼以上の大きさを誇るであろうグレートソードを軽々と振れることを可能にしている。


「試し斬り、してもいい、ですか?」


暫くブンブンとグレートソードを振り回していたオムニスが、唐突に看守の男に問いかける。


「・・・・・・時間がないから急いでやれ」


と許可を与えつつも、はぁとため息を吐き、これだから奴隷はと目線をオムニスから離した。


───それが彼の死因だ。


グジュッ、と肉が裂け骨が絶たれる音が、冷たい廊下に響く。


「うん、なかなか良いグレートソード、ですね」


機械のように途切れ途切れで話すオムニスの視線は、綺麗に真っ二つに頭から絶たれた看守に目もくれず、血に濡れた赤黒いグレートソードに注がれ続けている。


というより、オムニスは1度も看守に目線を向けていなかった。


看守が路肩の石のようにオムニスを見ていたとすれば、オムニスも看守の男をダニ以下の生き物のようにしか思っていなかったのだ。


暫く鑑賞したかと思うと、オムニスはそのままゆっくりと歩き出した。


歓声沸き起こる、地獄の晩餐コロッセオへと。


───

──


「おぉい早くしろよ!!」


「もう待ちきれねぇ!」


「オムニスはまだなの!?」


歓声、悲鳴、雄叫び。

老若男女の大勢の人間たちがが各々の声を上げながら、円形に創造つくられたこのコロッセオと呼ばれる建物は、今日もまた誰とも知らない血に濡れるのだ。


それは勿論、人間以外の生物も当てはまる。


人と人、もしくは人と人外の生き物達を闘わせ、殺し合わせる。そして観客たちはその戦闘を鑑賞する。


そんな如何にも残虐な催しが、コロッセオでは毎日のように行われている。


とはいえ、さすがに一般市民を闘わせている訳では無い。


闘っているのは、戦争奴隷や犯罪奴隷といった一般市民よりも階級が低い者たちだ。


巷では、そんな哀れな奴隷達のことを“戦闘奴隷ベラトール”、もしくは“誇り無き戦士サーヴァスインフィリア”と呼んでいる。


「待たせたなぁ!レディースアンドジェントルメェーン!!今回のラインナップはぁ!凶悪無比なグリーンゴブリン6匹とぉ!」


音声鉄オンショウテツと呼ばれる、音を増幅する特殊な鉄を用いて司会と思われる男が声を上げる。


戦闘の舞台である中央の円形のフィールドには、鎖で繋がれた6匹の緑の退職をした小鬼達がグルグルと忌々しそうに唸っている。

その中でも一際大きなグリーンゴブリンはどうやらリーダー格のようで、自分達が置かれている状況を少しだが理解しているようだ。


「ヴェルナー地区で仕入れてきた、屈強で醜悪なレッドオークだぁ!!」


続いて司会の男は、6匹のグリーンゴブリン達のすぐ近くにある大きな檻に繋がれた、1匹の生き物に注目を向ける。

コロッセオ内の大勢の観客達の目線も釘付けだ。


その生き物の威容は、まさに豚の顔に人間の身体が付いたようなもの。

だが、戦闘能力はその比ではない。


あまりに凶暴なのか、うつ伏せの状態で眠らされているオークという生き物の身体を表現するとするならば、まさに大木だろう。


大木のような太さに、大木のような堅さ。

そしてそれを見事に扱いきれる人智を超えた怪力と、5メートルに届くだろうかというほどの体躯。


闘うとしても、まず到底人間の敵う相手ではないだろう、と普通の人間ならばそう思ってしまうほどの、圧倒的な生物としての格の違いが随所に感じ取れてしまう。


「対するはァ!!我らが誇る戦闘奴隷ベラトール!!136戦無敗の男ォ!!オォォォムニスゥゥゥゥ!!!」


そして最後に司会の男が、一際大声でオムニスの名を叫ぶ。


瞬間───大歓声。


ありとあらゆる老若男女の人間たちの声が、コロッセオを突き破るかのごとく響いた。


あるものは熱狂し、あるものは興奮のあまりに気絶し、またあるものはそのままフィールドに飛び込もうとしている。


それほどこの戦闘奴隷ベラトールは人気なのだ。


そしてその人気に答えるように、階段を上るひたひたという足音と、ギーという階段と鉄とが擦れる音が、どんどんコロッセオのフィールド入口にある階段から、鮮明にこだまする。


