1日目

 そして翌日、なんだかんだで確かに補習で夏休みが終わるのは癪なので作戦は決行された。

 前日の夜、楽しみを押え切れなかった夏帆が電話で騒ぎ始めたのをなんとか抑え込みながら準備した鞄を持って、いつもどおりに家を出る。言えば止められるの分かっているので、目的地に着いてしまってから親には伝えるつもりだ。

 駅に着くと、すでに来ていた夏帆が手を振っていた。パンパンになった鞄を3つ持って。

「おまえ、よく親に何も言われなかったな」

「あぁ、大丈夫だよ。二つは窓から投げたから」

 決して大丈夫ではないし、その鞄になにが入っているのか不安でならない。

「まぁ良いじゃん、さっさと行くよ!ほら一個持って!」

 そう言って鞄の一つを投げてよこして走って行ってしまった。鞄からは何が入っていれば鳴るのか分からない「ガシャッ」という音がした。


 計画どおりにいつも乗るのとは違う方の路線の、学校とは反対の電車に乗る。

 この時間の、しかも都心から離れる方向の電車には人が少なかったおかげで、夏帆の大荷物を抱えて立つ羽目にはならずに済んだ。

 しかし、目的地なんて決めて無い上に、いつもとは違う電車だからどこを通るかも全く知らない。

「なぁ、結局どこ行くんだ?」

 とりあえず聞いてみたが、「大丈夫、大丈夫。なんとかなるから」と予想通り決めていないらしかった。

 仕方ないと諦めて、いつもはじっくり聞いている暇のない電車の音に耳を傾ける。

 少し走って、都心から離れたのどかな雰囲気が漂い始めたところで、不意に電車の窓に海が映った。

 白い浜と夏の太陽を返して光る真っ青な海。反対側の窓には坂に沿って家が並んでいる。

 少し家から離れただけで、こんなきれいな海があるとは知らなかった。

「よぉっっし!ここだぁ!」

 と、昨日とまったく同じように夏帆が急に立ち上がったと思うと、ものすごい勢いで叫んだ。

「今度はなに?」また痛む耳を押さえながら聞くと、そのままの勢いで「降りるよ!ほら荷物持って!」そう言うと同時にほいほいと自分の荷物を持ち、また一つを寄こした。今度は「ピコッ」という音がした。そろそろ本当に何が入っているのか分からない。


 電車を降りて改札を抜け、橋を渡ると綺麗な海と砂浜が見えた。

「ひゃっほーう!う~みだぁ~!」

 と奇声を上げたと思うと、夏帆は浜をめがけて走り出してしまった。どう考えてもあの鞄2つを抱えて出る速度ではなかった。

「あ、いやちょっと待てコラ!」

 一瞬のフリーズの後、なんとかそのまま荷物ごと水に飛び込む前に追いついて捕獲し、とりあえず荷物を置こうと携帯で宿を探した。


 見つけた近くのホテルに荷物を置き、再び海に繰り出すと、夏帆は今度こそ波打ち際まで走っていき、かと思うと水につかる一歩前で停止した。

「あ?どうした?」

 すると錆付きまくった機械が回るようなぎこちなさで夏帆の首が回ってきた。

「水着、忘れた…」

「泳ぐつもりだったのかよ…」

 行き先を決めずに動くからこうなるんだ。てかあの謎鞄にそんくらい入ってないのか。

「そりゃそうでしょ!海来たなら泳がなきゃ!」

「なら忘れて正解だ。俺泳げねぇからな」

「えぇ?泳げないの?」

「舐めるなよ、今までの人生でこなしてきた数々の泳力調査、すべて蹴伸びの記録だ」

「へぇ~、ならば、おりゃぁ!」

 謎の気合いと共に、視界が真っ白に染まった。夏帆が水しぶきを目くらましに使ったのだと気付いた時には、突然の衝撃で態勢を崩していた。

―バシャッ―

 見事にコンボをくらい、さっきとは比べ物にならない程の水しぶきと共に海へダイブした。仰向けに倒れた視界では、夏帆が満面の笑みを浮かべて立っている。

「制服、塩水で濡らしやがって、夏ー帆ー?」

 余裕で突っ立っている夏帆に逆襲するべく水を滴らせながら立ち上がると、「やべっ」といった様子で夏帆が音速で回れ右した。

 すかさず両肩を掴み、勢いそのまま海に引きずり込む。逆襲完了。

「くっそぉ~、やったなぁ!」

 そして、復讐は連鎖する。結局この調子で日が暮れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る