第59話 もう戦う意味はなく
リティシアはガロンを待っていた。
ルーを抱きかかえて地面に腰を降ろしている。
ルーは穏やかに寝ているようにしか見えない。ゆっくりと呼吸を繰り返して、静かに胸を上下させている。
見た目上では傷ひとつなく、いつものルーとなにも変わらないように見える。
違いがあるとしたら、ルーの腕に黄色いリボンが巻かれているくらいだ。
ルーが目覚めた。
リティシアが抱きかかえて様子を見ていると、ルーはまるで何事もなかったのように目を開いた。
ルーはリティシアの姿を認めて目をぱちくりさせている。
「あれ……」
ルーはそんな声をあげた。
「おはようございます、ルーさん」
ルーはリティシアの顔を何度も見て、
「リティシアだ」
「そうですよ」
リティシアはルーをみて安堵のほほえみを浮かべる。
どうやら時術をつかったことによって不都合が起こっている様は見受けられない。
「あれ、でもルーは……」
「わたしが戻したんですよ。こう見えても魔導師なんです」
「リティシアからしてた変な感じ、それだったんだ」
リティシアとしては意外なことに、ルーはそれをすんなりと受け入れたようだった。
急にルーがリティシアの胸に顔をうずめてくる。
それきり、ルーはしばらく動かなかった。
リティシアは、そうするルーの頭を、ただゆっくりと撫でてやっていた。
ルーが顔をあげて、
「ありがと、それと……」
ルーは、すこし恥ずかしそうに間を作ってから口を開いた。
「ごめんなさい」
「いいんですよ、わたしたち、友達じゃないですか」
ルーはその言葉を聞いて、一瞬驚いたような表情を見せた。
それからルーの顔が、花開くような笑顔に変わった。
「うん!!」
そこにガロンがやってきた。
森の上をばさばさと飛んで、リティシアたちの近くまで来てから人へと姿を変えた。
そのままゆっくりと降りてくる。
「ガロンさん、おわったんですか?」
「ああ、片付けてきた」
そうリティシアに答えながらも、ガロンはルーの方しか見てなかった。
「ルー、元気そうでよかった」
ガロンの表情は、心底安堵しているようであった。
ルーはガロンの方ではなく、リティシアを見ている。
その表情は、どこか不安そうで、泣きそうにも見えた。
ルーはリティシアから視線をはずし、おずおずと立ち上がった。
ルーが頼りない足取りで進み、ガロンの前まで、行って立ち止まった。
「あの、その……」
リティシアはその光景をみて、今ほど自分に力があって良かったと思ったときはなかった。
「ごめんなさい……」
ルーは、ガロンに、そう言った。
それを聞いたガロンは、今までにみたことがないような、生きてきた歳月を感じさせる笑みを浮かべた。
ルーの頭に雑に手を乗せ、そのままおおざっぱに撫で回した。
「いいんだ、おれもわるかった」
リティシアはその光景を見て、どうしようもなく嬉しくなって、半ば無意識に駆け寄った。
リティシアはふたりを抱き寄せようとしたが、ガロンが動かないので、ルーをガロンに押し付けるようなおかしな体勢になってしまった。
リティシアはそれがおかしくて笑った。
ガロンも釣られたのか笑い、最後にルーまでもが笑った。
雨降って地固まる、というやつかもしれない。
降った雨は止んだのだろう。
そして、これからは地が固まるのであろう。
※
再び、旅立ちのときだった。
クランガには想定より長く滞在してしまったが、いい加減に出発しなければならなかった。
クランガにはもう用はないし、なにより観光地はやはり滞在費がかかる。
珍しく、宿から出たのはガロンが一番先だった。
ガロンは宿の前でクランガの街並みを眺めている。
いつもと変わらぬクランガの街並みであった。
異国情緒あふれる建物に、道行く観光客。商売熱心な商人の声が朝も早くから響いている。
食べ物の香りにほのかな硫黄の香り。ここでも色々な思い出ができたとガロンは思う。
すこし遅れて、リティシアもやってきた。
いつものローブにいつもの背嚢を背負っている。
そのうしろには、なぜかルーが隠れていた。
リティシアのローブをひっぱり、なぜかガロンと目を合わせようとしない。
基本はいつも通りの装いだが、ガロンの渡したリボンで髪をうしろに束ねているところだけがいつもとちがった。
そうしていると、ルーはいつもよりすこしだけ大人びて見えた。
「さあ行くか」
次に目指すのは央都だ。
なにか成果が得られればいいが、どうなるかは結局ときの運だ。
ガロンが歩き出しても、うしろからふたりがついてくる気配がなかった。
振り返ると、ルーがリティシアのローブを引っ張ったまま、動き出さない。
リティシアはローブを引っ張られながら、ガロンの方に困ったような笑顔を向けている。
さすがのガロンもどうすればいいかわかった。
竜だって成長するのだ。
ガロンはふたりの元まで近づいて、すこししゃがんでルーを両手で捕まえた。
ルーはいきなりのことに抵抗できなかったのか、持ち上げるのは簡単だった。
「なっ、なにをする!!」
「ほら、早く行くぞ」
ガロンはそういって、ルーを肩に乗せて歩き出した。
一緒に来てくれ、そう言おうとしたが、口から出たのはそんな言葉だった。
竜の見栄とは、ガロンが思う以上に大変なものなのかもしれない。
※
ルーはガロンの肩に揺られながら空を見ていた。
天気はルーの心中を映し出したかのような快晴であった。
いてもたってもいられない気分に足をばたばたと動かすと、ガロンが「あばれるなバカ」と文句を言う。
ルーはそれを無視して足をばたばたさせ続けたが、ガロンがルーを降ろしたりはしなかった。
きっとこれからいっぱいたのしいことがある。
ルーの胸の中は、そんな希望でいっぱいだった。
リティシアが言っていたことは正しかったのだ。
すなおがいちばんだ。
ルーは満面の笑みを浮かべながらガロンの肩で揺られている。
もう一緒にいるのに、戦う必要はなかった。
最強竜皇さまは美少女になりたい! 誰も置き去りにしない @takudou
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