第165話
冒険者パーティーは、鉱山などに現れた魔物と戦うための、最小規模の戦闘隊形だ。
魔物は狭い鉱山に現れるため、聖堂と同じように大魔法でなぎ倒すということが難しい。
だから魔法だけでは対処しきれない状況が多く、そこを補強するために、物理に強い獣人を前衛に組み込んでいる。
しかし、万能な戦術というものはない。
冒険者のパーティーは戦いの規模が大きくなると、たちまち不利になるという。
なぜなら、領主間の領土争いのような多数の魔法使いが参戦する戦いでは、遠距離の大魔法が乱れ飛び、獣人の盾など意味をなさなくなるからだ。
この世界では、正規の魔法使いたちが対峙して大魔法を打ち合う戦いこそが戦の花であり、武門の誉れらしい。視覚的にも派手だろうから、象徴的な意味合いが強いのだろう。
対して冒険者が活躍するのは、もっと地味で泥臭い戦いばかりだという。
魔法使いは絶対数が少なく、正規魔法使いたちでは前線のすべてをカバーしきれない。
なので魔法使いではない一般兵の進軍も必要だが、彼らは当然、魔法使いに狙われるとひとたまりもない。
そこで不正規の魔法使いたちが一般兵を護衛したり、逆に敵一般兵への奇襲などを担当する。
それらの戦いは戦記に記されず、時には陰惨を極め、およそ貴族には相応しくない戦い方だと見なされる。
だから同じ魔法使いでも、正規魔法使いと冒険者とでは運用の仕方がまったく異なり、立場に天と地ほどの差がでる。
これと同じように、対魔法防御という意味では最強の死神の口も、魔法使いによってまったく異なる評価を下される代物だ。
単独行動する魔法使いには心強いお守りでも、周囲に味方魔法使いがいるようなところで戦う魔法使いたちにとっては、決定的な場面で自分や味方の魔法を飲み込んでしまうかもしれない、厄介な存在だ。
そのためゲラリオなどは、死神の口を忌避していた。
話を聞けば、戦場で死神の口を持ち歩いているのがばれたら、仲間の魔法使いからつまはじきにされるらしい。
長い魔法運用の経験の中から、デメリットのほうが大きいと認識されているわけだ。
なので魔法から身を守ってくれる天使の羽衣とかそういう前向きな名前ではなく、死神の口と呼ばれているのだろう。
しかしその死神の口も、使いようによっては事実上無敵のアイテムとなり得る。
状況が異なるとなにが強いかが異なり、じゃんけんのように循環する。
そういうたくさんの状況の組み合わせと、長い経験から、定番の戦略が練り上げられて、この世界の常識となっている。
そこに素人が口を出す猶予など、普通に考えたら、ない。
実際、ジレーヌ領を守ろうとする中で、あまりの稚拙さにゲラリオからはしょっちゅう呆れられていた。
現代からやってきたから自動的に未開の現地人を圧倒、というのは無理な話なのだ。
よく知られた状況に対しては、現地の頭の良い人たちが対策を練っているのだから。
なので、たとえば現代人が古代ギリシャに行ったとして、ソクラテスに口喧嘩で勝てるとはとても思えない。しこたま論破されて、最後は毒でも飲ませてやりたくなるはずだ。
だから普通に考えたら、クルルとバダダムだけで魔導隊に立ち向かうなんて、逆立ちしたって無理な話となる。
でも、この「よく知られた状況に対しては現地の頭の良い人たちが対策を練っている」ということには、但し書きがつく。
よく知られた状況ならば。
では、そうでない状況なら? もしもこちらに、この世界でよく知られた状況を覆す手札があるとしたらどうか?
