第2話
「はー、だるいだるい。さっさと終わらせようか」
夜中、周囲が寝静まった時間に俺はベッドから起き上がる。
そして窓を開けて、そこから城の外に飛び出した。
貧乏とは言え腐っても王家。
最低限の警備はいるので、敷地を歩いて抜けるのは面倒だ。
なので魔法を使って空を飛んでいく。
――この世界には魔法がある。
とは言え、それは誰でも使える力ではない。
扱えるのは才能持ちのみで、千人に一人いるかいないかと言うレベルだ。
更に習得自体が困難であるため、素質があっても進んで魔法を習得しようとする一般人は少ない。
一般人は、長々と魔法習得に時間をかける余裕はないからな。
ま、それはあくまでもうちの国の話だが。
裕福な他所の国なら話は変わって来るだろう。
生活が苦しいから学んでいる時間がなく。
学ばないから生活が良くならない。
いわゆる貧国の負のスパイラル……
とはちょっと違う気もするが、まあ何にせよ、うちの国で魔法を使える者は極端に少ない。
「さて」
マッツーが取れる山まで魔法で飛んできた俺は、広範囲の探索魔法で山全体を確認する。
「侵入してるのは10人程か……けどこれは……」
俺の魔法サーチは、侵入者たちの特徴もハッキリと確認できる特別仕様だ。
そしてサーチは、侵入者たちが全員10歳前後の子供だと告げている。
「子供が山賊……か」
子供達は全員貧相な身体つきをしており、ボロボロの格好だ。
マッツーを横流しして、贅沢をしているという雰囲気はない。
「取り敢えず、とっ捕まえて事情を聴くとするか」
俺は魔法で仮面を生み出し、それを顔に被る。
顔を見られて王子であるとバレない様にするために。
まあ基本寝たきりだから知られてはいないんだけど、念のためな。
「わっ!?」
「きゃあ!?」
子供達を捕らえるのは簡単だった。
投網上に対象を捕らえる捕獲用の魔法があるので、それを使って全員捕まえて一か所に集める。
「う、ぅぅ……」
「ひっく……」
「怖いよぉ……」
急に現れて自分達を捕らえた俺を恐れ、子供達がむせび泣く。
犯罪の取り締まりなんだが、相手が子供で、しかも泣かれると罪悪感が半端ないから困る。
「安心しろ。乱暴な真似はしない。ただ話を聞かせて貰いたいだけなんだ」
山賊は子供達だった訳だが、彼らが自発的にそうしたとは思えない。
間違いなく裏で手を引いた物がいる筈だ。
それを聞き出そうと、俺は優しく声をかけた。
因みに、子供達は魔力で出来たロープで縛って動けない様にしてある。
「君達がなぜこんな真似をしたか、聞かせてくれないか?」
理由はまあ、聞くまでもなく貧しさからだというのは分かっている。
だが、こういう時は順次話を聞いて行くのがセオリーで話を引き出しやすい。
と、俺は勝手に思っている。
実際はどうか知らない。
「本当に……酷い真似はしませんか?」
俺の問いに口を開いたのは13、4歳ぐらいの少女だ。
恐らくこの中だと、一番年長だろうと思われる。
「ああ、約束する。だから教えて欲しい」
「わかりました。私達は……」
少女が自分達の置かれた状況を口にする。
それを聞いて、俺は小さく溜息を吐いた。
……この国が貧しい事は分かっていたけど、俺の想像よりずっとか。
此処にいるのは、親が仕事で怪我をして動けなくなった子達だ。
親が働けなければ稼ぎはなくなる。
当然、そうなれば家族そろって死を待つだけになってしまう。
――この世界の社会保障はあってない様な物だ。
一応、引き取り先のない子供なんかを受け入れる養護施設があるにはあるが、それは保護者がいない事が大前提になる。
つまり、働けず稼ぎがなくとも、親がいたらそこには入れないと言う事だ。
そのため、この子達は国の庇護を受ける事も出来ず。
自分の身を、そして死に瀕している親を守るためにマッツー泥棒をせざる得なかった訳だ。
親がいたら引き取れないとか、システム的欠落も良い所だ。
いや、仮に子供を引き取ってくれてもその親は結局死ぬ事になる。
そう考えると、それは抜本的な問題と言えるだろう。
王家は何やってんだ仕事しろ!
