episode7(ⅲ)

 本来の姿――蝙蝠の人外の姿になったヒュウエンスが、片手で少年の銃撃を阻止していた。


 か細い声でシュリは師のことを呼ぶが、彼は応答せずに前方の男を睨めつける。どうやら機嫌が悪いらしい、いつもの笑みなど微塵もない。


助手をからかうな」


 地を這うような低い声。それに対しグレウは立ち上がりつつ否定する。


「からかいなどでは無い、事実を言ったまでだ。お前が何を吹き込んだのか知らないが、その少年は人間だ。お前と同じ人外ではない」


 知ってる、とヒュウは返すとシュリに銃を仕舞うよう指示をする。言われるがままに少年は腰元のホルダーに収めた。

 彼はきつい視線を外さずに静かに言う。


「王族直々の処刑人なら知ってると思うけど、ハーレン王子は既に。あの大火事で彼はもう居ない」

「ではその少年は誰と言う」

「シュリムレイド。たまたま王子と似た顔をした只の子供」


 青年の答えにグレウは鼻で笑った。


「処刑人紛いのことをしている子供を『只の』子供と言うか、甘やかしも甚だしい」


 ヒュウは眉一つ動かさない。幼い体の少年を守るように立ち、紅い瞳で目の前の男を射抜くだけだ。

 グレウが笑みを消す。深緑色の目を細めた。


「人外は敵であるが、害を為す者だけだ。君たちと敵対関係になりたくはない。むしろ良い関係を築きたいと考えている」


 理解不能な思考回路に、青年も少年も怪訝そうな表情をした。しかし構わず男は続ける。

 グレウはシュリの「人外殺し」の腕と「治療」の腕を認めたらしい。子供にしては見事だとも褒めた。可能ならば少年に、処刑人として仲間となってほしいとすら言っている。師であるヒュウの救命処置の腕も評価し、人外という事実を隠して王国直轄の病院に務める事を勧めた。


「この王国は常に人外からの危機に晒されている、仲間は多い方が良い。共に俺達と守らないか」


 左手を差し出す。先程シュリに巻いてもらったシャツの切れ端が少量の赫で滲んでいた。

 男も少年も、ヒュウの返答を待つ。彼は逡巡すらせずに答えた。


「あんたの言いたい事は分かった、真っ当な理由で安心したよ」


 僅かに口角が上がったが、すぐにそれを打ち消す。


「でも僕等は私設救命組織だ。人間の味方でも人外の味方でもない」


 ヒュウは続ける。

 彼等「氷輪の救急箱」の目的、それは人間と人外の間を隔てる溝を埋める事。争いをやめない愚かな二者を繋ぐ事だ。どちらかに肩入れなどしない。

 人間には治療を施し、人外には共存の道を示す。両者がわかり合うきっかけとなる為に存在し、営利や見返りを目的としない。

 ヒュウが三百年もの時の中、決して違える事のなかった軸。氷輪の救急箱とは、彼そのものである。


「残念だけど、あんたの話には乗れないな。あと勝手に僕の助手をスカウトしちゃダメだぞ」


 彼は途端に表情を緩める。その様子を見て、グレウは少しばかり驚き、返すのに数秒の間が空いた。

 両者に張られた緊張の糸が切れた事を察したシュリは、きょろきょろと二人の顔を見比べる。師は普段通りで、男も警戒を解いているようだ。

 グレウは短く息を吐くと手綱を引いた。


「それでは互いを利用し合おうではないか。またの共闘を心待ちにしているぞ、少年」


 男はシュリの返答を聞く前に身を返してしまった。

 背後、少年は瞬きを繰り返し、青年は不満そうに口をへの字にする。スカウトに近い言葉だと感じたようで、ヒュウは弟子の手を引いた。死者数の確認へ向かうらしい。


 血も静まる戦場で、不意にグレウは笑った。


「存分に利用し合おうぞ、シュリムレイド」

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