第120話
全員の視線を集めると、コールはやや怯む。
「その、僕たちがまさに求めているような条件の鉱山があるのですが……ただ、あまりまともな案とは言えないのです」
「まともじゃない?」
コールはうなずくと、イーリアを見た。
「イーリアさんは、不快に感じるかも」
以前にイーリア様と呼んで嫌な顔をされたらしく、コールはイーリアさんと呼ぶことで落ち着いたようだ。
「私が? なんで?」
「その鉱山は、特殊な状況下にあるんです」
不思議そうな顔をする面々を前に、コールはどこか諦めるように、懐から一通の書状を取り出した。
「兄フロストからの手紙です。あまりに問題含みだけれども、もしも必要ならば皆さんにお話しするようにと、連絡がきていました」
テーブルにその書状を置いた時、コールはどこか降伏する兵士のように見えた。
それは多分、フロストからの話を隠していたことについて、裏切りや密通と見なされるかもしれない、という覚悟があったからだろう。
実際、クルルは目を細め、剣呑な表情でコールを見ている。
元実家とはいえ、ロランのバックス商会から、コールだけが知る情報を託されていたというのは、仲間意識の強いクルルには引っかかることだろう。
「これを開く前に言っておくけど」
そこに、テーブルに置かれていた書状を見ていたイーリアが、コールに視線を向けた。
「私はコール君を疑わないし、この場にいる皆もそうよ」
コールが驚くように顔を上げ、たまたま自分と目が合ったので、うなずいておく。
クルルだけは、そんなことはないという顔をしているが、耳と尻尾を見ればわかる。裏切りを本気で警戒していたら、もっとそこに出ているだろう。
「これをしまっていたのには、それなりの理由があってのことよね?」
「……はい」
コールがうつむきがちに返事をすると、イーリアは微笑み、テーブルの上の書状を広げた。
「あれ、これも地図?」
出てきたのは地図と、いくらかの文書。
顔を掌でこすって気を取り直したコールが、言った。
「アズリア属州の北部にある、ヴォーデン属州の詳細な地図です。その属州の北西の端は、実はそこで陸が終わっているわけではないのです」
「この先にまだ続きがあるってこと?」
テーブルに先に広げられていた、大きなほうの地図をイーリアが指さす。
確かにその西部辺境の地図には、北西の端まで陸地が描かれているが、そこで海になっているようにも、さらに続きがあるようにも見える。
「その先には、島しょ地域が続いていて、蛮族の土地なのです」
イーリアとクルルの耳が尖る。
「それって……」
「蛮族すなわち獣人たち……というわけではありません。帝国の支配の外にいる者たちという意味です」
ロランが歴史ある都市なのに、属州と呼ばれ、いかにも片田舎のように扱われているのと同じことだろう。
ただ、コールの口ぶりと、世の中の仕組み的に、蛮族には少なからぬ獣人たちが含まれるはずだ。
「かつて帝国がこの西部辺境地域に攻めてきた時、ここでその進軍が止まったのです」
コールの指が、地図の北西端を示す。
「そして帝国の進軍を止めた際の、蛮族側の要塞というのが、魔石鉱山なんです」
「鉱山が、要塞?」
ぴんとこなかったらしいイーリアに、ゲラリオが補足する。
「魔法使いにとっては天然の武器庫だし、夏も冬も気温が安定している鉱山の中なら、食料を長期保存できる。湧水にも事欠かない。籠城にはぴったりだろう」
「でも、この鉱山が? 古い鉱山なの?」
イーリアの問いに、コールはなぜか一瞬、ファルオーネを見た。
「この鉱山は、蛮族たちにとって神聖な場所なのです」
「神、聖……」
イーリアはその単語を、口の中で不思議そうにつぶやいている。
そこに、ひゅっと息を飲む音がした。
愕然と目を見開く、ファルオーネだ。
「まさか――」
「ええ、私もあなたのお話を耳にして、まさかとは思いました。でも、同時に想像もしました」
コールは地図に目を落としたまま、静かに言った。
「ここは蛮族の崇める、神が住む山だと言われているのです」
山岳信仰? と一瞬思ったが、ここは魔法が存在する世界だ。
なによりも思い出すべきは、魔石に刻まれた文字の解読をした時の、ファルオーネの話。
教会の教義の中にも出てくる、大精霊というよくわからない存在のこと。
神などまったく信じていなさそうなファルオーネが、その大精霊だけは実際に存在するのではないか、と言っていた。
なぜなら、教会の教義の中でも、あまりに曖昧な存在だったから。
その大精霊というのは、実は異なる信仰体系に属する存在であり、教会が無理矢理自分たちの教義に組み込もうとして、いびつなことになっているのではないかとファルオーネは仮説を立てていた。
そして今目の前にあるのは、帝国の進軍さえ退けた魔石鉱山に住むと言われる、蛮族の崇める神という話。
繋げて考えたくなる誘惑に勝つのは、とても難しい。
「牽強付会だとは思いますし、戦では常に、神的ななにかを見出してしまうと聞きます。帝国の進軍をせき止めることとなったこの山には、神が住むのだと言いたくなっただけかもしれません」
努めて冷静であろうとするコールは、話ながらゲラリオを見た。
「確かに戦場で、何度か天使が守ってくれたと思うことはあった。まあ大概はその天使ってのは、毛むくじゃらで可愛げのひとつもない野郎だったがね」
ゲラリオはそう言うが、説明のつかない幸運みたいなものに救われたことがあったはず。
ましてやこの蛮族たちの鉱山は、帝国の大軍勢を押し返した場所なのだ。
奇跡の戦いの拠点となった山に神が住む、という信仰を抱いたとしてもおかしくは……とまで考え、自分はふと気が付く。
「その信仰は、帝国が進軍してきた時に生まれたのでしょうか?」
その問いに、コールはため息をつく。
それはコール自身、この話に半信半疑だからだろう。
「信仰そのものは、昔からあったようだ。けれど、神が本当にいるのだと言い出したのは、帝国が攻めてきた時だと言われている。五十年前くらいのことだそうだ」
「なる、ほど」
ついで、ゲラリオが尋ねる。
「帝国はその後、攻め落とそうとしなかったのか? 連中が簡単に諦めるとも思えんがね」
「僕も兄からの手紙で、同じ違和感を持ちました。ですから、思ったのです」
本当にいるのではないか?
帝国の兵をなぎ倒した、神と呼ばれる存在が。
「……ただ、帝国としては完全に諦めたわけではない、と言えなくもないです。この鉱山を領土の端に抱えているヴォーデン属州は、帝国からの命令を受け、歴代当主たちが奪取を試みていますから」
「あ~、下っ端に押し付けるあれか。俺たち傭兵稼業に取っちゃいい仕事だが、押し付けられる側は戦費の垂れ流しで苦しむんだよな」
「ええ、それで、まさにその戦費の調達方法が問題なんです」
コールはため息をつく。
コールはこの話をする時、イーリアにとって不快かもしれない、と言った。
「ヴォーデン属州は、獣人を奴隷として売ることで、戦費を賄っているんです。そして、ロランをはじめとした属州全体の獣人奴隷貿易を支えている根源は、ここにあるんです」
「……」
ゲラリオがたっぷり髭をぞりぞりしてから視線を向けた先には、息を飲むイーリアとクルルがいた。
奴隷獣人の存在は、ロランの港でみんなの脳裏にこびりついている。
「どういう、こと?」
コールは深呼吸をしてから、説明を始めたのだった。
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