と言いたい所だが、俺以外の王族の暮らしも相当質素な物だ。
その事からも分る通り、決して無駄遣いなどはしていない。
つまり、単純にリソースが足りていないのだ。
だから万全には程遠い歪な物——受け入れ数を減らすため親がいる場合はダメと言った感じの――にならざる得ないのだろう。
この国は、俺の想像より遥かに貧しかった訳か……
「そうか……大変だったな」
「あの……見逃して貰えませんか?私達が捕まったら家族は……だから……」
少女が目に一杯の涙をためて懇願して来る。
もちろん、彼女達に何かをするつもりはない。
とは言えこのまま開放しても、また困窮するだけだ。
何か解決策を用意する必要がるだろう。
そして俺なら。
そう、神様からチートを貰った俺ならば。
それを何とかしてやる事は出来る。
流石に放っておけんわな……
「いいよ」
「ほ、本当ですか!?」
「けど、それは君達をそそのかした人間の事を話してくれたら……だけどね」
貧しさから犯罪に手を出した事は間違いない。
だがこの山賊(山の幸の賊)という行為は、子供達だけでは成立しえない物だ。
……貧しいこのセイレン国内で売ろうとしても、絶対に売れないからな。
マッツーは国の管理下である事は皆知ってるし、そもそも貧乏人にはとても高くて手が出せない。
つまり、確実に裏で手を引ている者がいると言う事だ。
「それは……」
俺の問いに、少女は言葉を濁す。
彼女達の生存にはマッツーの窃盗が必要不可欠だ。
だが引き取り手を押さえられたら、それはもう成立しなくなる。
だから躊躇うのだろう。
いや開放して貰った後もまだ盗みを続ける気かよって言いたい所だが、家族や自分の命がかかっているのだから止める訳にもいかないのだ。
「生活の事なら安心してくれ。俺に出来る限りの事はする」
「……」
少女から返事はない。
まあ初対面の人間にそんな事を言われて、素直に信じろと言う方があれではあるが。
「もし話さないというんなら、俺は君達を国に突き出さなければならなくなる。そうなったら、それこそ家族を救えなくなるよ」
あんまり気のりはしないが、仕方なしに脅しを入れる。
黙っている事に意味がないなら、彼女達も俺の言葉に望みをかけて口を開いてくれるだろうと考え。
「本当に……私達を助けてくれますか?」
「約束するよ」
「分かり……ました」
少女が観念し、自分達に話を持ち掛けた相手の事を話しだす。
「なるほど」
予想はしていたが、やはり相手は国と国を行き来する行商人だった。
まあそ国内じゃ捌けないから当たり前だよな。
ああ。
言うまでもないが、そいつは善意から困窮している家族を救うなんて人道的な目的で動いてはいない。
その証拠に、買取は相場の10分の1——超格安でマッツーを買い取っている。
大人じゃなく子供を利用したその理由は……よく分からん。
万一見つかっても、不幸な子供なら役人からお目こぼしして貰えるだろうとか。
大人と違って、家族を養うために他に選択肢がないから裏切らないだろうとか。
まあそんな当たりだろう。
「わかった。君達を開放する。それと――」
子供達の拘束を解き、回収したマッツーに追跡用のマーキング魔法——見えないため魔法が使えないと気づけない――をかけて彼女達に返した。
そして同じ魔法を子供達にもかけておく。
「え?」
子供達が驚く。
自分達の解放所か、盗んだマッツーまで返された訳だからな。
この子達からしたら意味不明も良い所だろう。
「それをそいつに、俺の事を話さず売って来てくれ」
「いいんですか?」
「ああ。けど……これが最後だ。次からは見逃さないよ。まあ……ちゃんと君達が生活できる様に手配するから、そもそも続ける必要自体無くなるけどね」
「「「あ、ありがとうございます」」」
解放した子供達が、お互いに顔を見合わせてから一斉に俺に頭を下げた。
「じゃあまたな」
子供達にそう告げ、俺は素早く山から降りた。
さ、帰って寝るとしよう。
ゲームの続きだ。
★☆★☆★☆★☆★
セイレン国は大陸最西端に位置し、西側は海。
そして北南東は、峻厳な山脈に阻まれた少々孤立気味の場所にある国だ。
海流の影響で、海路だと他国へは相当大回りになるため、通商路は東部にある山脈の裂け目の細い道だけとなっている。
余り往来のない場所だが、その通商路には今東に進む一団があった。
馬車が三台と、馬に乗った護衛達。
セイレン国からの帰りの交易商だろう。
彼らは日暮れに合わせて野営の準備を始める。
「今回は少な目だな。まったく、使えん奴らだ」
「まあしょうがありやせん。所詮ガキのやる事ですから」
太った一団のトップが忌々し気に吐き捨てる。
貧国であるセイレン国への交易は、それほど利益の出る物では無かった。
それでもこの男がそのケチな商売を続けているのは、他に割り込む美味しい販路がないためだ。
その不満から、彼は不正に手を出した。
それは子供達を使っての、マッツーの密輸だ。
対象に困窮している子供を選んだのは、例え捕まってもしらを切りやすいからだ。
自分は困窮した子供達の為にキノコを買ってやっただけ、それがまさか国が管理してる物だとは思わなかった。
と。
確かに衛兵が相手なら、それに加えて賄賂でも握らせれば切り抜けられたかもしれない。
だが今回は見つかる相手が悪かった。
一団が食事を終え、寝静まった頃。
一つの影が、頭上から彼らの上に静かに落ちる。
その顔には仮面が付けられていた。
★☆★☆★
俺はマッツーに付けた反応から、空を飛んで元締めの元へと向かう。
「さて、と」
時間帯は深夜。
彼らの野営は最低限の見張りだけを立てて、全員ぐっすりお休み中である。
「さて、それじゃお縄を頂戴するとしようか」
まずは見張りに、子供達に使った網状の捕縛の魔法をかける。
「うわっ!?なん――もがっ!?」
「うおっ!?——ふがっ」
「襲撃——ぐぅ……」
その際、網の一部で口も塞いでおく。
騒がれてもやかましいからな。
テントの中で寝ている奴らも随時拘束して行き、俺は捕らえた相手を引きずる形で火元に集めた。
護衛を含めて総勢10人。
一応探索魔法で周囲を調べて確認するが、特に離れた場所に人の反応はない。
「ちょっと少ない気もするけど……馬車三台の小さな商いなら人数はこんなもんか」
取り敢えず、リーダーっぽい奴——太ってて一番身なりのいい奴の
「な、何が目的だ!」
「マッツーだ。密輸してるんだろ?」
「わ、私はそんな事はしていない!誤解――ぐわっ!?」
取り敢えず右でグーパンする。
右頬をぶたれたら左頬とか言う言葉がなんとなく思い浮かんだので、なんとなく左手でもグーパンしておいた。
「マッツーは追跡済みだ。子供達からもお前が犯人だって聞いてる」
「ご、誤解だ……私は困窮している子供を助ける為、彼らの取って来るキノコをだな」
「なるほど。良い言い訳だな。セイレン国は貧しいから、賄賂でも渡しとけば初回は見逃せて貰えそうだ」
実際、それで誤魔化せる可能性は高い。
この国はくっそ貧しいからな。
兵士達が流されてしまっても責められないという物。
「言い訳じゃ――ぶげっ!?」
もう一発殴っておく。
「そう言うのは別にいいから」
さて、こいつらだが……
国に突き出すと言う選択肢はない。
それをすると、マッツーを取って来た子供達も罰を受けさせられかねないからだ。
子供達を助けるって約束してるし、それに利用するか。
「ひぃぃぃぃ……」
俺は召喚魔法で悪魔を呼び出す。
その凶悪な姿を目にして、トップの男が情けない声を上げる。
「私に御用ですかな?」
「ああ、悪魔の契約をするから仲立ちを頼む」
これからする事は、悪魔の契約と呼ばれる物だ。
まあ悪魔の契約と言うと、魂を取って行く様な大げさな物に聞こえるだろうが、これはちょっとした誓約を相手に求める契約でしかない。
「契約内容は如何で?」
「ああ、内容は――」
一つ、子供達を悪事に利用しない。
一つ、子供達に危害を加えない。
一つ、マッツーの密輸は二度としない。
こんな物は、そもそも契約しなくても当たり前の事だがな。
一つ、今日会った事は誰にも喋らない。
一つ、これまで通りセイレン国への交易を続ける事。
一つ、商売で得た最終的な利益の半分を、セイレン国の子供達の為に使う事。
これは子供達への還元だ。
「これを全員に……ああ、いや待てよ。俺には嘘を吐かないってのを追加して、こいつと契約するわ」
よくよく考えると、護衛辺りは密輸と関係ない可能性がある。
純粋な仕事としてやってるだけなら、後半二つはちょっと理不尽だ。
だから嘘を吐けない様にしてから確認させて貰う。
「よし、じゃあ契約するぞ。断ったら、この悪魔がお前を殺しちまうからな」
「は、はいぃぃぃ……」
よほど悪魔が怖かったのか。
それとも俺の殺すと言う脅しが効いたのか、商人はあっさり契約を承諾する。
まあ渋られても面倒くさいので、サクサク進行するのは良い事だ。
俺も早く帰ってゲームの続きをしたいしな。
「では、契約を――」
商人の前に黒い魔法陣が現れる。
そして俺が提示した条件を、悪魔が一つづつ読み上げていく。
後は男が誓いうと口にすれば契約完了だ。
「——契約に問題がないなら、誓うと宣言せよ」
「いや、あの……」
「しないなら殺す」
答えるのを渋ったので、脅しを入れる。
まあコイツのやった事は死罪に値する程ではないので、本当に殺したりはしないが、悪魔呼び出す様な奴に殺すと言われたら応じざる得ないだろう。
「わ、分かりました!誓います!誓いますから助けてください!」
「では、契約成立だ」
これでもうこの商人は俺に嘘を吐けない。
「じゃあ聞くが、今回の密輸を知ってて手伝った奴は誰だ」
「それは――」
商人の部下4人。
それに、護衛団のリーダーは承知してた、と。
「じゃあその5人はこいつと同じ契約で頼む。それ以外の奴は最期の二つ以外で頼む」
「心得た」
という訳で、一人一人轡を解いて契約していく。
悪魔がいる上に、縛られて命を握られている様な状況だ。
皆素直なもんである。
「よし、じゃあ今回出る予定の利益の半分を寄越せ。子供達に渡すから」
「は、はい」
「結構設けてるじゃないか」
手渡された額は、結構な物だった。
こいつの交易は年3回。
4か月に一度のスパンな訳だが、これだけあればあの子供達が4か月やっていくには十分だろう。
「じゃあな。これからは真面目に生きろよ」
俺は受け取った金を持って、そのまま城へと帰還する。
契約があるので、奴らの事は心配いらないからな。
金は後日、何らかの形で子供達に手渡すとしよう。
とにかく今日はかえってゲームだ。
★☆★☆★
「王子様!おはようございます!!」
相変わらずハイテンションのミティに叩き起こされ、俺は洗顔と朝食を済ませる。
今日も今日とて、パテー料理だ。
「さて……」
食事を終え、もうひと眠りしてゲームを……と行きたい所だったが、今の俺には考えないといけない事があった。
この国の事だ。
今までは貧しいながらも寝て過ごせていればそれでいいと考えていたのだが、この国が思っていた以上に貧しい事を、俺は一昨日の一件で痛感させられている。
あの子供達に関しては、あの商人が施しをするからもう心配はないだろう。
だが、極貧に喘いでいるのはあの子達だけではない。
俺が知らないだけで、同じような境遇の人間が結構な数存在する筈だ。
ゲームばかりのダメ人間ではあるが、知ってしまった以上、そしてそれを可能にする力がある以上、見て見ぬふりは出来ない。
そんな事したら絶対後味悪いし、そんな状態じゃ楽しくゲームできないって物だ。
だから国を立て直す!
