12月25日 同時刻

 とある住宅街を、1台のパトカーがサイレンを鳴らさずに走っている。まるで、誰かに気づかれないように警戒しているようだ。


 そして、それは古いアパートの前で停車する。


 中から、2人の警察が降りてきた。1人は20代後半、もう1人は50代前半のように見える。中年の警察官は封筒を片手に持っている。


「あれ?ここって……」


 若い方の警察官が、なにか思い出したように中年の警察官に話しかける。


「はぁ、やっぱりビンゴか」


「え、どういうことです部長」


「ほら、昨日ここで通報あったろ。その時に俺らが行った部屋にいた大学生が騒がしいとかで」


「まぁ、そうですね。僕もそれを今思い出したんですけど」


「ドア開けた時に、なんか青臭かったんだよ。部屋の中がな。まぁ、確証は持てなかったから詳しくは踏み込まなかったけど」


「青臭いって……まさか」


「そのまさかだよ」


 封筒からピラリと1枚の紙を取り出す。強制家宅捜索の令状だった。


「とにかく、行くぞ」


 部長、と呼ばれるその男は令状を片手に、スタスタとアパートの方に歩いていく。その後ろを若い警官が足早について行った。


 錆び付いた金属製の階段を上り、目的の部屋の前に着いた。


 ドンドンドン、と強めにドアを叩く。


「警察だ。お前の家の強制家宅捜索の令状が出た。大人しく出てこい」


 だが、誰も出てくる気配はない。だんまりする気だろうか。


「おい、聞こえてたら出てこい」


 ドンドンドンドン!


 先程よりも強めにドアを叩く。だが、やはり応じる気配はない。


「ベランダから逃げるつもりかもしれない。裏手に回って、待機してろ」


「は、はいっ」


 若い警官は返事をすると、小走りで階段を降りていった。


「はぁ……走るの歳だからきついんだよ。頼むから、逃げないでくれよ」


 小声でそう毒づいてから、再びドアを叩こうとしたその時。ガチャり、と隣の部屋から年配のおばあさんが出てきた。


「どうしたんですか、朝から早く。迷くんが、なにかしたんですか?」


「ああ、はい。実は先日、ここら辺に隠れていた大麻の売人が逮捕されまして。その売人から大麻を購入した人物に令状が出たんですよ。その中に彼も含まれている、という感じです」


「まあ……そうなんですか。彼が……」


 信じられないとでも言ったふうに、おばあさんが目を見開く。


「そういえば、昨日も来てましたよね?その時はどうしたんです?」


「その時は、普通に騒音注意ですね。近所の人がうるさいとかで通報してきまして。まぁ聞いた話によると、彼女と電話してて軽く揉めてしまったんだと」


 警察官はやれやれといったふうに、軽く肩をすくめる。


「………」


 警察官の言葉を聞いた途端、おばあさんの表情が、ポカンとしたものになる。


 おばあさんが突然何も言わなくなってしまったので、警察官は「え、どうしました?」と尋ねた。


「彼女さんと、話してた?」


「? ええ、本人がそう言ってましたけど」


 おばあさんは、はて、といった様子で首をかしげた。


「いえ、えっと。それは……ないと思いますよ?」


 突然の否定に、今度は警察官が驚く番だった。


「どうしてです?」


「いえ、だって。迷さんの彼女は12月に入ってすぐ……」




「亡くなって、いるんですよ?」


 


 冷たい冬風が、2人のあいだをヒュウと吹き抜ける。カラスの不気味な鳴き声がただ、辺りに響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほろ苦チョコと甘い幻想 香屋ユウリ @Kaya_yuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