役立たずの寝た切り王子、安心して寝たままでいる為に弱小貧国を影で暗躍して立て直す

まんじ

第1話

ファーガス大陸の西端には、セイレン王国という小さな国がある。


土地は痩せているため農作には向かず。

かといって鉱物が取れる訳でもなく。

教育水準もそれほど高くないため、技術や魔法も周辺国に比べるとずっと低い。


唯一の売りはたいして儲からない漁業のみ。

そんな条件下なので、当然セイレン王国は吹けば飛ぶ様な貧しい弱小国だった。


ファーガス歴、234年。

そんな小さく貧しい国に、一人の王子が生まれる。


――その王子の名は、シェズ。


彼は異世界からの転生者だ。

当然、転生時に神からチート能力も与えられている。


シェズ王子というチーターの存在は、やがてセイレン国にとって大きな希望となるのかもしれない。

それどころか、大陸の運命すら変えてしまうかもしれない。


――それ程の力が彼にはあった。


一つ問題があるとすれば、本人にそう言った事に対するモチベーションが全くない事だろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おっしゃー!倒したぞ!」


強敵との戦いを制し、俺はガッツポーズを取る。

艱難辛苦を乗り越え手にした充足感。

最高だ。


「この調子で、あのボスも撃破だ!」


俺の名は海山千うみやません


おっと、これは前世の名だった。

今の俺はセイレン国第三王子、シェズ・セイレンだ。

所謂転生者である。


死因は……


まあ些細な事なので、その辺りはどうでもいいだろう。

とにかく、俺は神様に選ばれ異世界へと転生している。

それも複数のチートを貰って。


それだけ聞けば最強の勝ち組の様に聞こえるだろう。

だが、俺に無双チーレムなんかの願望は全くなかった。


何故なら俺は、家で黙々とゲームをする事こそ至高と考える超インドア陰キャだからだ。

そのため、魔法があるとは言え文化レベルの低い異世界での生活は苦痛以外何物でもない。


――だから俺は夢の中に引きこもった。


どういう事?

そう思うかもしれない。


実は俺のチートの一つに、夢空間と言うのがある。

夢空間は眠っている最中に籠れる特殊な空間で、元居た地球と連動していた。

そのため、その空間内だけは地球にある物を自由に扱う事が出来たのだ。


「くっ!こいつ……」


そして現在、俺は夢の中で地球産のゲームを楽しんでいた。

ポンデンデンリングと言う、大人気ゲームだ。


これがなかなかやり応えのある超大作で、現在は完全ノーミスクリアを目指してる訳だが……


「がっ!くらっちまった!!ガッデーム!!!」


ミスって敵の攻撃を喰らってしまい、俺はコントローラーを画面へと投げつけた。

一度でも喰らうと最初っからというキツイ縛りで、既に100回以上失敗している。

そりゃコントローラーも投げつけるさ。


「くっそー、もういっか……ん?もう朝か……」


夢空間にノイズが走った。

肉体が刺激を受けると夢から覚める為に起こる現象だ。


「しょうがねーなー」


24時間寝っぱなしが理想なのだが、そういう訳にもいかない。

俺はゲームの続きを諦めて夢から目覚めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「王子様!おはようございます!!」


目を開けた瞬間、顏を覗き込んでいたメイド姿の可愛らしい少女が大声で挨拶して来る。


「おはよう、ミティ」


彼女の名はミティ。

俺専属の侍女で、今の俺より1つ上の16歳。

赤目赤毛のショートカットで、猫を思わせる可愛らしい顔立ちの少女だ。


「出来れば声のボリュームは、もう少し下げ目で頼むよ」


俺はそう彼女にリクエストする。

寝起きに大声はきつい。


え?

夢の中でゲームしてたんじゃないんかって?


一応体は寝てたからな。

目覚めのけだるさはちゃんとあったりする。


「気を付けます!」


そう返事を返したミティの声は、またもや大音量である。

彼女は俺の頼みごとを聞いてくれる気はない様だ。

まあいいけどさ。


「洗顔のお湯と、朝食をお持ちしています!」


「ありがとう」


ミティがワゴンに乗っているたらいを、ベッドの脇の上にある机に置いてくれる。

俺はその中に入っているお湯で顏を軽く洗う。


もちろん石鹸などはない。

いや、この世界に無い訳ではない。

単純に、この国だと高いので使えないだけだ。


無理すれば用意できなくもないんだが……贅沢すると、義理の母がうるさいからな。


「ふきふきしますねぇ」


「頼むよ」


洗った俺の顔を、ミティが手にしたタオルでガシガシと力強く拭き上げる。

点数を付けるなら完全無欠の0点だ。


ミティはとにかく、やる事なす事全てが雑だった。

俺は気にしていないから良いけど、これが他の王族なら一発で首であろう事は想像に難くない。

そう言う意味では、俺専属になれた彼女は幸運の持ち主といっていいだろう。


「今日の朝食はパテーの姿焼きに、子パテーの酢の物になります」


パテーと言うのは、漁業国セイレン国で一番よくとれる魚だ。

安くてうまい、正に庶民の味方と言える食材だった。


王族なのに、庶民の味方を喰ってるのかって?


まあそうなる。

貧乏な国で、更に病弱で寝たきりの庶子だからな。

俺は。

贅沢なんてさせて貰えないさ。


まあだが、食事に関しては特に文句はない。

普通に美味いし。


ま……そもそも、俺は何も食べなくても死なないんだけどな。

チートがあるから。


当然そんな事は他人には話せないので、こうやって毎日3食食事をとってる訳だが。


「ごちそうさまでした。体が重いから、少し寝るね」


食事を終え、毛の束が付いた口内用のブラシで歯を磨いた俺はベッドで横になる。

俺は病弱設定――チートでそういう風に周囲に見せている――なので、起きて直ぐに寝ても問題ないのだ。


さっさと夢空間に――


「あ、王子。そう言えば知ってますか?」


――戻ろうとしたら、ミティが話しかけて来た。


俺は心の中で小さく舌打ちする。

今寝るつったじゃねぇか。

本当に人の話を聞かない娘だ。


「実は最近出るらしいんですよ!」


俺の返事を待たず、ミティがテンション上げて話し出す。


「ペテン山辺りに山賊が!」


「山賊?」


セイレン国は貧しい国だ。

市民もその日の暮らしを送るのでいっぱいいっぱいで、不漁が続くと物乞いにならざる得ない人間も出て来る。

そういった人間が、山賊に身をやつすのはそれ程おかしい事ではない。


「はい!ペテン山のマッツーが、がっつりやられちゃったそうです!」


「……それは山賊じゃなくて、キノコ泥棒じゃないか?」


マッツーとは、国が管理している高級キノコの事だ。

味と香りがよいらしく、この国の王族でもめったに口にする事が出来ない代物となっている。


――何故なら、基本全て輸出するから。


貧乏国だからな。

国を維持する為には、外貨獲得が必要不可欠なのだ。


「山の幸を奪う盗賊なんですから!略して山賊ですよ!」


「ああ、うんまあいいけど……何にせよ大変だな」


「そうなんですよ!その被害が結構大きいらしくて、奉公している私達の給料を下げるって噂まで出てるんです!後、ついでに王子の食事のおかずを減らされるかもって噂も」


「そうなんだ」


正直、俺は食事を減らされても痛くもかゆくもない。

無しでも生きていける訳だからな。


とは言え、王宮仕えしてる人間達からすれば減給は堪った物じゃないだろう。

元からそう多い訳でもないし。


「私!欲しい物があったんですよ!もう少し貯金すれば届くってのに!!給料が下がったら遠ざかってしまいます!!正に山賊ゆるすマジですよ!!」


「……」


正直、適当に聞き流す予定だったのだが……


放置してたら、これからも被害は続くよな?


貧乏なこの王国に、キノコ警備のために人を巡回させるだけの予算などない。

今は噂になる程度だが、このまま色んな山からマッツーが奪われ続ければ、冗談抜きで奉公人の減給や解雇に繋がりかねない。


それどころか、ダメージが長引けばそれだけでは済まなくなる可能性も出て来る。


極つぶしの追放。

そんな言葉が頭を過った。


貧しい国なので、十分あり得る話だ。


「……」


それは困る。

面倒臭いけど、チートを使ってこっそり解決しとくか……


表立って解決すればいい?

しないしない。


力が周りに知られれば、周囲はきっとそれを利用しようとするはずだ。

そうなれば、夢空間の利用時間が極端に制限される事になるだろう。


それは困る。

俺は可能な限り、寝続けたいのだ。


よって力は隠し続ける!


「大変だね。じゃあ僕は寝るよ」


取り敢えず、山賊?が動くのは夜中だろうから……


今はやる事無いし、夜中まで夢空間でゲームでもしておくとしよう。

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