『慟哭の波止場に鬼火が迫る』
冬の大三角を見付けた。一等明るく輝く星の名は何と言ったか。風はやや強く吹き寄せるが、雲は
煌めく天井の下には暗い海が横たわっていた。沖に漂う
「
「またくだらんことを、と言いたいとこじゃが、わしは確実に冥土行きじゃな。長い船旅なんて、窒息してお陀仏じゃ」
巨大な倉庫から引っ張り出され、五人は岸壁に並べられた。章一郎と巽は覇気なく素直に従ったが、作造は激しく抵抗した。巨体を揺らし、猿轡を
「
巨人の怒号が響く。勇ましいが、この状況で生きて帰れないのは、どう考えても緊縛されている側だ。副島は眉ひとつ動かさず、平然としている。久しぶりに章一郎は、その忌まわしい顔を拝んだ。
章一郎が最後に見たのは、
波瀾の日々を回想しつつ、章一郎は目の前に居る中年男と少女を見詰めた。副島の隣に控えるのは、妹の
一推しの歌劇団員に再会しても、福助は喜んでいなかった。比喩ではなく、崖っ淵に追い詰められているのだ。状況が状況である。無理に目を背け、俯いていた。白夜によれば、妹は好き好んで支配人に付き従っているわけではないようだが、並び立つ二人を見る限り、極悪人とその配下だ。好感が持続するはずもない。一寸法師が失恋した夜である。
「おい、副島。ラスリングって何のことだ。答えろ」
作造の不安も焦りも
「おやおや、なんでそんなことまで知っているのですか…ふむふむ、なるほど。
副島は情報の一部が漏洩したことを知らなかった模様だ。手品師を呼び付けて囁く。声を低めていて会話の内容は不明だが、堂上は厳しく注意されているようにも見える。両者の上下関係が推し量れる光景だ。手品師の小物臭は時たま良い味を出す。
「相撲や柔道よりも面白くて、実に興味深い世界なのです。これから世界中で
用心棒に採用する話しは何処へ行ったのか。遊戯施設の
「俺たちの出荷先はサーカスだって聞いたぞ。長い船旅らしいが、行き先くらい教えちゃくれねえか。奴隷にだって聞く権利はあるはずだ」
柏原は目的地となる国を懸念していた。列強各国にもサーカス団はあるが、我が国と同じで人身売買絡みの団員補充は厳しく取り締られている。輸送地は、欧州の小国か中近東などの植民地ではないか。いずれも環境は過酷で、奴隷と同等の待遇が待ち受けているかも知れない…
章一郎は植民地がどういうものか、冒険小説でも読んだことがなかったが、有識者の懸念は当然であるように感じた。
「奴隷の逆なのです」
副島がゆっくり近付いて来た。隣の美少女も
「行き先は東の大陸としか明かせないのです。ミーは埠頭でお見送りするのが精一杯で、後は向こうさんの領分なのです。それでも、奴隷なんかとは全然違うことを知っているのです。ユーたちは銀幕のスタアみたいな高給取りになれるかも知れないのです。これはビッグなチャンスと言えましょう」
また嘘八百が始まった。章一郎は苦々しい思いで、最後の演説を聴いた。とある大陸の大都会の話しだという。そこでは畸型が珍重され、大変な人気を博して稼ぎまくる。サーカス団に所属する者が多いが、月極めの給金ではなく、儲けの大半が自分の懐ろに入る。取り分け珍しい身体の持ち主は、職業野球の選手よりも実入が良い…
「実際のところ、手放したくないのです。ミーはユーのことが大変なお気に入りなのですよ」
気色が悪い。副島は章一郎の耳元で囁くように言った。隣の外国人形は、これまでに見たことのない強張った表情をしている。大道芸の観覧でも、遊戯施設の球撞き遊びでもない。流刑の囚人が、いま正に海の向こう遥かへ流されようとしているのだ。
防波堤の先端附近で、何かが光った。見張り役の男が駆け寄って耳打ちすると、副島は光源に向かって白いハンケチを振った。合図を交わしているようだ。ほぼ等間隔で光が点滅する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます