第3話 モモンガの返却。

 それで2人でモモンガを嗅いだ結果、似たような臭いがするのが2つずつ残った。

「どっちなんだよ」

「うーん。どれも違う方向で臭いような?」

 しかも個体差もあるのか、それぞれ臭いが違う。というより店の臭いより個別のモモンガの体臭のほうが強い。

 それで結局、追加で他の4匹のモモンガで試したが、それぞれ2匹ずつのグループが出来てしまい混迷は深まるばかりだ。

 つまり4パターンの臭いがするように思われるモモンガが2種類ずつ。

「純粋に店の臭いがするものってなんだ」

「お店の備品とか?」

「匂いが移りそうなもの、布製品、最近店にあるもの」


 そう考えて思いついたのは文鳥だった。

 あの文鳥はせいぜい2週間ほど前に生まれたばかりで、仲井の溺愛ぶりから考えると店から出してなんていやしないだろう。だから店の臭い以外はしないのではないだろうか。梅宇はそう結論づけた。文鳥は清潔にしていれば独自の匂いはほとんどない。

 しかしかといって、文鳥を袋に突っ込むわけにもいかない。文鳥の寝床も布だったことを思い出したが、流石に梅雨もあの文鳥の雛を家から追い出すのは気がひけた。

 梅宇がそう思って悩んでいると、智樹が文鳥の家ごと袋にいれて外に持ち出して首を傾げる。


「このまま臭いを嗅ぐ?」

「このままって……」

 チャック袋の中の文鳥の家の中では文鳥がピヨピヨと音をたてている。梅宇にはどことなく喜んでいるように見えた。文鳥もペットショップの外に出るのは初めてなんだろう。

 梅宇は何だかもうどうでもよくなっていた。

 そして嗅いだら先程与えた餌の臭いがした。水で溶いた粟のしけった臭いだ。

 この時点でなんというかもう、ペットショップの臭いで区別するのは土台無理なのではないかと少し思い始めた。モモンガの臭いの個体差というのはどれほどあるのだろう。途方に暮れる。

 梅宇は特に嗅覚が鋭いわけではないのだ。本当に。


「あ、この2匹の気がする?」

「なんでだ? 特徴的な臭いでもするか?」

「いや、なんていうかさ、逆だと思うんだ」

「逆?」

「そうそう。同じ匂いを見つけるんじゃなくてさ、文鳥も含めてこの2匹だけ一種の臭いがない」

「臭いが……?」

「そう、ヘーゼルナッツみたいな臭いがしない」

「ヘーゼルナッツ? ピスタチオじゃなくて?」

 梅宇の頭は混乱を来している。何が何だかわからなくなってきた。特定の臭いが『ある』ならともかく、『ない』ことが何の証明になるのか。けれども智樹はあの店全体もヘーゼルナッツの匂いがしたような? と首を傾げた。

 けれども梅宇は思い直す。そうといえなくもないのか?

 そもそも智樹のモモンガは新しく持ち込まれたものだ・だから異なる臭いがするのを探していた。臭いが『ない』こと自体も『異なる臭い』にふくまれるかどうか。それなら他に共通している匂いがないなら、この2匹のどちらかなのか?

 そう思ってみると、その2匹のうちの1匹は他の個体より少し小さかった。確か1匹は新しく入荷したモモンガの筈だ。他より臭いの付着は少ないだろう。


「おい智樹。その預かったモモンガってのは小さかったのか?」

「うん? んー。他の子と同じくらいの大きさだったから、この一番小さい子とは違う気がする」

「とするとこの小さなのと一緒の奴が預かった奴……なのか?」

「わかんない。もうこれでいいんじゃないかなぁ」

「お前、飽きてきただろ」

「だって本当にわかんないんだもん」

 そんなことをしている間にいつしか日は暮れた。

 まさに気がついたら暮れていたと言うやつで、梅宇はなんだか1日を無駄にした気分になった。それで梅宇と智樹は、その智樹の知り合いというホストの働くクラブに出かけた。2匹のモモンガと6羽の文鳥を持って。

 それは偏に面倒くさくなった智樹がその友人のホストに電話をかけて事情を説明したからだ。ホストの言い分は、本当にそんな適当ないいわけでなんとかなるのかと思わせるもので、酷く疑問が沸き起こる。

 落ち着かない。

 だから結局見届けに来たたわけだ。後で訳のわからないクレームが来ても困る。それに駄目だったら、またペットショップでどれが本物か探さなければならないしその時になって呼び出されても御免だ。一度家に帰ったらもう動きたくはないのだ。


「ごめんうっちー。多分これだと思うんだけど」

「大丈夫大丈夫。公理こうりんありがと。マイちゃん結構適当だから何とかなると思う。これって新しいケージ?」

「そうそう。あんまり違いはないけれど」

「なら大丈夫。なんとでも言いようあるから~。それにこの小さい子も貰っていいんだよね」

「ああ。オーナーに確認した。税込で3万3000円」

「オッケオッケ。後で払うよ。公理ん建て替えといて」

 そのピンク髪のホスト、内倉遼平うちくらりょうへいが言うにはケージを含めて環境を変えてしまえば、多少の違いは感じても気がつかないんじゃないか、という。どうやらそのマイという客はファッションで飼っているだけで、飼う手前、きちんと世話はするがそれほど執着しているようではないそうだ。

「執着してるならホストになんて預けないって」

「そう言われればそんな気はするが、それはそれでどうなんだ」

「越前さん? そっから先は俺の仕事だから心配しなくて大丈夫」


 結局、そのマチェテの様子や態度が多少違っても、別の個体がいるから緊張してるとか馴れ馴れしくなったとかで誤魔化し、小さいモモンガは仲良くなったからその客にプレゼント、というよくわからない話をするらしい。

「そんなに上手くいくものなのかね」

「いくっていうんだからいいんじゃないの?」

「ホストの接客というものはよくわからんなぁ。それでいいなら別にいいんだが」

 それで梅宇はホストクラブのバックヤードで水を借りて文鳥に餌をやっていた。それで梅宇は日当分は働いた気になった。

 慌ただしくしていて文鳥に餌をやるタイミングがなかなかとれず、連れ歩くしかなかったのだ。1日1回外に出すのも2回目を出し続けるのも同じだろうという理屈だ。なにせ文鳥の雛は1日4~5回餌を与えないといけない。


 けれども不思議なことにモモンガ はそんな言い訳でなんとかなったらしい。それで梅宇と智樹はバーで祝杯を上げている。

 そんなわけで結局いつものように朝まで飲むことになった。

 徳田は明日から店に出られるそうだから、梅宇は正式に0時を回った今日から再び自宅警備員に戻ったのである。

 智樹は結局暴れていつも通り酔い潰れたものだから、梅宇は仕方がなく肩をかしながら智樹のマンションに向かう。反対の手には文鳥が眠る籠を持って。

 文鳥は寝ているのか、籠が揺れても気にしないようだった。

「明日の朝、店が開く前に返さないとな」


Fin

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文鳥とモモンガ。 Tempp @ぷかぷか @Tempp

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