やがて、その音の主でがフィールドの出入口ゲートに姿を現した。


その正体は、片手に引き摺るのは身の丈を超える赤黒く染まったグレートソードに、血痕が飛び散ったボロ布を身につけた青年。


オムニスを知らないものが見れば、その様はまさに血に飢えた殺人鬼にしか見えずに、悲鳴をあげてしまうのが必然だ。


だがそれは、この場にいる観客たちにとっては一種のパフォーマンスに過ぎない。


一瞬の静寂の後に、再び歓声が上がった。

オムニスを見るためだけに、わざわざコロッセオに足を運ぶものも少なくないのだ。


「これを、倒せば」


コロッセオ内の、誰にも聞こえないほどの小さな声量で呟いたオムニス。

視線の先には、“獲物”となるモンスター達。


先程の看守とは違い、しっかりと認識して悠然と歩むオムニス。


その足どりに澱みはなく、どこか無機質な目も光を灯していた。


「おいおい!どっちが勝つよ!?」


「俺はオムニスに3万!」


「私は5万にしようかしら?」


「おいおい、賭けが成立しねぇじゃねぇか・・・・・・」


そんなオムニスを他所に、観客たちはどちらが勝つかお金を掛け始める。

だがその視線は、一切目の前の死合から逸らされていない。


掛け金の倍率はオムニスが1.8倍。オークなどのモンスター達には58倍と124倍もの差がついている。


オムニス以外に掛けているものは皆大穴狙いか、もしくは───「いやいや、あんなおっきなモンスターに勝てるわけないだろ。一瞬で負けるって」───と宣う初心者だけだ。


逆に常連や2度3度来ている観客達は、ほぼほぼオムニスに入れている。


その理由を、初心者達は知らしめられることだろう。


今から起こる闘いは殺し合いじゃない、ただの殺戮だということに。


「さよ、なら」


吐息のように小さな声。

されど妙な威圧感を持ったその声は、様々な声で埋め尽くされたコロッセオ内でも存在感を放つ。


それが“彼ら”の開戦の合図となった。


単純に数えれば7対1。

人数的にも大きさ的にも普通、勝てる闘いではない。


「グルルゥガァッ!!」


事実、グリーンゴブリンの内の1匹が、雄叫びを上げながらオムニスへ駆ける。

どうやら人数的に有利だと判断し、自分が先に殺そうとしたのだろう。


しかし、それは愚策だ。


「ばいばい」


───“一閃”。


オムニスは、地面に引き摺っていた大剣を片手で瞬時に構え、迎え襲ってくるゴブリンの首めがけて大剣で薙ぎ払った。


一瞬遅れて、赤色の血飛沫がフィールドを汚す。


頭と胴体が離婚したゴブリンだったものが、ゴトリとオムニスの傍に倒れ込む。


「ルァグゥゥゥ・・・・・・」


他のゴブリンは、塵のように命を散らした仲間の死骸を見て警戒心を更に上げた。


咄嗟にもう1匹のゴブリンが仲間の仇を打とうと、オムニスへ攻撃しようとするが、リーダー格のゴブリンがそれを制した。


どうやらオムニスの異様性に気がついたようだ。


反対にオムニスは、先程死んだゴブリンに目もくれずに、まだ生きている獲物に向かって攻撃を開始しようとしている。


「グルァ!グルァ!」


その様子を察知し、リーダーもいち早く攻撃を回避して逃亡しようとした・・・・・・が、一足遅い。


「逃げ、るな」


一瞬だった。

まだ10メートル近く離れていたはずだというのに、オムニスは1秒も経ってないうちにリーダーの真正面に移動していた。


「ギュルアッ!?」


驚きの声を上げるゴブリン。

だが、それ以上驚きの声を上げることはなかった。


「じゃあね」


───たった一瞬で細切れミンチになったのだから。


