送り火は笑顔で医療ミスを敢行した (短編)

漢字かけぬ

完結  医者の限界



 人ってぇのは、ありもしない希望に縋りたがる。

 偶然・必然・運命って言葉に。

 私の選んだ道は正しかったのかねぇ?


 ~ 2060年 8月  病院 ~


 今日も朝がやってきた。患者のオペ後の経過観察のため宿泊室でな。

 空は青く、雲は白い。朝食に赤いジャムを塗って、黒のコーヒーを飲む。

 嘘だよ、ホントはミルクと砂糖を足して茶色だ。



 色なんて無数にあると思うが、先天的に視力が悪い人たちもいる。

 そんな人たちの世界を照らすため、とある手術が立案された。

 で、この病院で成功前例を出して医学を発展させたいんだと。

 勘弁してくれよ。私はただ親の七光りで医者になったんだぞ?

 手術だって患者の生命力に何度助けられたことか。



 患者の・・・・彼の名前は 矢車 来やぐるま らい

 年齢は12歳で男性。

 集中すると見たものを一瞬で覚えることができるらしい。

 ただ視力が人より弱く、それを治したいとか。


 「ライ、おはよう!調子はどうだ?」

 「シク先生、うざい」


 ここはライの個室。彼は絵を描くのが好きで窓から映る景色を

 スケッチしては放置している。

 目が悪いからか鉛筆で書かれた絵はところどころ欠けている。

 看板もないし、建物の一部が崩れ去っている。

 ただどこか現実味のあるリアルな絵で写真のように切り取られたと

 思うほどには精密。


 「ははははは、嫌われてるな。まっ無理もないか。

 私は君の体をこねくり回した医者なんだからな」

 「そうじゃない。朝8時なのにハイテンションだからだ」

 「普通だろ?太陽の光さえ浴びれば人間は目が覚めるから」

 「僕は明日手術の患者だぞ?不安しかない」

 「私だって不安さ。前人未踏の手術を成し遂げるプレッシャーってヤツ。

 だから勇気を貰いに来た!真の天才から溢れるオーラ的なサムシングを」

 「医者なのにオーラなんて非科学的なモン信じてるのか」

 「神社でお守り買うだろ?それと一緒だ。神にもすがりたい気分さ」

 「こんなのがトップクラスの医者とか世も末だな」 

 「しょうがないだろ?今の君が取れる最善手が私なんだ。

 海外での手術は時間も予算も足りないから」

 「理想には手は届かず、玉石混淆ぎょくせきこんこうから

 奇跡を発掘せねば勝機なし」

 「まっ私と君で奇跡起こせばいいだけの話だ。

 患者が諦めたら医者は祈ることさえ許されないからな」


 「じゃあ賭けをしよう。10年後もし僕が光を取り戻せていたら

 先生のモデルの絵を描く」

 「それは楽しみだ!人の絵は描かない主義だろ?」

 「集中すると見えるものが違ってくる。鏡に映るはずの僕はいないし、

 先生は泣いている。いや、笑ってる人なんていない」

 「泣いている私か。今まで運だけで乗り切ったから、

 どこかで失敗したんだろうな。君が見ている世界は未来かもしれない」

 「また非科学的な理屈を」

 「いいじゃないか、その方がロマンチックで。

 退院したら窓から見える景色だけでなく色々なものを見るといい。

 ”世界は色に溢れている”馬鹿なりの結論だ」

 「そうでありたいな。昼はカツカレー食べたい」

 「君でもそういった茶目っ気はあるんだな。

 ホントはダメだけど売店で買って来よう」

 「シク先生は医者失格だな」

 「医者は神でもなければ善人でもない。

 私は親の七光りを受け継いだ只の人間。だから悪事ぐらいするさ」



 手術は成功した。日常生活に戻すには早いと判断して1週間ほど経過観察。

 そして最後の日。


 「はははは、私の悪運は強いからな!君も無事退院を迎えたわけだ!」

 「朝8時からうるさいぞ。シク先生」

 「賭けは私の勝ちだ!10年後に絵を描いてもらうぞ!」

 「まだ時間があるから今描こう。大丈夫、約束とは別個だ」

 「ならお願いしようか。君には私がどう映ってるか気になるし」



 さらさらと鉛筆を持って作業するライ。

 私を見た後はスケッチブックしか見てない。


 「なあ、鏡にライはどう映ってるんだ?たしか見えないって言ってたが」

 「今は見える。ただ椅子に座っているけれど表情は隠れてた」

 「まあ、自分を客観視できる人間は少ないしな」

 

 完成した絵を見る。今より老けていて私が泣いていた。

 いや顔のシワが今よりはっきりしてる。化粧サボったな、私。

 下に”2070未来で”と書かれていた。

 10年後の私はこうはならないぞ!!!


