第135話

 雑務といったのは、プレッシャーを軽減させるおまじないみたいなもの。


 居並ぶ領主や貴族たちからの、同盟の申し込みを一体どうすべきか。

 しかも面倒なことに、教会からの横槍まである。


 裁判権はその土地の権威を示す上に、罰金や贈り物といった収入をもたらす。

 権威はともかくとして、こちらとしても船舶建造のために金貨が喉から手が出るほど欲しい。

 けれど仲裁にまつわる面倒ごとは引き受けたくない。


 この難題を、どうにか解決しないとならない。


 唸りながら屋敷に向かえば、クルルはイーリアを起こしに向かい、自分は広間でコールと出くわした。


 一晩たっぷり寝て回復したらしいコールが、大規模魔法陣並みに複雑な土地の利害関係を、思い出せる限りに紙に書いてくれていたのだ。


「これでも有名な話だけだ。ロランと同盟を組んでいるところもたくさんあるが、商いを前提にした損得づくで、お互いに信用していないからしょっちゅう揉める。それ以上の連中を束ねてまとめ上げるのは……できるのかもしれないが、僕はやりたくない」


 そんな説明を受けたが、若干意外だったのは、属州におけるロランの立ち位置だ。


 州都と呼ばれているロランだが、アズリア属州をあまねく統治、支配しているわけではないらしい。

 直接支配が及ぶ地域はさほど広くなく、要は帝国が魔石をつつがなく集めるための代役ということで、属州の権力者たちは淡々と魔石を納めている、というのが実態のようだ。


 それでもロランは歴史ある都市なため、また武力的には属州随一であると認められていたため、表立って挑戦する者たちが長いこと現れていなかったらしい。


 そういう事情もあって、先日のロラン撃退の話が驚きとともに周辺に広まったわけだ。


「自分はてっきり、ロランを倒したら、同じくらい悪い連中に目をつけられるんだと思ってましたよ」


 不良漫画で、自校の番長を倒したら、よその学校の番長がやってくるみたいな展開だ。


「君たちはいつだって、自分たちの異常さを認識していないのだな」

「……異常さ、ですか?」


 確かに合成魔石は超ド級の秘密だが、と思っていたら、コールが呆れたように言った。


「ここは複数の魔法使いを抱え、魔石は今のところ無尽蔵に掘り出され、加工においてもあり得ない生産量を誇っている。しかも海に穴が開くくらいの大魔法を撃ったということは、それに足るだけの巨大な魔石を掘り当てたか、あるいは、超凄腕の魔法使いがいるかのどちらかということになる」


 実際は合成魔石のおかげなわけだが、周囲から見ればとにかく大魔法の存在そのものが大事なのだろう。


「クルルがドラステルの扮装をしているせいもあって、今は凄腕魔法使い説のほうが人気らしいがな」


 コールはクルルのことを、そのままクルルと呼んでいた。

 ゲラリオと一緒にしごかれたためか、兄弟弟子みたいな感じに落ち着いたのだろう。


「しかも竜を都合三頭も屠っているなんて話もあいまって――」


 コールは肩をすくめる。


「ここには神の特別な加護があるに違いないと、そういう話にまでなっているようだ」


 田舎者は信心深いのが多いしと、都会生まれのお坊ちゃんらしい一言を付け加える。


「神様どころか、悪魔と取引しようとしてるのに、おかしな話よね」


 横から口を挟んできたのは、寝起きでやたら不機嫌そうな顔のイーリアだ。


「おはようございます」


 コールの恭しい挨拶に、イーリアはそこだけ笑顔で返事をして、またすぐにむすっとする。

 今日もまた接待やらの面倒な領主仕事が控えているので、うんざりしているのだ。


 そんなイーリアの後ろにはクルルがつき従い、せっせと主人の寝ぐせを直している。


「悪い存在、という意味での悪魔とは違いましたよ。ファルオーネさんと言葉が通じるとわかったら大泣きして、別れ際には手を振ってきたんですから」

「私は、話が荒唐無稽すぎてついていけないって言ってるのよ」


 先ほどコールにもヴォーデン属州でのことを説明したが、こちらはもはや、考える前に受け入れようという無抵抗の様子だった。


「そっちのわけのわからない話はヨリノブたちに任せるわ。私の仕事は、同盟を急ぐ領主たちを適当にいなして、時間を稼ぐのよね? それから、できれば鉱山の話を聞きだしたり、土地に伝わる不思議な話を聞き集める。それでいい?」


