聖夜

 キリエと共に森を抜けると、再びほのかに明るい銀世界が視界を満たしました。


「教会まではもうすぐだ。君が家を出てからかなり時間が経ってしまったね」

 リアムは空を見上げました。そしてもう夕方になっていることに驚きました。

「まだお昼にもなっていないと思ってた」


 キリエは微笑みながら話します。

「あの場所は先住民たちの聖域で、霊力が充満しているんだ。だから現実世界とは時間の流れが遅いんだよ。女の霊が現れたのもそのためで、幽霊たちは恨みが強いほど、霊力の大きな場所に引き寄せられやすいんだ」


 リアムは母親のことが心配になりました。こんなに時間が経っているなら、もうすっかり目覚めているに違いない!

「大丈夫だよ、リアム。君の母親は町中で君を探し回って、今は教会にいる。その教会もすっかり目の前だ」

「ここまでありがとう、キリエ」リアムはキリエを抱きしめます。

「バディはわたしが連れていくから安心しておくれよ。それから、教会に入ったらカミラのことも抱きしめてやりなさい。彼女は今まで強く自分を保ってきたのだから」

 するとキリエは光をまとい、大気に溶けて行ってしまいました。


 リアムは教会に入ります。ステンドグラスの青い光が差す礼拝堂のずっと奥に、涙を流す母親の姿がありました。

「リアム! 探したのよ。今までどこにいたの?」

「森に」リアムはそれだけカミラに告げると、ちいさな体で母親をやさしく抱きしめました。


 それから親子は馬車に乗って帰りました。リアムを心配してカミラと一緒に探してくれた町長が貸してくれたのです。


 カミラは馬車のなかでシルクのハンカチをリアムに渡しました。そこには固いなにかが包まれています。

「これはね、おまえの父さんの小指の骨よ。これしか残らなかったみたい。でもね、私は父さんが帰ってきてうれしいわ。おまえはどう? リアム」

「ぼくもうれしい。でもね、バディも死んでしまったんだ。森のなかで」

 カミラは少し黙ります。それでもリアムのやわらかな頭を撫でて言いました。「バディはきっとおまえのことを守ってくれたのでしょうね。私にはわかるわ。あの優しい犬はおまえをいつも大切にしてくれていたのだから」


 家につくとカミラは町長にお礼の手紙を書いて、従者を送り出しました。

 それから親子はささやかなご馳走を平らげてあたたかな眠りにつきました。リアムは生きていてよかったと泣きそうになりました。


 その晩、リアムの枕元に光をはらんだ影を見ました。

 影はリアムの耳元で『カミラを――母さんをどうか守っておくれよ』と囁いて、影は夜の暗闇に淡く消えていきました。その影をリアムはずっと覚えていようと誓いました。


 朝になって目覚めると、リアムは母親の寝顔を見に行きました。

 そして枕元に置かれた骨にキスをしました。「メリークリスマス」と呟いて、父親の罪を幼い両手でしっかり抱きしめました。

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ホーリーナイト 花森ちと @kukka_woods

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