まあちょこっとだけだが。
「貧しさからの脱却……か。取り敢えず思いつくのは、何らかの外貨獲得方法を得る方法だけど」
マッツーの様な特産品が望ましいが、この国に輸出で他に金になる様な物はない。
基本魚しか取れないからな。
そして魚なんかの生ものは輸出に向かない。
因みに、鉱物資源なんかは絶望的だ。
以前外から招いた高名な魔法使いに、高い金を出して山脈に有用な鉱脈がないか確認して貰った事があったのだが……その結果はお察しである。
まあそんな物があったなら、ゴールドラッシュ宜しく今頃掘りまくっているって話だ。
「次に思いつくのは農作物だな」
この国は平地が少なく、あっても荒れ地が大半だ。
そのため農業には適さず、魚を取るだけの状況になってしまっている。
それを改善するだけでも大分違ってくるはずだ。
「要は土地だよな。それなら魔法で土壌を改良すればどうにでもなるけど……問題は」
その変化をどうやって国に周知させるか、だ。
土壌の改善なんて、何もないのに急に発生する訳ないからな。
単に改良しただけじゃ、誰も気づかないだろう。
「口で言う訳にもいかないしな……」
面倒臭い事になるのは目に見えているので、俺の能力がバレかねない行動は避けたい所だ。
まあそもそも、寝たきりの王子が急にそんな事を良い出しても信じないだろうしな。
鼻で笑われて終わりである。
「気づかせるには……そうだなぁ、魔法でなんか派手な奇跡っぽい演出をして改良した場所に注目させるのがいいか」
まずは土壌を改良し、無駄にド派手に光る魔法でそこを目立たせる。
そうすれば調査が入って、農作に適した土壌に生まれ変わっている事に気付くはずだ。
いや、本当に気付くか?
そもそも送られるのは兵士だろうから、調査はあっても、地面の状態に気づかない可能性は高いと言える。
そう考えると余りにも不確実だ。
ここはもっと直接的な手を使った方がいいな。
「魔法でお告げでも下すか」
神を装って、どこどこの土地を農業に適した地に変えました的なお告げを王家に出しとけば、光の演出もあるし、確実に調査が入るはず。
うん、そうしよう。
「さて、告知方法は決まったし……寝るか」
案が決まった所で、俺は布団に入る。
決行は夜だからな、それまでゲームでもして時間を潰すとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
真夜中。
「この辺りでいいだろう」
目星をつけたのは、王都からそこまで離れていない場所にある広大な荒れ地だ。
俺は魔法の結界でそこを覆い尽くす。
衝撃や騒音などが、外部に漏れない様にするために。
「まずは……」
土や鉱物などを自在に操る魔法で、地面をひたすらこねくり回す。
その際、岩やら石は粉々に砕いて砂に変えて置く。
それらがある程度済めば、今度は堆肥だ。
農地は土が柔らかければいいという物ではない。
窒素やミネラル類が含まれて初めて、農業に向く土地になるのだ。
当然元荒れ地にそんな成分は含まれていないので、地球産の堆肥を使ってその点を補う事にする。
え?
地球産の堆肥なんて、どうやって持って来たのかって?
俺の夢空間は、念じると地球の物を自由に取り寄せる事が出来る優れた能力が会ったりする。
ゲームなんかが出来てるのはその為。
だからあそこで地球産の堆肥を取り寄せて、それを魔法でコピーしておいたのだ。
チート万歳!
俺は魔法で生み出した堆肥を大量に土に投入し、地面をごりごりと混ぜ返す。
そしてその次に、魔法で水をばら撒いて乾いた大地を湿らせた。
「水源はどうしようかな……」
農業には水が必要不可欠だ。
だがこの辺りはあまり雨が降らないため、土を改良してもそれだけでは農地としては活用できない。
選択できる方法は三つ。
一つは、川を用意する事。
農作地のど真ん中に通せば、水に困る心配はなくなるだろう。
ただ、近くの川から引っ張って来ると言うのはNGである。
王都に流れ込む川の水量が減ってしまうからだ。
そうなると、一般の生活に支障が出てしまう。
とは言え遠くから引くとなると……
「まあ面倒くさすぎるか。遠くから引くにしたって、そっちもそっちで影響は気にしなきゃならんしな。川は却下だ」
二つ目は雨。
定期的に雨さえ降れば野菜を育てる事は可能だ。
ため池なんかも作れる。
「問題は、どの程度の頻度で雨を降らせばいいのかが分からない事だな」
無作為に降らせすぎると根腐れなんかをお起こしてしまうし、少なすぎると枯れたり不作になってしまう。
その塩梅加減を見張りながらやるのは、死ぬ程手間である。
よって却下。
「となると、大きな水溜まり――池や湖を作るのが無難か」
三つ目の案は、大きな水源その物を作ってしまう事だ。
これならわざわざ遠くから引く必要も無く、農家が適時水を撒くので水量を気にする心配もない。
「一旦大きな水溜まりを作れば、そこに魔法で召喚した水の精霊を放り込むだけで維持できるから楽だしな」
水の精霊を呼び出して住まわせておけば、水を清潔に保ち、更に随時補給が可能だ。
まあ精霊召喚中は随時魔力を持っていかれてしまう訳だが、俺の持つ魔力量なら1,000匹くらい呼んでも余裕なので気にする必要はないだろう。
「じゃあ地面を動かして大きなくぼみを用意して……いや、そのまま水を入れたら地面に吸収されまくるか」
コンクリートをコピーして、底を固めるのが最も確実だろう。
「しょうがない。続きは明日に……いや、待てよ」
俺は魔法で土の精霊を召喚する。
土の精霊は土で出来た人型の、手のひらサイズだ。
「水が土にしみこまない様にとか出来るか?」
俺がそう尋ねると、精霊が首を縦に振る。
可能な様だ。
これで態々コンクリートで固める必要がなくなった。
「よし、じゃあ作るか」
広い農地のド真ん中あたりを、巨大なすり鉢状にへこませ、底に魔法で水を流し込む。
そして水の精霊を召喚し、俺はそこの管理を土と水の精霊に任せた。
「よし、完成だ。あとは告知するだけだな」
告知は夜明けなので、取り敢えずゲームだ!
俺は城に戻り、布団に潜り込んだ。
★☆★☆★☆★
神のお告げと奇跡の光を目の当たりにしたセイレン王家は、早速その場所に調査団を向かわせる。
そしてお告げが事実だと知り、歓喜した。
何せ今まで穀物類の大半は輸入頼りだったからな。
自国で生産のめどが立てば、余計な支出を抑える事が出来るのだから喜ぶに決まっている。
更に第二弾第三弾と、農地を開拓してはお告げを降ろしていく。
全部で5カ所ほど作ったが、流石に範囲が広すぎて手が回らず、まずは3か所だけを農地として使っていく事になった。
どうやら調子に乗って一気に作り過ぎた様だ。
「いやぁ、まさにセイレンの神に感謝ですね!」
おつきのパティは、相変わらず――いや、以前にもましてテンションが高い。
「山賊も出なくなりましたし良い事尽くめです!」
「ああ、そうだな」
まだ貧しい事には変わりないが、変化の兆しに国全体が沸いている。
良い事だ。
お陰で俺も、枕を高くして眠れるってもんである。
「出来たら、神様が宝石とかを空から降らせてくれると超ありがたいんですけどね!」
堆肥を魔法でコピーした要領でやれば、まあできなくもない。
が、そこまで無茶苦茶する気はなかった。
貧しすぎるのは問題だが、富を持ったら持ったで問題が起きそうだから。
他所の国が攻めてきたりとか。
まあ何事も、少し足りないぐらいが一番である。
「少し疲れたから寝るよ」
そうピティに告げて、俺はベッドに潜り込む。
最近色々と働いたし、今日からはガッツリゲーム三昧だ。
――俺はまだ知らない。
――この先、まだまだ問題が起こる事を。
――そして俺が齎した神のお告げという行為によって、セイレン国が苦境に追い込まれる事を。
面倒臭い話である。
役立たずの寝た切り王子、安心して寝たままでいる為に弱小貧国を影で暗躍して立て直す まんじ @11922960
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます