『金銀財宝には目も呉れず拳銃を握った』
柏原の指揮で逃走の準備が続いた。ここを去るのは早朝か、遅くとも午前八時前で、目的地は曲芸団の興行が催されている都下の
「是非とも、一緒に行きたい」
嬉しいことを言ってくれる。二人もまた行く宛がないのだ。小人楽団のリーダーは協議の途中で時折、船を漕ぐ。相当に疲れているようで、章一郎も度々気を失い掛けた。適度な緊張でぎりぎり意識を保っていられる状態だ。
「俺たちゃ盗賊じゃないんだ。金品には興味ない。ただ服だけは何とかしたい。こんな薄汚れてちゃ、ルンペンも鼻を押さえて逃げてくだろうしな」
章一郎が隊長となって洋館の大規模探索が始まった。小柄な二人には、歌劇団の衣装が大きさ的に合う。既に福助がそうしているように、少し袖を折れば良い。あの見慣れた軍服調の上着は、色も取り取りに全部で四十着以上もあった。
作造の着替えは難問だった。大柄な番人の服でさえ小さく、外套を無理やり着て誤魔化すしかない。探索者の一団が
「ごめんなさい。話そうと思ってたんだけど、昨日の夕方頃、押し掛けて来た人たちが居たんです。頭領らしい女性は長い髪の
不審者の侵入事件が発生し、
「昨日、ここに来た…」
「居たけど居ないって言ったら、もの凄く悔しがって、大泣きして。最初は恐かったけど、優しいお姉さんなんだなって」
情景は頭に浮かばないが、耶絵子に相違ない。鍵を
「どうやってこの場所が判ったんだろう。乗り込むなんて、危なっかしいこと」
耶絵子の執念を垣間見た。小悪党も大悪党も絶対に許さない義侠心を持ち合わせた強い女性である。怒ると本気で怖い。あの大男でさえ説教の最中に恐れをなして姿勢を正したことがあった程だ。彼女らはこの洋館を去って、その後、どうしたのだろうか。今直ぐにでも、皆が元気である旨を伝えたい。
「宝の山を見付けたぞ。絶対そうだ。これ、画報で見たことある」
福助が目を輝かせている。着替え用の服を物色中、洋服箪笥の奥に隠された金庫を発見したのだ。愛用の車と同じで、胴体は黒く光り、取手は派手な金色。中身を検めずとも、金庫自体が高級品と判る。鍵はダイヤル式で、仕組みは分からない。太田なら簡単に開けられるのだろうか。
「これ持って帰れば大金持ちだ」
不穏なことを言い始める。福助は玄関で寝ていた作造を叩き起こし、金庫を担ぐよう促した。「ちょっと重いな」と漏らす。怪力の巨人の口から重いという言葉が飛び出すなど過去に例がなかった。車より軽いはずだが、鉄の塊りのようにずっしりしているらしい。例え肩に担げたとしても、そんな
「この包物は何でしょうか」
金庫の後ろに風呂敷に包まれた小さな
想像以上に副島は危険な人物だった。口の達者なペテン師などではない。土蔵や埠頭の倉庫に押し込めれても尚、章一郎は副島を人身売買の悪徳な手配師程度に思っていたが、誤りだった。
幼い双子を引き取って許されざる手術を受けさせ、支配した。それだけでも常軌を逸した極悪人だが、拳銃を隠し持ち、外国の怪しげな生薬を取り引きしている。世界を股に掛けた密貿易の闇商人。冒険小説にだってそんな悪党は登場しない。
章一郎は、最期の光景を回想する。頭から火を吹き、身悶えするように崩れ、海に堕ちた。三基の棺も札束も、何もかも燃え尽きて灰になった。あの時、白夜は裏切ったのではない。副島は双子に報復されたのだ。因果応報と言えよう。
夜の埠頭を染め上げた紅蓮の焔。それは巨大な悪に終止符が打たれた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます