『剛腕の巨人と身軽な一寸法師は嘲笑った』

 繰り返し、章一郎は詫びた。騙されたとは言え、このような境遇に仲間を引き込んだのは自分で、すべての責任を一身に負う。副島そえじまという人物を信じ、よこしまな考えに取り憑かれていたことが、諸悪の根源だ。素直に忠告を受け入れ、疑ってみる必要があった…幽閉された直後から今朝に至るまで、狼男は自らの愚かしさについて、延々と反省の弁を述べ続けた。


「いくら謝られたところで、どうにかなるもんじゃない。懺悔する暇があるなら、ここから出る方法を考えろ」


 一喝したのは柏原だった。己を非難して土下座しても、腹は膨れず、気分は晴れず、何の足しにもならない。知恵を絞り、現状を打開する策を練るのが先決だと説く。作造も副島を信頼した共犯の一人だったが、恐縮する様子もなく、切羽詰まった事態に焦る素振りもない。


「あいつらバカだろ」


 巨人はそう言って高笑いする。両腕の力瘤を見せつけて、この手に掛かれば、外に出るのは造作もないとのたまう。別当青年によれば、日に二回、下男が飯を差し入れに来るという。正面の大扉を開け、丼や皿を置いて行く。その瞬間を狙って、男を引っ捕らえば良い。青年が下男と呼ぶ者は大柄ではあるが、力勝負なら作造に歯向かえる者など居ない。


 その男は、昨夜に大扉の前で待っていた人物だ。この牢の番人である。体格も良く、上背うわぜいもあったが、曲芸団が誇る巨人の敵ではない。章一郎が見たところ、作造のほうが頭ひとつ分以上も丈が高く、肩幅に至っては段違いだった。


「そんな簡単に始末できるもんかねえ」


 たつみが懸念した通りで、番人は対策を講じてきた。扉を開けることなく、飯を投げ入れたのだ。壁の高い位置に小さな窓がある。番人はそこを目掛けて握り飯の入った袋と二個の水筒を投げ、何回も失敗した後、内側に落ちて来た。兵隊が使うようなアルミ製の水筒は凹み、お結びは潰れていた。


「味噌汁はねえのか」


 柏原が大声を張り上げた。余りにも貧相な食事である。刑務所に居るみたいだ、と小人楽団のリーダーは嘆いたが、比喩ではなく、ここは牢獄以外の何ものでもない。別当青年によれば、昨日までは汁物や惣菜などごく普通の食事が運ばれて来たという。また三日に一度は丼物もあって、特に不満はなかったと話す。


「お前さんは抜け出そうとか、考えなかったのかい」


 長老が尋ねると、青年は首を振った。下男は獰猛な見た目で、格闘しても軽く捻られるだけだ。上手く切り抜けたとしても、直ぐに追い付かれて捕まる。それに自分には向かうあてもなく、見せ物小屋以外の暮らしを知らない…割烹着を纏った畸型の青年は、切ないことを言った。


「あいつらバカだろ」


 お結びを頬張りながら、福助がうそぶいた。食事が投げ入れられた天井近くの窓を指差す。枠は狭く、子供くらいしかくぐれそうにない。つまり、子供の大きさなら、そこから脱出可能だ。全員が窓を見上げて了解した。


 物知りの柏原は、不自然な箇所にある窓を見て、ここが土蔵であると推測した。確かに土間だけでほかに部屋もなく、天井もかなり高い。窓は湿気を逃す為に設けられていて、年に何回か開けて風を通す。大扉を正面とすると両脇に二つ窓がある。ひとつは閉まっているが、もう一方は開放されたままだ。


「泥棒避けの鉄格子が付いてたりもするが、幸いここのはない。高さも高さだ。まさか、あそこから抜け出せる奴が居るとは考えなかったんだろうよ」


 章一郎が見た感じでは、作造の背丈の倍以上ある。巨人の肩に自分が乗り、一寸法師がてっぺんに登っても恐らく届かない。しかし、この場に控えるのは、怪力の持ち主と軽業師だった。 


 布団類を取っ払い、木製のベッドを作造が持ち上げた。まるで空の木箱か何かであるかのように軽々と担ぐ。巨人が両腕を伸ばし、ベッドを斜めに傾けて立て掛けると、かなりの尺が稼げた。一寸法師が苦もなく登る。窓は頭よりも大きく、肩も抜けられそうだ。別当青年は、突然繰り広げられた曲芸に目を丸くし、開いた口が塞がらなかった。


「潜り抜けるのは簡単そうだけど、すげえ高いな」


 危険な高さだった。無理な姿勢で抜ければ、頭から落ちる。無事に着地できる確率は極めて低い。福助は二本乱杭にほんらんぐいの演目でも何度か着地に失敗し、足を捻挫している。


「少し策を練ったほうが良いな」 


 柏原が検討を促した。このまま墜落してしまっては意味がない。脱獄計画が筒抜けとなり、用心されてお終いだ。それよりも、一寸法師には現段階で別の重要な任務があった。 


「福坊、そこから何が見えるか、ちょっと教えてくれ」


「下は雑草だらけで、飛び移れるような木もない。それと、家があるぞ。そんなに遠くじゃない。二階建てのお屋敷。庭と窓に花が咲いている。何人か住んでるよね、絶対。叫んだら助けに来てくれるかも…って、やばい。誰か出て来た。こっちに歩いて来る」


 慌てて一寸法師が降りた。野郎だと言う。番人だ。間もなく、大扉の外から音がした。扉を開けるのではなく、細工をしているのか、叩き付けるような音が断続的に響く。


「おい、聞こえてんだろ。早く開けて俺たち出せ」


 作造が怒鳴った。そう言ったとして素直に開けてくれるはずもない。番人は外側で真逆の作業をしているに違いなかった。補強の板張りか、錠前の追加か。六人は聞き耳を立てたが、終始無言で、細工の種類も分からない。


「無事に着地できたとして、その後どうするかだ」


 番人が去ったのを確認し、六人は謀議を再開した。抜け出た福助が近隣の民家に駆け込み、助けを求める。手っ取り早い策だが、見も知らぬ小男の言葉を信じて親身に対応してくれるとは思えない。


 柏原は、この辺りは別荘地で住民は少ないと推測する。避暑地であれば季節柄、無人の家が多く、最寄りの町を探すしかないと言う。確かに章一郎が道中で見た景観は、そんな感じだった。たぶん近くには派出所もない。


「こっそり館に忍び込んで、鍵を奪う」


 章一郎が提案した。大扉を固く閉ざすのは南京錠で、合鍵は番人が持っている。下働きの者は半屋外のような汚い部屋に寝ていて、侵入は容易い。狼男は冒険小説で読んだ大雑把な知識を根拠に話してはみたものの、福助に怪盗の真似事が出来るとも思えない。


「悪くない選択肢だ」


 意外にも楽団のリーダーは支持した。だが、深夜の真っ暗な部屋で合鍵を発見することは難しい。手探りで、しかも物音を立てたら失敗だ。謀議は堂々巡りして結論が出ない。


 六人が頭を抱える中、二度目の飯が投げ入れられた。 

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