「う、うそだろ。まるで切った瞬間が見えねぇ・・・・・・ッ!?」


「いつ切ったんだ?」


「・・・・・・何度見ても思うが、オムニスは次元が違うな」


そんな光景を目撃した者は、まるで呆気に取られたような顔で座席から立ち上がって呆然としている。


そもそも、人並みの大きさのグレートソードを簡単に振り回し、あまつさえ重くて扱いづらいはずが、ゴブリンを意図も容易く細切れにしてしまったのだ。

しかも一瞬で。


「つ、ぎ」


オムニスの攻撃は止まらない。

リーダー格を失い、代わりに纏められるモノもおらずバラバラに散開するゴブリン達へ向けて、続けて薙ぐ。


「グルガァ!?」


「ギャルァァッ!!」


繰り出される斬撃。

それは残った4匹のゴブリン達を、容易く丸ごと両断するのに十分すぎるほどの威力を持っていた。


絶命したゴブリン達の悲鳴が響く。


「・・・・・・あ、圧倒的じゃねぇか!?」


そんな惨劇を見て、観客から声が上がるのも無理は無い。


だがそんな観客達のことはお構い無しに、ゴブリンを壊滅させたオムニスは、今度は檻に縛られたオークへと駆ける。


ガッガッガッとグレートソードをフィールドの地面に引き摺りながら、そのスピードは遠目から見ていても異常だと分かるほどだ。


「最後は、きみだ」


そして檻に到着した途端、引き摺っていたグレートソードを構えて、そのまま檻に叩き付ける。


結果、見事に檻を真っ二つに両断した。


「・・・・・・オォォォ・・・・・・」


中には人を優に超える体躯を持つイノシシの頭をした生き物が、眠りを妨げた者オムニスを底冷えのする唸り声と共に睨む。


一般人ならば恐怖で失禁してもおかしくないほどの圧力が、対峙するオムニスに襲い掛かる。


「うっとう、しい」


だが、毛ほどの恐ろしさも感じていないオムニスには効果がなかったようだ。

むしろ更に、闘争心が引き上げられている。


「ォォォオオオオオオオオオッ!!!!」


先手はオークだった。

鼓膜が引き裂かれんばかりの大咆哮。


そのあまりの強さに、大理石製のフィールドに亀裂が入った。


「きゃぁーーー!!!」


「耳塞げ耳!鼓膜破れるぞ!」


「うぐ・・・・・・耳が、いてぇ・・・・・・」


勿論、被害は観客席にも及んだ。


半径約90m、厚さ3m程もあるフィールドに亀裂を入れる咆哮は伊達じゃなく、近くにいた観客たちはすぐさま避難していた。


「うる、さい」


しかし間近で咆哮を浴びたにも関わらず、オムニスは嫌そうな表情を浮かべるだけ。


彼にとっては、このオークの咆哮ですら死ぬ前の最後の足掻きとしか捉えていなかった。


実際、オークの咆哮が終わった瞬間に、オムニスは攻撃に転じた。


肩に担いだグレートソードをオークの、大木ほどもありそうな腕に振り下ろした。


斬ッ。


ボトリ。


「オォォオアアアアッ!!!!」


フィールドに血飛沫を撒き散らしながら落ちる腕。


堪らずオークは絶叫をあげた。


コロッセオに連れてこられる前の野良のオークだった彼は、きっと生態系でも上位に位置する捕食者の立場だったのだろう。


それがまさか、自分の身長の半分にも満たない生物に腕を落とされるなど、悪夢にも等しい現実に違いない。


「二度目は、ない」


だが、ここでオムニスは追撃を測った。

身の丈以上のグレートソードを振りかぶり───今も尚、絶叫あげるオークに向けて投擲したのだ。


ザクッ。


と痛々しい音と共に寸分の狂いもなく、オークの腹をグレートソードが貫く。


「オァァッ?・・・・・・ァァァアアア」


途端に襲い掛かる痛み。

