『斬新なサーカス団が罷り通る』

 最寄りの鉄道駅を目指し、歩き出した。異様な集団だった。土蔵の元囚人六人と歌劇団の四人。脈絡のない組み合わせも人数も問題ない。不自然で奇怪極まりないのは、一部の者の風体だ。


 作造は羽織袴姿である。丁度良い大きさの洋服があるはずもなく、ズボンを袴に替え、羽織を無理やり纏った。相撲取りのようでもあるが、似合っていない。そして、別当べっとう青年を背負っている。彼は、動悸が切迫するので長い距離は歩けないとこぼし、悲しい顔で洋館に残ると訴えた。すると有無を言わさず、巨人がんぶしたのだ。漢気おとこぎに満ち満ちている。


 副島の洋服箪笥には無数の背広が収納されていた。章一郎はどれでも構わなかったが、白夜が舞台衣装にも使えると言って、一着の背広を強く薦めた。燕尾服だった。奇術師の一張羅いっちょうらとお揃いである。その姿を見て福助が笑い転げる。若干抵抗はあるものの、それ以上に、大きさが肩幅も股下のぴったりなのが気に食わない。章一郎は背丈も体格も大悪党と同じだった。


「こりゃ、楽ちんじゃ」


 水を得た魚だ。たつみは洋館に置いてあった自転車を頂戴した。番人が買い出し等雑用に使っているものらしい。久々に自転車に跨った長老は、試し運転だと言って、庭で曲乗りを披露した。歌劇団の娘たちは、腰の曲がった只の老人と思っていたのか、妙々たる曲乗りを見て仰天した。調子に乗って難易度の高い技も繰り出したが、悠長に曲芸を観せている場合でもなかった。


「もう弥生とな…月も変わって五日以上も過ぎとるとは。こいつは不味った」


 この日の朝、一番遅く起きた巽は、食堂に掲げられた暦を見て驚き、眉をひそめた。金毘羅こんぴら神社での春の興行は、弥生の朔日から桃の節句までと決まっているのだという。祭礼に合わせた縁日で、例年同じ日付だ。


「今から行っても、引き払ってて誰も居ないってことか」


 章一郎も柏原も、巡業予定に関しては無頓着だった。指示を受けて、従うだけである。それでも深川曲芸団本体が行方知れずになり、自分たちが取り残されたことは理解出来た。毎春、金毘羅様の後は帝都の西部を巡業するが、同じ町に立ち寄ることはない。


 目的地を失った。洋館から逸早く離れるのが最優先事項だと言って出発したものの、未だに行き先は定まらない。章一郎は双子姉妹に対して、申し訳なく思った。宛がないにしても、曲芸団の芸人にとっては移動に過ぎないが、二人は出奔に等しい。決意して、住処を去った。大きな旅行鞄が、人生を賭けた決断の重みを表している。


「ほかの女の子と随分違うのかなって感じることもある」


 鉄道駅に向かって歩きながら、極夜きょくやが呟く。洋館を出発する前に、双子同士で些細な押し問答が起きた。未明に発見した拳銃を極夜が持って行きたいと言い出したのだ。護身用に使えると言う。とんでもない、と驚いて白夜びゃくやは元に戻すよう催促したが、極夜は素直に従わず、必要になると言い張って粘った。結局、白夜が押し切って拳銃を花壇に埋めたものの、極夜は未練たっぷりの様子だった。


「歌劇団の女の子が可愛いって喜ぶようなもの、例えば、ぬいぐるみとか。でも、自分は全然可愛いと思えなくって。別の、鉄道とか飛行船とか、あと軍艦とか。そういうのを写真で見たりすると時間を忘れて眺めちゃう」


 機械仕掛けが大好きで、写真機カメラも分解して修理に出す羽目になったと語る。そして未明に拳銃を握った際、自分でも驚くほど興奮してしまったのだと告白する。瓜二つの双子であっても趣味嗜好は異なるようだ。


「うーん、わたしは機械とか苦手なんだけど、分からないこともない。だって物心ついてから、短い間だったにしても、普通の男の子として過ごしてきたわけだし」


 二人とも女性用の服には抵抗があったと語る。恥ずかしくて、情けなくて、泣き腫らした覚えもある。その内に頭が混乱して、次第次第に気が変になって、諦めた。開き直って、女の子と同じ言葉を使い、振る舞った。ただし、確実に男の子と同じ感覚は残っているという。


天邪鬼あまのじゃくじゃなくって、衣装の短いスカートあるでしょう。あれ、恥ずかしいと思わない。孤児院に居た時は夏になると下着ひとつで走り回ってたんだし。お極なんて、今でもふんどしが好きなのよ」


 そう言って、白夜は極夜のスカートを捲り上げた。公衆の面前で、はらはらする。双子の正体を知っていても、章一郎はお巫山戯ふざけが過ぎると思ってしまう。真後ろの一寸法師が茹蛸に変化へんげするのも、分からなくもない。どう見たって女の子だ。断じて双子の兄弟ではない。


 二人が晴れの日に選んだ服装もスカートだった。破廉恥なものではなく、丈は長い。曲芸団の美女も愛用するワンピースという婦人物で、色は爽やかな若草色と藤紫。お揃いの緋色の上着を羽織り、白夜だけ純白のふわふわした襟巻きを付けている。一段と磨きが掛かったか外国のお人形だ。


 お洒落な娘たちを引き連れ、青年を背負う羽織袴の大男。自転車に大きな荷物を載せて軽快に走り回る傴僂男せむしおとこに燕尾服の狼男。加えて、軍服を着た二人の侏儒。何の大行列かと通行人が立ち止まるのも無理はない。一行は斬新なサーカス団のようだった。

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