第3話
先生の靴箱にクリスマスプレゼントを忍ばせることに成功したわたしは、少々浮かれ気味だったのだろう。なんと携帯電話を忘れてきてしまっていた。
学校は携帯電話の持ち込みは禁止されているから、正直に忘れ物の内容は伝えられない。使用済みの体操着を忘れてしまったから学校に入れて欲しいと、警備員さんに訴えたのは翌日のことだった。
「帰る時は、また声を掛けてね」
「はい。ありがとうございます」
来客用のスリッパを引っ掛けて、一目散に教室へと向かう。誰もいない校舎の空気は、外の空気みたいに凍てつくように冷たい。はあっと息を吐き出すと、たちまち白く染まってしまう。
校庭で部活動をしている運動部たちの声が唯一の「音」が遠く聞こえる。他は何も聴こえない。耳が痛くなるような静寂。
普段は賑やかな校舎の中は、本当はこんなにも静寂な場所だったのだと知る。
教室に飛び込むと、机の中から無事携帯電話を見つけた。
「あー、よかったぁ」
担任に気づかれなくてよかった。ほっとして、メールチェックをし始めた時だった。運動部の音に混じって、違う音が聴こえてきた。
「あ……」
ピアノだ。間違いない、微かにだけど間違いない。これは手嶋先生のピアノだ。
何を弾いているのかな。ここからだとピアノの音は聴こえるけれど、メロディまではわからない。
先生に会いたいな。でも、あんまりしつこいと嫌われそうで怖い。でも、ピアノを聴くくらいなら……いいよね?
三年一組は四階の一番端っこで、真下の一階に音楽室がある。時には階段を通じて、時には外を通じて歌声やピアノの音が聴こえてくる。
音をたどるように、ゆっくりと階段を降りる。三階、二階……と近づくにつれ、不鮮明だったメロディが耳に入ってくる。
「これって……」
主旋律の部分で気付いた。この曲はオルゴールの曲だということに。
先生、気に入ってくれたのかな? ううん、気に入っていなかったとしても、受け取ってくれただけでとても嬉しい。
音楽室には入らず、ドアを背にしてピアノに聴き入る。
多分、わたしの気持ちは先生に受け入れては貰えないだろう。こうして先生のピアノを聴くことも残り僅か。先生と会えるのも、くだらない話をするのも、あと数回あるか無いか。
先生への告白も、あと一回。
どんな返事が返ってくるか、ちゃんとわかっている。けれど、万にひとつの可能性があるのなら、わたしはその可能性に賭けたい。
先生、大好きだよ。
最初の恋 最後の恋 小林左右也 @coba2018
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます