『奇妙な六人組は劫火の海に別れを告げる』
編み上げ靴を脱いで逆さまにすると、大量の海水が溢れ出た。白夜はしっかりした様子で、怪我もなかった。それでも心臓はどきどきしたままで、夢の中に居る見たいだと言う。その通りだろう。彼女の大胆不敵な行動で、冒険の幕が開いたのだ。海からの救出劇は序章に過ぎない。
章一郎も少女と同じ気分だった。どうにも現実感が伴わない。縄抜けし、ナイフを操り、海に飛び込む。一連の行動は随分と前のことようにに思えるが、二隻の船は燃え続けている。眼前の光景に脚が震えて、その場にへたり込んだ。
「奇跡の最中って、こんな感じなのかな。だって、変だろ。長い縄、そんな縄が都合よくあるなんて」
呼吸を整えながら章一郎は声を振り絞るが、何から話して良いのやら頭の中が錯綜する。出来事が折り重なって、順番も不鮮明だ。海中からの脱出は一瞬だった。縄を掴むと、作造が一気呵成に引き揚げ、気が付けば白夜も自分も防波堤の上に転がっていた。
種を明かせば簡単だ、と誰かが言ったような気がする。長い縄はさっきまで五人を束に巻いていたもので、倉庫から柏原が取って来たらしい。悄然と倉庫の窓を見上げたことが、何時間も前のことに思えてならない。
「まあ、落ち着け、章一郎。いや、落ち着いてる場合じゃないな」
「まだ安全とは言えんのじゃ。報復されるかも知れん」
「
海中に没する寸前、頭に火が点いてたように見えた。顔面に大火傷を負った可能性もあるが、その状態で海に落ちたら、どうなるのか。誰にも分からない。生死不明の状態。炎上する船の周辺には、溺れて
「お金を拾おうとして、支配人は首を突っ込んで、それから…箱の底には藁があって、あんなに燃えるなて考えてもいなかった」
「貪欲な男の末路ってとこかも知れねえな。自業自得じゃ。お嬢ちゃんはな、一生懸命頑張って、わしらを救ってくれた。命の恩人じゃ」
副島以外の敵勢は無傷だろう、と巽は警戒する。章一郎には、堂上が無事で済んだようには見えなかった。尋常ではない高さと飛距離だった。骨折に全身打撲。意識を保てるかすら怪しい。最後の最後に手品を使った裏切り者は、陰の功労者でもあるが、これもまた自業自得と言えそうだ。
「ここからは見えないが、波止場には万一に備えて海から這い上がる梯子があったりもする。離れたところには桟橋があるかも知れない。何人か這い上がって来るのは時間の問題だろう」
加えて柏原は、派手な火事とあって消防組*以外にも見物人が集まって来ると警告する。第三者に犯罪を通告する機会でもあるが、説明は面倒で、
「車があるよ。それで逃げよう」
白夜が車の隠し場所まで案内してくれた。五人が幽閉された巨大な倉庫の裏手に、二台の車両があった。作造が睨み付ける。一台はここへの連行に用いられた三輪の小型トラック、そしてもう一台は、後部座席に章一郎が何度か乗った外国産の黒塗り車だ。
「この黒いので行こう。章一郎、運転できるだろ」
「よし、任された。運転するの半年ぶりだけどな」
意気揚々と乗り込んでみたが、ハンドルがない。逆側だ。掛けてあった外套を引っぺがして、握る。しかし、次はエンジンの掛け方が分からない。うろ覚えの白夜と柏原が、あれこれと章一郎に教える。鍵は付いたままだった。それを回して、横にある棒を強く引っ張る。音が響いた。
「これ、六人も乗れんじゃろう。いや、六人でもなくて、でっかいのは三人分くらい占領するぞ」
巽の言う通りだ。止むを得ない。荷台付きの三輪トラックに乗り換えようとすると、作造が渾身の力を込めて傾けている。制止する間もなく、大きな音を立てて横倒しになった。理由を問い糺すと、それに乗って追手が来るのを防ぐ為だと言う。またしても的確で賢明な対処である。
「作造は屋根の上に乗れ」
重みで鉄板が歪んだようだが、構わない。巽は助手席、そして後ろに小柄な三人が座った。白夜の隣に一寸法師。これまで福助は何度も話し掛けようと不審な動きを示していたが、勇気も覚悟も足りないのか、前例がないくらいに大人しい。緊張感が限界を突き抜けて、血の気も引いている。真っ赤な
「突っ走って、逃げ切るぞ」
奇妙な組み合わせの六人を乗せた黒塗りの車は、埠頭の倉庫群を抜け、夜の市街地に向かって走り出した。
<注釈>
*消防組=戦前の消防組織。、昭和十四年に防護団と統合され、警防団となる。
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