 ファルオーネたちも泥臭く話を聞き集めるつもりのようだが、社交の場でお偉いさんに聞ければ、そちらのほうが話も集まりやすいだろう。


「ただ、なるべく世間話を装うけどさ。こっちからなにか質問を向けたら、変に期待させちゃわないかしら」

「あ~……それは、ちょっとあるんですよね」


 今はみんながイーリアの関心を引きたがっている。


 そのイーリアは、クルルに髪を梳いてもらいながら、フロストから以前に送られてきた、属州に散らばる鉱山の地図を見ている。


 鉱山は属州の周縁部に位置し、ゲラリオ曰く、あまり治安がよくないとのこと。

 なぜなら、帝国に納める魔石は、鉱山から掘り出そうと、他人から奪おうと、魔石は魔石だからと。


 そのために、調査のための人員を送れば、横取りを企んでいるのではと警戒され、闇討ちされる可能性が十分にある。相手からよほど信頼を勝ち取らなければ、詳しい調査などまず覚束ないはずだ。


 そう考えると、あちこちの土地の権力者が一堂に会し、同盟まで申し込んできているこの状況は、調査のための協力を要請するあり得ないくらいのチャンスでもあった。

 やったあ!


 となるならいいのだが、世の中そんなに甘くない。

 イーリアが言ったような、落とし穴があるからだ。


 鉱山はすべての領主の手元にあるわけではなく、そうなると鉱山を有する領主とそうでない領主とで、イーリアとの関係に差が生まれることになる。


 例えばある領主のことを考えよう。


 彼の先祖代々に渡る宿敵が、イーリアと親しく鉱山の話をしているのを見たらどう思うか。

 彼はイーリアとの同盟話が進まずやきもきしているのに、敵とイーリアは鉱山のことを熱心に話し込んでいる。しかもなんと、鉱山調査のため、ジレーヌ領からの使節を受け入れるというではないか! あの、大魔法を放てる領主に遣わされた人員を!


 焦り、思いつめた弱小領主がどんな行動に出るか、想像だってしたくない。


 健吾はそういう軋轢の調停は不可能だと判断したから、どこの領主とも手を組まない、という案を推していたわけだ。

 それはとても現実的だろうが、反面、なんの収穫も得られない選択肢でもある。


 虎穴に入らずんば、虎児をも得ず。


 だから逆に、誰を選ぶかと選別するのは諦めて、全員と手を組むという選択肢もあるのではないかと思ったのだ。

 そうすれば先ほどの弱小領主も、イーリアが敵方だけに微笑むわけではないとわかって、いくらか落ち着きを取り戻すだろう。


 しかしその結果は、同盟相手同士の揉め事が、ひっきりなしに持ち込まれる毎日だ。

 その仲裁に明け暮れるのは、考えるだけで胃が痛い。


 というかそもそも、この島からでは、彼らの言い分がどれだけ正しいか確かめようがないという問題がある。都度調査官を派遣して、現地の様子を調べ、公平な裁きをくだすというのは、現実的ではない。


 コールの描いてくれた権力者の相関図と、イーリアが手にしている鉱山の地図。

 絵に描いた餅とはよく言ったもので、これは食べられない果実なのではないかと思えてくる。


 やはり健吾の解決法が正しいのかもしれない。


 そう思っていた矢先のこと。


 ごーん、ごーん、と、一日の始まりを告げる教会の鐘の音が聞こえてきたのだった。

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