曲藝團の畸型

蝶番祭(てふつがひ・まつり)

プロローグ

 二月の澱んだ曇り空の下で南の芳しい香を運ぶ風は行き場を失い、こうべを垂れていていた。陰鬱な灰色の毛皮に包まれた家々は固く門を閉ざし、いつか訪れるであろう春の陽光を待っていた。


 愉しみをとうに忘れ、日々生き抜く為のかてを得んと仕事に精を出している望みの薄き人々。彼らの眠る片田舎の町に、二台の中古トラックが到着し、その乗員は寂れた町の片隅で慣れた作業を開始した。


 鶏鳴けいめいが朝靄を穿うがち、高峰の縁から注がれる光が人々の渇いた夢に微かな色彩を与えた。瓦礫の城を踏み荒らす飢えた野良犬のほか、彼らの仕事を見守る者はいなかった。幾度も塗装が重ねられ、醜い起伏が生じたトラックの側面には「深川曲藝團」という文字が不似合いに添えられている。


太夫元たゆうもとはどこに行ったんだい」


「親父さんなら俺らの飯を調達しに行っているはずだ」


 墨絵のように朧げな景色の中で、恰幅のよい若者と小男の会話が早朝の静けさに彩りを付け、風に滲んだ。


「随分と小さな町だね」


「生まれた町に似ているわ。寒々としたこんな町が、わたしの好みよ」


 木材を担いだ男と用具箱に腰掛けた女が囁きあった。 


 小屋を建てる者、地面に柱を打ち立てる者、床板を運ぶ者、幌を張る者。白い息を吐く男達が餌を捕らえた蟻のように黙々と働き、日が西に傾く頃には曲芸団の天幕テントが形を成していた。


 翌日の夕方、早くも当地に於ける深川曲芸団の第一回目の興行が前宣伝もなく突如催された。客の入りは芳しくなく、僅か三十人程度の客を前にしての興行だった。しかし、半ば冷やかしのつもりで天幕に足を運んだ者たちの感激ぶりは比類なきものがあった。客が胸を躍らせて歓喜した興行の内容は決して公の場で話されるものではなかった為、如何わしい噂として町中を半日で伝播でんぱし、殊更ことさらに人々の好奇心をたぎらせた。

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