合成魔石という秘密の一手があれば、最適な戦略は根底から覆る。
「これ以上近づくと、向こうから探知されるかもしれない」
魔導隊から奪ってきた魔石を起動させていたクルルが、足を止めた。
森の茂みの中から聖堂までは、五十メートルくらいだろうか。
聖堂の背の低い部分の屋根が崩落し、まだかすかに煙を上げているのが見える。
聖堂の入り口付近では、魔導隊の人員と思しき者たちが、野次馬や聖職者たちを規制しているのも見えた。
彼らは武器を手にしているし、手かせを嵌められた獣人を従えていることから、雑用の下っ端兵だろう。司教が言っていたように、魔法使いではなさそうだ。
「しかし、お前の頭の中はどうなってるんだ?」
こちらを振り向くクルルの前で、自分は腕まくりをして合成魔石を練っていた。
隣ではバダダムが太い腕の筋肉を盛り上げながら、魔導隊から巻き上げた天然の魔石で、知られた魔法陣の刻まれた物を手で砕いている。
合成魔石の利点は、任意の巨大魔法用に作り替えられること。
けれどこの場合は、複雑な魔法陣という意味での巨大魔法ではない。
大容量、という意味だ。
『同感です。ヨリノブ殿がその気になれば、帝国を征服できるのでは?』
バダダムの言葉に、ヘレナが強めの視線をこちらに向けてくる。
「無理ですよ。大規模に運用したら、ほどなくばれて真似されます。この戦術が効果を発揮するのは、合成魔石が秘密の間だけです。秘密が広まってしまえば、本当に賢い人たちが次々と新しい戦略を構築していくはずですから」
そんなものか? と顔を見合わせているクルルとバダダムをよそに、自分は魔石の粉を追加してかさを増した合成魔石に、死神の口の紋様を押し当てていく。
今回の作戦でクルルが用いるのは、主にこの魔法だけ。
小さな攻撃用魔法をいくつか残しているが、残りの魔石はありったけ死神の口に注ぎ込む。
『私は一人か二人、悪い夢を見せればいいのね?』
作業の様子を興味深そうに見ていたヘレナが、そう言った。
合成魔石はもちろんヘレナの生きていた時代にもあったが、帝国崩壊の混乱の極みの中で生きていたヘレナは、実際に作る作業を見たことはなかったらしい。
「できるだけ派手な感じになるようにお願いします。なにかこう、叫びだしたくなる悪夢のような」
『任せて。死人も飛び起きるくらいに怖い夢を見せるから』
そう言ってにやりと笑うと、真っ赤な口が三日月形になる。
まさに悪魔という容貌に、クルルが少し顎を引いていた。
「しかし、師匠は嫌な顔をするかもな」
バケツプリンみたいな合成魔石を前にしたクルルは、なんとなく作戦に乗り気ではない。
それは効果を信じていないのではなく、逆に、効果がありすぎると感じたからのようだ。
自分の説明を聞き終えた時のクルルの一言目は、「ずるくないか?」というものだったのだから。
『猫姫はそう思うのか。むしろ師匠のような冒険者たちにとっては、理想形ではないか?』
「う……ん?」
『それにこの戦術、ヨリノブ殿が言うほど、正規の魔法使いたちに真似できるものとは思えませんよ。これは、今の人の世の常識を壊すものですから』
バダダムがこちらを見る目は、相変わらず優しい動物の目だ。
そして、ジレーヌ領の外では滅多に見られない、信頼に満ちた目でもある。
「まあ、全員たまげることだけは間違いないな」
クルルはそう言って、バケツプリンみたいになった合成魔石を袋に入れ背中に担ぐ。
ずしりとした重みに、不敵に笑う。
とびきりの悪戯をかましてやると準備する、おてんば娘のように。
そのクルルが、ヘレナに聞いた。
「お前は怪我を癒すことはできない、ってことでいいんだよな?」
『できるとしても、痛みを忘れさせたり、死んでることを忘れさせて、止まりそうな心の臓をしばらく動かすことくらいね。あとは、この怪我は治るんだって希望を持たせることくらいかな。これが結構効くんだけど、即効性はないわ』
プラシーボというのは恐ろしく強力なので、ヘレナの精神魔法は実際に回復に効果があるに違いない。
が、クルルがなにを気にしているのかはわかった。
「バダダムさん、あまり楽しくない役目を押し付けてしまいますが……」
『ワレが、ですかい?』
バダダムは目を見開き、珍しくにやりと笑った。
『とんでもない。同胞を薪みたいに積み上げていた連中ですよ。むしろ望むところですし、やりすぎてヨリノブ殿がワレを見る目を変えてしまわないかのほうが不安です』
いささか冗談めかしていたが、そう言うバダダムと一緒にこちらを見てきたクルルの目は、かなり真剣だった。
「ヨリノブ、いいんだよな? いつもの優しい感じの結果にはならないぞ」
クルルの確認に、うなずいた。
「魔導隊の面々がどういう集団か、なんとなくわかりました。おままごとは、ジレーヌ領内に帰ってからです」
クルルとバダダムは揃って耳をぴんと立て、気が抜けたような笑みを見せた。
「これからの戦いのほうが、よほどおままごとになりそうだが」
クルルは背負っている合成魔石のバケツプリンを振り向き、首をすくめた。
「ふざけた戦い方だ。バダダム、準備は」
『もちろん』
「お前は?」
『私も大丈夫』
獣人、半獣人、それに悪魔。
それを指揮するのは魔法使いですらない、ずぶの素人。
とんでもない混成パーティーだが、それ故に強い。
いや、強くなるようにルールを書き換えるのだ。
トランプゲームの大富豪の革命ルールのように、強い敵が突然弱くなり、弱い者が突然強くなるように。
「行くぞ」
敵は帝国が誇る魔導隊。
クルルは大きく一歩を踏み出し、すぐに全力で駆け出した。
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