05
放課後の保健室。私とトモエはそこにやってきた。
「こんにちはー」
「こ、こんにちは」
保健室のドアを開けて、二人そろって挨拶をする。しばらく進んでいくと、机に向かっていたらしい保健室の先生が座ったままこちらに視線を向けていた。
「こんにちは」
呆れた様子で微笑みを浮かべて、そう返してくれる。いつもの事だった。それから先生は机に向き直って、仕事を再開させる。私とトモエは部屋の中央にあるソファに腰を下ろした。
「そういえば」
一度机に向かった先生が、そう体をこちらに向ける。顔には呆れた様子なんてなく、むしろ感謝する時の様な笑顔を浮かべていた。なんだろう。いつも呆れた表情ばかり見せる先生が、そんな風にするのは珍しい事だ。ついにBLに、興味を持ってくれたのだろうか。ずっと私達の話が聞こえているのだから、そのうち興味を持っても不思議ではないだろう。私は少し期待を持って、先生の言葉の続きを待つ。
「……なんでそんな期待する様な表情」
先生が私の顔を見て、不審そうに呟く。
「期待? そんな顔してましたか」
「まぁいいわ……東城さんだけどね」
イオリの話らしい。先生は不審そうな表情だったのが一変して、嬉しそうな表情になっている。
「最近とても雰囲気が変わったわ」
「あぁ、そうですね」
リアルBLカップル消失事件の謎解きをした日から、イオリは確かに変わった。さすがにキャラが根本から変わってしまう事は無かったが、雰囲気や態度やその他もろもろが変わった。一軍達の集まりの中にイオリがいるのは変わりないが、いつもの黙ってその場にいるだけではなく、話に少し加わったり、返答が一言だけではなくなったり、教室では少しの変化が見て取れる。加えて、私達と放課後にこの保健室で過ごす事が多くなった。
「あの日、伝言を頼まれた時はどういう事かと思ったけど、あの時から変わったのね」
ちなみに先生にはあの時の事は、詳しく話していない。イオリの名誉にかかわる事だ。恥ずかしい事ではないと私なら思うが、イオリはきっとまだそうは思えないだろうから。先生も無理に聞き出そうとはしてこないから、面倒が無くていい。先生はとても理解のある人なんだと思う。
「東城さんは、いろいろあるから……心配だったのよ」
もちろんBL趣味の話ではないだろう。女装して学校に通っている件についてだと思う。クラスメイトや学校は受け入れてくれている。表面上は。でもふとした拍子に出る反応までは隠しきれない。自分で言うのもなんだが、私達は多感な思春期なのだ。女子たちの中に紛れていても、いや、男子たちの中であっても、男性と女性、その意識は確実に、頭のどこかに持ってしまっている。
それだけではない。イオリ自身にも悩む原因がある。
「イオリの、男性としての成長の事ですか?」
先生は一瞬驚いた様子を見せた後、微笑む。
「やっぱりすごいわね、よく見てる」
「入学当時は首元を隠していなかった、でも一、二か月前辺りから、首が隠れる服を制服の下に着るようになった」
「そ、そうなの?」
トモエが少し驚いたように声をあげる。そうだろうと思っていたが、やっぱり気付いていなかった。
「気付いてたか」
先生が苦笑を浮かべる。私は気にせず自分の推測を話した。
「喉仏が出てきたんでしょうね、それで隠すために」
私が謎解きをイオリに聞かせている時、私の声が男っぽいっていうのと怒った場面があった。今一番気にしているデリケートな部分だったから、あんなにも怒ったんだろう。先生が少しため息まじりに、口を開く。
「女性でありたいのに、日々男性的に成長していく自分の体、何とかしてあげたいけど、どうする事もできなくて、辛いわ」
「でも先生は、できることを最大限してるじゃないですか」
私の言葉に先生は驚いた表情を見せる。私は気にせず続けた。
「私の推測ですが、老害教師どもに頭を下げて回ってますよね? イオリ氏の服装……首元を隠す服装の件を含めて、注意しない様に」
校則には書かれていないが、イオリの服装をよろしくないと思う老害教師はおそらく居るずだ。その教師たちが注意してこないのはおかしい。学校として受け入れるという選択をしているのだから、それに真っ向から歯向かう事はしなくても、陰で注意しようという老害教師が居てもおかしくないはずなのに。
それに先生は放課後少し時間が経ってから、用事で保健室から出て行く事が多い。生徒が、保健室に来る可能性が高い時間帯にもかかわらずだ。方向性を変えて考えると、その時間帯は教師の授業後の雑務がひと段落するタイミングと一致する。そのタイミングを狙って老害教師に突撃しているんだろう。入学からそれなりに時間が経っているというのに、根深い物だ。
「……何の事かしら」
何でもない風を装った口ぶりでそう言った後、先生は再び机に向き直って仕事を再開させた。わざわざ追及する事でもないから、私もこれ以上何も言わない。
「せ、先生いつもありがとう」
トモエの言葉に、先生の背中は少し揺れる。嬉し泣きでもしそうなのか、照れているのか。それは分からない。
「おじゃましまーす」
ドアの方からイオリの声が聞こえてきた。
「今日もいるね」
少し足早にソファの方までやってきたイオリが、そう口にした後、腰掛ける。
「最近多いが、いいのかな? あちらの友達は」
心配というほどでもなく、単純に疑問に思った。イオリは私の問いに少し首を横に振る。
「あっちは友達って程じゃないよ、一緒にいるのは学校がある間だけ、遊びに行くのに誘われた事ないしね」
いろいろ難しいらしい。イオリが普通の女子なら自分から誘ってみればという所だが、そう簡単な事ではないかもしれない。やんわりとした拒絶でもあるのか、相手側が気づかう事に疲れているのを、イオリが感じ取ってしまっているのか。
「そういえば、トモエがオススメしてくれたの見たよ」
目を輝かせて、イオリがトモエに迫る。
「そ、そうなんだ!」
トモエもそれに対して、嬉しそうに答えた。ちょっと近いな。
「きゃっ」
私はさり気なく、トモエと自分の座り位置を入れ替えた。
「なに? 急に? いきなり動かしたからトモエが目を回してるじゃない」
怪訝そうにイオリが聞いてくる。私は「別に」とだけ言って、そっぽを向く。特に何もない。なんとなくこちらに、座りたかっただけである。それだけである。
「意味が分かんないよ、トモエ、大丈夫?」
「う、うん」
心配そうにトモエに触れようとしたイオリ。私はその手をやんわり押しのける。
「痛! 叩く事ないでしょ、なによもぉ」
「ヨ、ヨリコ氏、ど、どうしたの?」
よくわからないという感じで、トモエも首を傾げた。本当に何でもないのだ。本当に。
「ふふっ」
先生がいつの間にか、こちらに顔を向けていた。嬉しそうに微笑んでいる。
「なんです」
私がそう問いかけると、先生は「なんでもぉ」と含みのある笑顔で立ち上がった。なんか腹立つ。こちらが優位になってたはずなのに。
「ちょっと用事があるから、出てくるね」
何も言う暇もなく、先生は保健室を出て行ってしまった。
「それで、何か不満でもあるの?」
先生を見送ると、イオリがそう口を開く。トモエも、疑問に満ちた瞳でこちらを見てきた。
「……別に」
「絶対なんかあるでしょぉ」
「そ、そうだよ、い、いつもとなんか違う」
イオリとトモエにそう言われながら、私はそっぽを向いて「別に」と呟き続けるのだった。
日々妄想している腐女子は推理力が高いようです 高岩唯丑 @UL_healing
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