『見破れなかった奇術師のトリック』
「共犯者であることは疑いようもない。首謀者という可能性も捨て切れないが、奴の小物臭は皆の衆ご
第一回偵察作戦の翌日は、堂上の話しで持ち切りだった。福助によると、館の裏手に灯りが漏れる部屋を見付けて覗き込むと、お馴染みの手品師が読書をしていたという。卓上に小さなランプがあって、その横顔が朧げに浮かび、肝を冷やしたと話す。
「最初の晩から、あの館の中に潜んでたってことだよな」
柏原は堂上を毛嫌い、
「あぶく銭目当てに章一郎と作造が出稼ぎに精を出してたことに文句は言わん。今となってはな。で、その出稼ぎの件と支配人野郎はどう関係してるのかね」
「あの糞手品師、大道芸でたんまり稼げるとか、調子の良いこと言ってたな」
作造は堂上から儲け話を吹き込まれ、手書きの地図まで書いて寄越したと明かす。海浜公園は人も
「章一郎は悪くないぞ。あの時さ、滅多に歌わない外国の曲を歌って、それで褒められたんだよね。もし軍歌だけだったら、どうしたのかな」
「さあ、どうだろ。どの道、強引に誘って来たかもな」
福助が肩を持ってくれるのは章一郎にとって有り難かった。しかし、弁護したいのは自分ではなく、例の美少女とも受け取れる。一寸法師が恋をした日だ。昨晩の偵察でも福助は一階の各部屋を背伸びして覗き回った疑いがある。実りはなかったようだが、その下心か好奇心が、館に堂上が潜んでいるという驚愕の事実を引き寄せた。大きな収穫である。
初対面以外にも手品師が絡んだ証拠が残されている。二回目に会った時、曲芸団の公演と片付けが終わって二人が旅館を出る時刻を副島は知っていて、駐車場で待ち構えていた。また
「その手品師さんが、下男に知恵入れしているのかも知れません」
「おいら、
怪力の巨人は指摘されて唸った。福助は作造が歌劇団に勧誘されたことを根に持っていたようだ。他愛もない嫉妬であるが、章一郎には図星に思えた。住み込んで、夜回りを担う。正に、あの番人の役割である。だとすれば、館は歌劇団の寮なのか。監視情報によると夜間の灯りも僅かで、大勢が生活しているようには見えないという。
「堂上が中に居るとなると厄介だな」
屋外に斧がないのなら、館に忍び込んで探すしかない。柏原は屋内に侵入して斧を奪う作戦を立案し、練っていた。番人を扉の前で引き付け、その隙に福助が館を探索するという計画だが、堂上に発見される恐れが出てきた。斧が館の中に確実にあると判ったわけでもなく、失敗した場合の代償が大き過ぎる。
「居るはずのない奴が居る。それで、棟梁たちはどこに消えたんだろう」
一番手に指名された棟梁こと道具方の塚本は、もう一台のバスに乗車したと見られる。漫才夫婦と一緒だ。章一郎ら土蔵組とは別に、三人は館の中に幽閉されているものと見込まれたが、どうやら違う。五人が監禁された後、敷地に車両が入ってくる音を耳にしたことは一度もなかった。
夜更け、福助は二度目の偵察を決行した。敷地全体を探索し、車両の有無も調べた。別のバスや黒塗りの車は影もなく、人質を収容できるような小屋もなかった。棟梁ら三人は何処へ連れて行かれたのか…
斧の代用品になる角材も鉄の棒も見当たらなかったが、収穫はあった。別当青年が目撃した通り、周囲には高い壁も柵もない。例え離れていたとしても、福助が派出所に駆け込み、事態を知らせることは可能だ。少なくとも、福助一人は無事に脱出できる。
偵察が終わってから暫く、恐らく未明の時間帯、急激に冷え込んだ。毛布に包まっても足先が凍て付く。真冬が帰って来たような寒い夜だった。
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