オークの意識は朦朧としかけていた。


もはや絶命するのも時間の問題だ。


しかし、それでもオムニスの追撃の手は緩まない。


「よいっ、しょ」


腰をぐぐっとひき、オークの顔面に向けてジャンプ。

グレートソードを投擲したことにより、身軽になったことでなせる技だ。


オムニスはそのままオークの顔面に着地し、足で踏みつける。


「これでも、食らって、ください」


たどたどしく瀕死のオークに向けてそう告げると、程よく肉の付いた右腕を大きく振りかぶった。


そして───殴打。


オークの大木の幹のように堅い皮膚に、思い切り拳を叩きつけた。


その結果、べギョッと嫌な音を立ててオムニスの右手がいかれる。


拳はまるで潰れた卵のように中から骨が突き出し、鮮血がダラダラと流れて止まらない。


しかし、オムニスは特に気にした様子もなく、今度は左で思い切り殴りつけた。


「アァァァオオオオ!!!」


「お口チャック、です」


痛みによる呻き声をあげるオークを他所に、次は右手で殴る。


「ァァァァ!!」


次は左で殴る。


「ォォォ・・・・・・」


次は右で。


「オ・・・・・・ァ・・・・・・」


左右左右左右左右。


目にも止まらぬ速度で、狂ったように殴り続ける。

観客から見れば、その様子はまさに悪鬼羅刹に迫る勢いだっただろう。


その苛烈さからか、辛うじて立っていたオークがフィールドの地面に膝をつけて、背中から倒れようとしていた。


「・・・・・・・・・ァ」


「まだ、生きてる、ですか?」


時間にして約数分だ。


しかしそのたった数分で、この闘いに終止符が打たれようとしていた。


数十にも及ぶだろう殴打の末、オークは生きているのかすら怪しい状態だ。

そのためか、もはやオムニスの両手は手の形をしていないほど壊れきっていた。


だがもう既に勝敗はついてしまったようだ。


「・・・・・・・・・」


「ようやく、ですか」


先程までのオークの呻き声がなくなり、完全に沈黙した。


オムニスはそれを確認すると、オークの血で濡れた顔を拭い、倒れたオークの頭から、ぴょんとフィールドへ飛び降りる。


「・・・・・・け、決着ぅぅぅぅ!!!!!勝者はやはり、オムニスだァァァァ!!!」


「良くやったオムニスゥ!!!」


「オムニスさまぁ!」


「よっしゃあ、俺の勝ちだなぁ!」


「くそっ、絶対負けると思ってたのによォ」


その瞬間、波を打ったように歓声が上がった。


司会役の男がオムニスの勝利を宣言し、観客たちはオムニスの勇猛さを褒めたたえた。


また、モンスター達が勝つと賭けていた初心者と大穴狙いの観客たちは、物の見事に予想が外れて悔しそうに地面を叩く。


───そう、これが。


これこそがコロッセオが人気であり、未だに足を運ぶものが途絶えない理由である。


人と人。もしくは人とモンスターを闘わせ、勝利した者には拍手喝采と名誉を。

そして負けたものには死という名の不名誉を与える。


一見残酷に見えるが、この国では強者こそ正義だ。


敗者には語る口はなく、負け犬には住むべき場所も与えられない。


言わば、敗北は死である。


「ああ、これでようやく、僕は自由に」


拍手喝采と万来の歓声をその一身に浴びながら、オムニスは出入口ゲートに向けて歩き出す。


後に残ったのは、命を散らして敗けたモンスターだったものが転がっているのみ。


───これは、そんなコロッセオで生まれた1人の戦闘奴隷と、とある1匹の悪魔による英雄譚だ。

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