第一章

『ブリキの太鼓が鳴って異形の者は現れた』

 一等最初のし物は手品だった。奇術師・堂上どうがみの繰り出す手品は、さして風変わりな趣きのない古臭いもので、最後に燕尾服の懐ろから白い鳩を産み出して華々しく芸を終えても、観客は喜ぶ素振りもせず、不満を露わにして罵声を浴びせた。客たちが奮ってこのテントを訪れ、待っていたのは子供染みた手品の類いではなかったのだ。


 堂上が悄然と舞台の袖に下がると、代わって進行役を務める女性、深川曲芸団が誇る美女・耶絵子やえこが登場した。


「次なる演し物は小人楽団の演奏と、愛すべき侏儒しゅじゅによる二本乱杭にほんらんぐいの芸でございます」


 客席は刹那にして沸き上がった。立ち見の客は一歩でも前に出ようとひしめき、昨夜の興行を見て二本乱杭の芸を既に知る者は激しく手を打ち鳴らして歓声を上げた。寒気を外に追いやって、天幕の中には異様な熱気が充満した。


 小さなベッドと長さ三メートル余りの杭を抱えた男、楽器を手にした小人が現れた。純白の布に覆われたベッドには、あたかも手術台のような緊張と不安が敷き詰められていた。


 足芸を得意とする中背の男が手術台に仰臥ぎょうがすると、後見役こうけんやくが、その足の裏に二本の長さの異なる杭を突き立てた。杭の先端には小さな板が装着されている。準備が進む間、観客の視線は舞台上で俊敏に動き回る三人の侏儒たちに向けられていた。


 ブリキの太鼓を首から下げた小男、紺色のアコーディオンを携えた坊主頭の小男、縦笛を口に咥えた小女。三人がベッドの横で演奏の準備を整えている。足芸人はバランスをはかりつつ、安定を確認すると掛け声を発した。


 その声を待ち構えていたかのように新たな侏儒が勢いよく舞台中央に馳せ参じた。二十歳前後の凛々しい風貌であるが、身の丈は一メートルに漸く達するばかりの可愛らしい小男だ。彼の名は福助といい、みんなから福坊、一寸法師と呼ばれ親しまれる一座の人気者だった。


 福助は客に対してその小さな頭を上げて愛嬌を振り撒くと二本の杭の一方に飛び付き、木の実を取る猿のように素早く杭をよじ登り、一瞬にして先端に到達、姿勢を整えて見せた。観客はその早技に驚き、しばし拍手する機会を逸してしまったかのように沈黙し、一寸法師が杭の上で両手を広げ、賞賛を乞うまで喝采を忘れていた。そして客の反応が鎮まると同時に小人楽団の演奏が始まった。


 ブリキの弾ける鋭い金属音が、夕陽の漏れ入る会場内にこだました。福助の動作に呼応し、縦笛の澄んだ音が朗々と響く。一寸法師は杭の上で片足立ちをしたり、倒立したりと次々に芸を披露し、そのさまは出初式の剽悍ひょうかんな火消しの雄姿にも勝るほどであった。ベッドの高さと合わせ、福助は床の上、四メートルの高みに居た。彼の背丈からすれば、充分に危険な高さで、快活な芸の内のに生命の危うさが潜んでいることを客たちは感じとっていたことだろう。 


 客の歓声を誘うべく、福坊は幾度か杭から落ちかける演技をして見せた。その度に女性客は悲鳴に近い叫び声を発し、最前列の客は両手で頭をかばうのだった。それら一連の舞台と客席のおどけた様子は後部席や立ち席にとっては滑稽であったのか、哄笑と叫喚が天幕内に入り混じり、熱狂は次第に膨れ上がっていった。


 白熱する二本乱杭の芸が頂点に達したかと思われた時、不意に演奏が止んだ。しばしの静謐の中で福坊は杭の先端で雀躍こおどりしながら小旗を振って最後の拍手を頂戴すると、登った時と逆の順序で下に降り、再び頭を深く垂れて舞台裏へと消えて行った。惜しみない喝采が会場を包み、小人楽団の演奏が響き渡る中、足芸の男も杭を外して舞台裏に去り、二番目の演し物は終了となった。 

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