 彼の描いた絵は処分してくれとのこと。

 それじゃもったいないので許可を取りスマホのカメラでパシャリ。

 病院でも何枚かは飾れるよう上司に掛け合ったりもした。


 「君はモデルケースだから定期的に診断に来てくれ。

 補助金が出るから金銭面は心配する必要ないぞ?」

 「最後まで騒がしい先生だ。けど助かった。あり」

 「まてえええええい!お礼は10年後に取っておく!」

 「やっぱり変わってるな。じゃ、次の診察までさよならだ」

 「お大事に!!」



 時の流れは残酷なもので、もうすぐ10年が経とうとしている。

 彼との約束の刻は近づいている。

 しかしライは元気がない。まるで映画のネタバレでも食らったかのようだ。


 「シク先生、落ち着いて聞いてください。俺には未来が見えてたんです」

 「どうしたぁ~。頭でもやられたか?君はもっと賢いはずだ」

 「手術後に見えた数字と情報を頼りに賭けをしたら全て的中したんだ!」

 「おめでとう。それはただの確率だ」

 「茶化さないでくれ!!そして3日後に戦争が始まり!

 俺は施設に捕らえられ!未来を読む兵器として利用されるんだ!!」


 こいつはヤバいことになりそうだ。念のためCTスキャンで脳を解析するか。

 

 「先生に言った椅子に座った俺は数週間後の俺だったんだ!」

 「仮にすべて真実として私にどう動いてほしいのだ?」

 「先生の手術で未来を読むチカラが強くなったのなら、

 逆に失敗して全てを無に帰してくれ!」

 「あー、医療ミスをしろってことか?

 私の人生を天秤にかけるメリットはないな。

 そんなに嫌なら首でも吊ればいい。

 医者は神じゃなく世俗に汚れた人間だ。私も例外じゃない」

 「定期的な治療が視力維持の条件。

 4日後何もなければ俺が馬鹿ってことで水に流してくれ!」

 「まあ戦争が起きなければ君の預言は妄想の産物で終わるか。

 分かった。君の良心を信じよう。

 ”私は笑顔で医療ミスを敢行する!!!”」


 その日は治療行為を行わず放置。徐々に視力が落ちるはずだ。

 4日後に急いで手術すれば問題はない。


 「これよりエア手術を開始する。

 といっても暇だし私の絵を描いてくれないか。

 時間の帳尻合わせも必要だ」

 「それぐらいならお安い御用だ」


 前と変わらず鉛筆でサラサラと。彼のスケッチブックは何代目なのだろうか?

 サッサと小気味いい音が鳴る診察室。

 彼が茶化すために嘘を言う人物じゃないことは知っているし、

 1か月ごとに会っているからそんなに変化はない。

 いや私が気が付かなかっただけか。


 「ふぅ。完成だ。2080年まで先生は生きますよ」

 「今度は笑っているな。というかシワがさらに増えてる!!!」


 2080年って私50歳超えてるし!整形しなけりゃこんなもんか。


 「1ついいかな?私の医療ミスで君の人生は変わった。

 鏡のライはどう映っている?」

 「見えなくなりました。多分死んだ」

 「兵器として生きる道もあったはずだ。なのに何故?」

 「俺の周りにいた権力者たちは自分の未来を予言させた。

 そして私利私欲に好き勝手書き換えて世界は泥沼になった」

 「君の描いた絵はスマホにとってある。説明してくれるかい?」

 「俺が鉛筆でしか書いてないのは世界が灰に包まれているから。

 ビルが欠けているのは、ドローンでの爆撃の後。

 先生が生きている理由は医師免許があるから。

 非人道な戦争においても医者を攻撃するのはルール違反だ」


 なるほどね。2070年の今の私は泣いていて、

 10年後には笑っている。戦争は10年後には終わるのか。

 

 「できれば4日後、戦争が起きない世界で会いたいものだ」

 「無理ですよ。俺も先生も神じゃない」

 「私は悪運だけで生きて来たんだ!覆すさ!未来なんて!」

 「先生・・・・お元気で」

 「暗い顔すんなって!お大事にな!!!」



 彼の預言通り3日で戦争が始まった。

 待てど暮らせど彼は来なかった。

 病院と医者は攻撃されず町は廃墟になっていく。

 当時の記録を頼りに彼の病室へ向かう。

 スマホで撮ってあった写真と窓の景色を照らし合わせる。

 細部こそ違えど一致していた。


 世界は灰に包まれ、色を失った。



 ~ 2075年 8月 病院 ~

 今年も夏がやってきやがった。

 蒸し暑い季節。本当にイライラするなぁ!もう!!

 結局私は生き残ったさ!ライの予言通りに!!

 2080年までは生きのこれる保証されてるからって

 戦場で患者を見つけては病院に運ぶ日々。


 何だよ!彼を兵器として扱った大人たちと同じことをしてやがる!!

 予言ってモン信じてる時点でな!


 私は神でも人でもなく、ただの俗物だ。


 ただ医療で人を救えるのは確かだ。

 笑顔で医療ミスして、彼の魂を送った。

 兵器でなく人としての尊厳を保ったままでな。

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