サンタは犬とやってくる

白瀬青

第1話

 出迎えたのはアラスカンマラミュートのもっふもふの群だった。マラミュートはシベリアンハスキーをひと回り大きくしたような精悍な大型犬で、 意外と優しい顔をしたシベリアンハスキーに比べるとさらに野性味とカブキ感が強い。かっこよくて、しかももふもふなのである。

「うわあ、チョビがいっぱいいる!」

 たくさんの大型犬が放し飼いにされた雪原にそりを止めると、あっという間に犬たちに取り囲まれる。

 思わず飛びつかれるままに抱きしめて頬ずりしながらここまでの交通事情の苦労を愚痴らせてもらっていると、もふもふの群の向こうから厳しい声が俺を叱りつけた。

「犬に話しかけるな」

 それは小さなサンタクロースだった。白いファーの帽子をかぶった頭の高さは俺の肩先ほどではないか。こどものように小さいが声にどことなく威厳があり、その子が手振りで命じると犬たちがすっと退いて道ができる。

「え、だってもふもふですよ?」

 わっふわふとじゃれつく無数のシベリアンハスキーに取り囲まれた俺がきょとんとして人懐こい犬たちを指さすと、犬の群れの向こうからやってきたサンタクロースは、ふわりと赤いコートの裾を翻してしかめ面で腕を組んだ。やはり身長は小さい。俺の肩先ほどまでしかない。

「そいつらは私のそりを引く大事な犬だ。集中力を削がないよう、決まったコマンド以外は人間の言葉で話しかけないようにしている。要らんことを教えんでくれ」

 俺は傍らのトナカイを見る。うっすら人間の空気を読む俺のパートナーのトナカイも困惑した顔で俺の顔を見る。サンタクロースはそれを見て、「そいつはここじゃあまり出番がないな」と言った。

「今日から着任すると言っていた新人か。よろしく。三太くんだったかな」

 会う前から日本人の名前を正確に覚えてくれる人は初めてだったので、俺は「おお」と頭を下げる。

「さっそく俺の名前覚えていてもらって嬉しいです!」

 すると小さなサンタクロースはいきなり爆笑しながら俺に右手を差し出した。

「日本語で三男の意味で三太サンタというのだってな? サンタクロースの名前としてできすぎていて、書類を受け取って10分くらい爆笑していたぞ」

 今このときも笑いが止まらない先輩サンタクロースに、俺は手を握りしめながら思わずツッコんだ。

「そんなに!?」

 あまりにも笑いの沸点が低すぎるのではないだろうか。それとも地域性とかそういうことなのか。

「ともあれよろしく、サンタの三太くん。お前のトナカイはマスコットにでもして、配達には犬ぞりを覚えてもらうからそのつもりで」

 ワンピースのようにふわりと裾が広がる毛皮のコートはこの地の民族衣装の型を取りつつも、サンタらしい赤色に刺繍の施された白い縁取パイピングの配色になっており、白いふわふわのファーの帽子からゆるやかな癖のある黒髪がこぼれ落ちて肩の上でカーブを描く。顔立ちは一見白人のようでいて彫りは浅くパーツは小さく、まだこどものように幼く見える。ずいぶんと可愛らしいサンタが指導係になったものだ。

「サンタが犬ぞりなんですか? 俺、トナカイとできる仕事がしたくてサンタになったんですけど」

「ここらへんは地形の変化が複雑なうえに、道幅の狭い崖山も行く。トナカイとマンツーマンのそりなんぞ、滑落したら骨折して死ぬぞ」

 簡潔な説明に、俺はトナカイを一瞥して黙った。トナカイも不安そうに俺の顔を見ていたが、小さく何か鳴いてから黙った。

「心配しなくてもサンタがトナカイを放り出したりはしないさ。ちゃんと養ってやるからその分飼い主がしっかり稼げ」

 そうして俺の荷物をそりから持ち上げて運んでいこうとする先輩サンタクロースに、俺は先程から気になっていたことを尋ねる。

「あの、やっぱり住み込みなんですよね? 先輩と犬たちと一緒に宿舎で暮らすと聞いたんですが!」

 しかし目の前にいる先輩は小柄な女性に見える。いくらなんでも、今までこの可愛らしいサンタクロースがひとりで暮らしていた宿舎に新人の男性を送り込んで寝食を共にさせるなんて正気じゃないと思った。外は雪に閉ざされた雪原で、ひとつ屋根の下に二人きり。もちろんそれで鼻の下を伸ばしてどうこうするようなことはしないつもりでいるが、そういうのってコンプライアンス的にどうなんだろう。

「当たり前だ。生き物を扱う以上、仕事は24時間だぞ。そりで物を配達するより日頃の犬の世話や訓練のほうが大変な仕事だ。よそから通ってきてそりだけ引くような使えん奴は要らん」

 いえそうじゃなくて!と俺は携帯電話を取り出して言った。

「若い女性とひとつ屋根の下で24時間ずっと一緒に仕事だなんてありえないですよ! 先輩ももっと自分を大事にしてください、こんな他に民家もないような場所で俺が襲ってきたらどうするんですか。俺、人事がおかしいって相談してきますから!」

 先輩サンタは一瞬きょとんとし、それから大声をあげて笑い出しながら俺の手から携帯電話を奪い取った。「何をするんですか」と言う間もなく、電源を切った電話が胸元に押しつけられる。

「自己紹介が遅れてすまなかったな。私はクラウス・ナクラク。一応32歳男性だ。コートが女物のようにふんわりとしているのは上に暖かい空気を保つための民族衣装の知恵、赤い色で可愛らしい刺繍なのはつまらん観光対策、髪が長いのは耳の凍傷を避けるためだ」

 コートが雪の上に投げ捨てられるのを見てワッと手で顔を覆ってしまった俺だったが、指の隙間から見るとクラウス・ナクラクと男性名を名乗ったその人は、青い男物のスノーボードウェアを着ている。

「男……!?」

 そうして可愛らしいサンタコートを脱ぎ捨てたサンタクロースの先輩は、愛らしい童顔に不敵な笑みを浮かべて言った。

「……というわけで住み込みで一緒に働くのに、一般的には問題はないと思うが、世の中の関係は男女だけではないからな。どうしても私とそういうことになりたい場合は相談しよう。寝込みを襲った場合、お前は翌朝犬の餌だ」

 呆然としている俺の頬を、もふもふの犬達が舐めていく。可愛らしい先輩は男だとか女だとかそういうことをさておいても、中身は全然可愛くはいみたいだった。

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サンタは犬とやってくる 白瀬青 @aphorismhal

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