『わたしの畸型の子ら、と曲芸団の長は言った』

 舞台で座員が働いている間、太夫元たゆうもと*の深川は離れの小屋で独り考えに耽ることが多かった。舞台の進行を指図することも、演じられる曲芸を客席奥から睨む真似もせず、気弱な太夫元は天幕の喧騒から逃れるように小屋の中でじっとしているのだった。しかし、二日目の興行が催されている今宵、深川の小屋に珍しく来客があった。訪問者はこの田舎町のおさであるという。


「今朝、身内の者から聞かされて曲芸団の興行があるということを知ったのですよ。もう少し早く参って挨拶をせねばと思っていたのですが、野暮用がありましてね。来てみたら、盛況で中に入れないではありませんか。うちみたいに辺鄙へんぴな町には、さして娯楽と言えるものがありませんでな。町の者が喜ぶのも充分に分かります。ここでは小さな曲芸団も大サーカス団に匹敵しますからね」


 恰幅がよく磊落らいらくとした町長は、貧相な深川太夫元に対し、曲芸団来町の喜びを伝えた。


「大サーカス団のように定期的に都市を巡回したり、後援団体を持っているわけではございませんので、どこぞの誰かに興行を依頼されることもなく、まあ昔は大きな神社の有名なお祭りに名を連ねていたこともありましたが、今では外見も中身も変わりました。不法に空き地や公園の一角を利用してテントを設けては細々と興行し、追い払われるか、また、問題にならぬうちに逃げてゆくか…いずれにしましても公にならぬよう努めているのです。あたなのように歓迎して下さる方なんて、滅多にございません。ありがたいことです」


 深川は丁重に感謝の意を表した。実際、深川曲芸団はテントを置く町や村で、住民の感激ぶりと反比例するかのように、地元の有力者や教育関係者から毛嫌いされ、疎まれた。その点、この町長の態度は稀であった。


「けれども全く宣伝をしないというのは少々変ですな。そこまで資金が乏しいわけでもないでしょうに。事前に曲芸の内容が判れば、初日から客の入りも多かったろうと思いますがね」


 町長のいさめるかのような口調に、深川の顔色が濁った。


「あなたは公演の番組を一切ご存じないと…」


「ええ、失礼ながらそうです」


 小太りの町長は怪訝な面持ちで太夫元をうかがった。そよ風にさえ震える粗末な造りの小屋は、全体が歪み、軋む音を内外に響かせている。小屋の傍らにある楽屋からは男女の下品な高笑いが届く。太夫元は膝の上で拳を握り、目を見張った。


「わたしの畸型の子らを未だご覧になっていないのですか」


 深川の口から飛び出した言葉は、砕けた水晶のような怪しい光を宿していた。



<注釈>

*太夫元=座長、団長。興行の主宰者。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る