『鬼木戸を潜って青年ここに到る』

 朝になっても迎えの車は来なかった。来るはずもない。罠に嵌められたのか、否か。また監禁の目的は何か…曲芸団の五人が議論する必要はなかった。そこに居た先住者は、およそ全ての解答を持っていた。

 

「自分が連れて来られたのは、そうです、ひと月くらい前のことです」


 青年は、きつい訛りで朴訥ぼくとつと話した。名は別当べっとうと言い、歳は成人になる少し前だが、正確なところは知らないと語る。取り分け年齢の近い章一郎や福助、作造の三人は、彼の不幸な身の上に強い衝撃を受けた。


 見た目は田舎の若者といった風采で、平凡だった。だが、彼は腹に自分の兄弟の一部を宿していた。膨れ上がった上腹部から二本の、足とも手ともつかない肉の棒が突き出ている。


 寄生性双生児、いわゆるシャムの双生児。兄か弟か、姉か妹か。未発達の双生児が一方に寄生する極めて稀な畸型だった。寄生される側は臓器を圧迫され、大半が短命に終わるが、別当と名乗るこの青年は奇跡的に生き永らえ、成長を遂げた。


「勝手にもがいたりとかせんのか」


 肉の棒は、骨があっても筋肉はなく、痩せこけ、だらんと垂れ下がっているばかりだった。最初に寄生体を見たのは巽だった。別当青年は割烹着を纏っていて、胸から下はいびつに膨れているが、一見して畸型の者と判らない。

 

 彼の服をまくり上げた巽は、興味深そうに眺めるだけで、驚かなかった。ほかの四人も同様で、悲鳴を上げたり、気味悪がったりしない。逆に、青年は誰も目を背けないことに驚いたようだ。長老は涼しい顔で言った。

 

「まあ、わしら曲芸団の畸型だしな」


 それが解答だった。巨人と侏儒しゅじゅ傴僂男せむしおとこに狼男。選抜された五人は、いずれも異類異形の者だった。畸型を集めてどうするのか。副島の狙いは明白だ。待ち構える運命も、別当青年が勾引かどわかされた経緯から透けて見える。


「突然やって来て、金で買われました」


 寒村に生まれた彼は幼い頃、身売りされた。非道な人身売買の犠牲者だ。初めは東北地方の見せ物小屋だった。そこにも悪い奴が来て、買い上げられ、別の小屋に売り飛ばされる。四度目に現れたのが、変ちくりんな語尾が耳に障る背広姿の紳士だったという。副島そえじまである。 


「実に哀れな身上話だが、今時分いまじぶんの見せ物小屋に、君のようなが居るとは思えない」


 柏原が疑問を投げ掛ける。畸型の見せ物小屋が流行ったのは江戸時代の末期で、ご維新の後からは禁忌扱いとなり、特に帝都では厳しく取り締られた。いやしい興行主は規制の緩い地方に活路を求めたが、それも尻窄しりすぼみで、不具者ばかりを集めた小屋は絶滅したと言われて久しい。


「僕も今の見せ物小屋は、殆どまがい物だって聞いてる」


 章一郎は前に耳にした逸話を思い出した。春子が蛭娘ひるむすめと命名された背景だ。蛭よりも蛇のほうが相応しく、親しみやすいが、蛇娘という仇名あだなは見せ物小屋の定番で手垢塗れだと教わった。小屋に陳列される蛇娘も生きた人魚も、下半身は張り子作りの偽物だという。


「違います。見せ物小屋には普通は見ることの出来ない裏があります」


 別当青年は胸を抑え、呼吸を整えて淡々と語った。五人の誰もが聞いたことのない話しだった。見せ物小屋には奥にもうひとつの入り口が設けられていて、そこで別に見物料を払うのだという。サーカスの中木戸や鬼木戸おにきど *とも異なり、客は奥で見たものを口外しないよう強く念押しされる。


「二つの顔を持つ男も居ました。額が突き出た、もの凄く腫れ上がった顔で、少し離れたところから眺めると、顔が二つ重なっているように見えます。生まれつきだと話していました」


 知られざる世界だった。更に青年は小頭症しょうとうしょうの女や両脚が反り返った男など自分が出会った畸型を紹介した。その中でも、知能が遅れた者は多少なりとも幸せに見えたと語る。曲芸団の五人が納得出来る話しだった。


 これから運ばれる先は見せ物小屋で間違いない…章一郎は、狭く薄暗い部屋に閉じ込められた自分を想像した。足枷あしかせを嵌められ、家畜のように扱われ、恐らく一生抜け出すことが叶わない。


<注釈>

*鬼木戸=一部のサーカス団が設けていた二つ目の木戸、真の入場口。木戸銭を払って通される桟敷席からは舞台が見えない。観覧可能な席に行くには別料金を払う必要があった。明治以来の悪習。

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