第十一章

『異端の鳥は籠の中で興醒める』

 僅かにも身動みじろぐことが出来ない。五人は後ろ手に縛られたまま背中合わせに座らされ、長い縄で幾重にも巻かれた。章一郎は身体を強く捻ってみたが、縄が緩む感覚はない。巨人の怪力をってしても、この雁字搦がんじがらめの状態から抜け出ることは不可能だった。


 作造はまだ少し朦朧としている。酔いが抜け切らないようで、会話の受け答えも怪しい。福助は縄が食い込んで痛いと喚く。その声が倉庫の中で反響し、章一郎の耳に障った。

 

 巨大な倉庫はがらんとしていた。小さな木箱が隅に何個か置かれただけで、ほかに荷はない。一番奥に狭い階段が見えた。作業用の通路なのだろうか。壁の中程の高さに回廊があって、倉庫内を半周している。そこに堂上が立っていた。


「うるさいぞ、福助。いい加減、諦めろ。諸君は籠の中の鳥だ」


 何時いつから立っていたのか判らない。薄暗い窓を背にして表情は窺い知れないが、回廊の手摺りを握り、五人を見下ろしている。太々しい態度だ。冒険小説の悪役はたいていこんな感じで登場する。そして最後は正義に打ち負かされるのだが、劇的な展開は起こりそうにない。これは現実だ、と章一郎は痛感した。


「堂上、貴様、こんなことが許されると思うなよ」


 柏原が叫んだ。章一郎がかつて見た覚えのない怒りに満ちた鋭い目付きだった。頭上の手品師は鼻で笑い、これ見よがしに葉巻を吸い始めた。ますます悪人めいて、籠の中の鳥を苛立たせるが、何処かぎごちなく、生来せいらいの小物臭は消えていない。曲芸団に居た時は、安い紙巻き煙草タバコを半々にして吸っていた男だ。  

  

「ひとつ聞いてもいいか。土蔵に居た割烹着の若者はどうした。なぜ一緒に連れて来なかったんだ」


 割烹着の若者とは別当べっとう青年を指す。小人楽団のリーダーが投げ掛けた疑問は、当然のものだった。彼は曲芸団の五人よりも前に幽閉され、長い期間、土蔵で暮らしていた。そして、いざ出荷となったら、そこに含まれなかったのだ。


「あの男は、まあ惜しいんだが、長い船旅に耐えられそうにないと、そんな結論だったかな」


 長い船旅とは何か。埠頭に運ばれた時点で、次の乗り物が船だと察していたが、章一郎は手品師の言葉に含みがあるように思えた。遠い樺太からふとや沖縄にしても、何週間と掛かるわけではない。柏原が執拗に行き先を問い詰めると、堂上は異国だと白状した。


「なんてこった」


 それまで沈黙していたたつみが声を張り上げた。出荷品は輸出品でもあったのだ。手品師の言葉が真実か否か。章一郎は白夜びゃくやがこの男を小間使いと呼んでいたのを思い出して疑うが、この場で嘘を吐く必要もない。


 目的地が近県ならば、トラックに積んで運べば良いだろう。遠方に渡る船便も手間と時間が掛かるが、取り分け国際航路の船は港で厳しい検査を受けるとも聞く。犯罪には不向きだ。副島は密航を企てているのか。


「貴様、適当なことを抜かすな。俺たちを外国に売りさばくなんて、そんな話し誰が信じるもんか」


 柏原は頭ごなしに否定した。解せない点が多いと言う。侏儒症しゅじゅしょうは珍しくもなく、大男も西洋にはごまんと居る。わざわざ危ない橋を渡って異国に売る動機が推し量れない。章一郎にとっては複雑で決して愉快ではない表現だったが、希少で値打ちのある畸型は狼男やシャムの双生児だと訴えた。別当青年が排除されて、福助や自分のような小人が選ばれたのは、奇妙この上ない…楽団のリーダーは、そう捲し立て、手品師を睨み付けた。


「福助は間違って連れて来たんだ。まあ、軽業かるわざが出来るなら、間違いでも悪くはないようだが」


 重大な犯罪に絡んでいなければ、笑い話しで済んだだろう。堂上によると、副島そえじまは小人楽団の坂田と福助を取り違えたという。お目当ては楽器が達者な小人で、珠代たまよも候補の一人だったが、歌劇団のバスに送り込む際、姿が見えなかった。そして坂田を指名したつもりだったが、人違いで福助になったという。


「そんなので、おいら外国に連れてかれるのかよ」


 一寸法師は絶句した。章一郎は運命の分かれ道となった旅館の風景を思い描く。珠代は副島を見て逃げ出した。坂田は選抜が行われた大広間に居たはずだが、指名から漏れた。福助はあの時、クラリネットを吹いて、はしゃいでいた。同じ侏儒で同じ坊主頭。単純な取り違えである。

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