第12話 新しい生活

ステファニーが世話になる修道院は、身寄りのない母子に住む場所と職場を提供する母子寮と孤児院を備える大規模な修道院だった。


修道院に着くと、ステファニーはすぐに修道院長に紹介された。


「ステファニー様、初めまして。私は修道院長を務めているシスターマリアです。ステファニー様は、今日からは洗礼名でシスターアグネスと呼びますね。それからここでは身分差はありません。ですので、全員が自分で身の回りのことをして、修道院と孤児院の仕事もしていただきます」


「はい、マリア先生・・・」


ステファニーはまだ悪夢から覚めていないようでぼうっとしていた。


「ですが、事情は伺っています。それに今まで公爵令嬢としてお過ごしになっていたのですから、急に色々自分でできないでしょう。最初はこのシスターアポロニアが貴女のサポートをしますから、なるべく早く独り立ちできるようになって下さい。それまでは礼拝以外の仕事は免除いたします」


「シスターアグネス、アポロニアです。よろしくお願いします」


アポロニアはステファニーより少し年上の20歳で、修道院付属の孤児院で育ったということだった。


通常、修道女は物置ほどの極小さい部屋に1人で寝起きするが、ステファニーは修道院に慣れるまで少し大きめの質素な客室をアポロニアとシェアすることになった。その部屋には、簡素な木製のシングルベッドが2台備えられており、ベッドの脇にそれぞれ小さな木製机と椅子があった。衣装箪笥もあったが、1棹だけなので、ステファニーは同室のアポロニアと共同で箪笥を使わなくてはならなかった。もっとも替えの修道服と寝間着、下着以外の服は2人とも持っていないので、不便はなかった。


修道院での初めての朝、ステファニーは腰まで伸びた豊かな髪と格闘していた。


「シスターアグネス、おはようございます。髪に苦労していますね。少し短くするといいかもしれませんよ。そうしたら、朝も時間が節約できますし、洗髪しても早く乾きます」


「そうですね。鋏を貸していただけますか?」


ステファニーが鋏を手にして髪に当てた途端、色々なことが走馬燈のように思い出された。かつてもっとつややかだった金髪をすくってエドワードがキスしてくれたこと、エドワードがステファニーの髪を美しいと誉めてくれたこと、ステファニーの頭を撫でてくれてこの髪の手触りが好きだと言ってくれたこと、彼の瞳の色の宝石がついた美しい髪飾りをつけてくれたこと・・・ステファニーは泣き出してしまって髪を切れなかった。


「シスターアグネス、今、無理に切る必要はないですよ。決意が決まったら教えて下さい。私が切って差し上げます。それまでは私が髪を梳かしてさしあげましょう」


「・・・そ、そんな特別扱いしていただくわけには・・・」


「私と院長先生、副院長先生には遠慮なさらないでください。この修道院で貴女の事情を知っているのはこの3人だけです。残念ながら修道女の中にも、俗界の女性と同じように嫉妬や醜い争いがあります。そういう修道女にとって、今のこの状態だけでも貴女は嫉妬の対象なのです。ですが、貴女のプライベートなことを全員に言う訳にはいきません。ですから、貴女がここの生活に慣れるまで私達3人がサポートします」


「はい・・・」


「これは私の独断ではなくて、院長先生と副院長先生のお考えなのです。だから安心してくださいね」


そのうち、ステファニーはなんとか自分でも髪を梳けるようになった。だが、腰まで長い髪は洗ったり梳いたりするのに時間がかかる上、頭にかぶるウィンプルからはみ出ないように結ばないといけない。だからステファニーも修道院の生活に慣れるにしたがって思い出よりも実利のほうが重要に思えるようになった。そしてようやく髪を切るとすっきりと以前の世界への未練を断ち切れた気がした。ただ、自分で切ってやはりガタガタな髪型になってしまったので、アポロニアに肩にかかるぐらいの長さに切り揃えてもらった。


「数ヶ月前だったら売れるぐらい綺麗な髪だったんだけど。修道院の足しにならなくてごめんなさい」


「そんなこと気にしなくてもいいのよ。でもこれでも十分売れる綺麗な髪だと思うわ。修道院のために売ってもいいかしら?」


「ええ、どうぞ。少しでも修道院の収入になればうれしいです」


ステファニーの金髪は本当に綺麗な色だったので、前ほどつややかでなくても悪くない値段で売れ、売上金は修道院に寄付された。

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