第119話

 ジレーヌ領に巨大な棒を差し込み、力任せにかき回すみたいに色々な物事が進展する中、あちこちの廃鉱山についての情報が、ロランにいるフロストの手を経由して集まってきた。


 久しぶりに訓練が休みとなったクルルとコール、それにゲラリオと、魔法陣研究の代表としてファルオーネも立ち合い、イーリアの屋敷で廃鉱山の位置を記した地図を広げ、どこの鉱山を調べにいくべきかの相談とあいなった。


「やっぱり辺鄙なところに分散してるのね」


 地図には属州アズリアだけでなく、帝国西部辺境と呼ばれる、四つの属州が集う土地が記されていた。


 西部辺境はおおよそ半島のようで、東側で大陸とつながっている。

 アズリア属州はその半島の左下に位置し、ジレーヌ領はさらにその中でも南西の海にちょこんと存在している。


 こうして地図で見ると、確かにここは帝国の中でも果ての果てなのだとわかる。


「鉱山は争いの場にもなるからな。政治の中心部からはどうしても離れがちだ」


 いつもより精悍な顔つきに見えるゲラリオが言う。

 多分、日に焼けて髭も長くなったせいだろう。


「どうする? 一個ずつ近いところから調べていくか?」


 縮尺がよくわからないのだが、ゲラリオやファルオーネはこの土地に流れてきた身なので、おおよその距離感を教えてくれた。


 ジレーヌ領から最も近い陸地に上がり、そこから横に長い長方形であるアズリア属州の領土を東に抜けるには、徒歩で約十日程度とのこと。


 一日三十キロ歩けると仮定すれば、属州の大きさは横四百キロメートル程度。縦はそれより短いから三百キロメートルくらいだろうか。

 誤差があるにしても、大体そういう桁数だろう。


「鉱山を調べようと思ったら、それぞれの土地の権力者と交渉が必要になるわよね? しらみつぶしにやるのは、あまり賢いと思えないんだけど」

「その辺は、イーリアちゃんの書状があればどうにでもなりそうな気はするがね。ロラン撃退の報せはあちこちに届いてるだろうし。アズリア属州内なら、仲良くしたいと望む連中は多いだろう」


 州都ロランはいわば属州の支配者であり、支配される側としてはロランに対して恨みつらみもあろう。

 となると、いざという時にはロランを倒しうる誰かと仲良くしておくのは、ロランに煮え湯を飲まされてきた者たちとしては、悪くない選択肢になる。


 そんなところだろうか。


「うーん……でも、鉱山がほとんど属州の東か、北のほうに偏ってるわよね。例えばこんなところを採掘するとしたら、誰かがずっとそこにいるってこと?」


 ここは飛行機や自動車のある世界ではない。馬と徒歩でそんな距離となれば、移住とほぼ変わらない。


「たとえば常駐で採掘せず、廃鉱山を採掘できる形にしたら、その分け前をもらうとかはどうですか? あるいは、権利を売ってしまうとかでもいい気がしますが」


 自分たちで採掘せず、そういう形でも結構な金額になる気がした。


「せっかく復活させた鉱山を自分で掘らないっていうのか? そんなもったいないこと……」


 とゲラリオは言ってから、考え直していた。


「いや、それで恩を売るってのもありか。いざという時のため、味方につけておいてもいいしな」

「ロランってこういう遠い土地の鉱山についてはどうしてるの? 遠方から、安定して魔石を集めてるのよね?」 


 イーリアが問いを向けたのはコールだ。


「ロランは属州の統治を帝国から請け負っている立場です。各地方の領主に供出量を設定して、足りなければ武力で脅す。それだけです。ロランは魔石が送られてくればそれで構わないので、鉱山から魔石が採掘されているかどうかすら気にしません」


 コールも訓練で日焼けしたのか、ますます美男子ぶりに磨きがかかっている。

 淡々と話す様子は、それこそ騎士のようだ。


「ということは、この辺はあれか、治安もあんまりよくないのか」


 ゲラリオが指で示すのは、属州の端。

 ぽつりぽつりと鉱山が点在する、属州アズリアの中でも辺境の地域だ。


「どうして治安までわかる?」


 クルルがゲラリオに問いかける。


 今までのようにため口なのは変わらないが、その表情がどことなく違う。


 部活の先輩を見るような顔とでもいうのか、なんだかちょっと見ているともやもやする感じだった。


「簡単だ。魔石に色はない。掘るより奪えば話が早いってだけのことだ」


 クルルは、ははあと軽くうなずき、コールはため息をついている。


「ここジレーヌ領は、とても恵まれた土地です。魔石の引き取り先はロランのバックス商会ですから、横取りしようとすればロランと戦うことになる。しかも輸送中に襲撃するには船が必要ですから、なおさら襲うのに費用が掛かります」


 その話から、コールがわざわざ島まで魔石を受け取りにきていたのは、イーリアに会う口実ということもあろうが、海賊避けという意味もあったようだと理解した。


「話をまとめると、遠方の地で廃鉱山を復活させ、継続的に採掘しようとするならば、それなりの戦力を配備する必要がある。それが嫌なら、ヨリノブの言ったように在地権力から分け前をもらうか、それも信用できなければ、さっさと売り払う。この二択になる」


 そこに、にゅっと手を上げる者がいた。ファルオーネだ。


「実務的な話の最中、失礼するが、我々は鉱山の運営には興味がない。歴史の中で忘れられるくらい古い鉱山となると、どことどこかね」


 この計画は、魔石鉱山に経済を頼り切っているジレーヌ領の寿命を延ばすだけでなく、魔法の秘密を探るためのものでもある。


 コールが地図を示した。


「今の帝国に支配される前から操業しているところとなると、ここと……ここ。それに、この地域一帯だと思います。けれど、どのくらい古いのかまではわかりません。誰もそんなことに興味を持たないですから」

「ふむう。ケンゴ殿はどうかね。同僚たちからなにか話は聞いていないのだろうか?」


 ファルオーネが、部屋の隅で静かにしている健吾に話を振った。


「伝説を知ってる奴らは多かったが、実際に見たことがあるってのはいなかった。まあ、操業して何百年という古い鉱山のほとんどは、とっくに廃坑になってるだろう? だから実際に見たことのある奴がいなくても、不思議ではない。ただ、現地に行ったらまた違うかもしれないとは思う」

「ならばいずれにせよ、探すなら地道に現地を訪れるしかないと?」

「だろうね」

「すると先ほどの話のような、治安の悪さや、地元領主との折衝などが障害となるか……。それに記された鉱山は、どこも内陸だ。内陸の徒歩の旅は、実に骨が折れる」

「あんまりこの島を留守にして、長いこと外をほっつき歩くのも問題だしな」


 ゲラリオが言う。


 ジレーヌ領は圧倒的な人手不足。

 特に危険な地域なら魔法使いの同伴が欠かせないだろうから、貴重な戦力を分散させることになる。


 そこに健吾が言った。


「ロランにいるフロストに、引き続き情報収集を頼むのじゃだめなのか? んで、確度の高い情報が得られたら調査する、というあたりが落としどころじゃないか?」


 この計画に賛成ではあるものの、元コンサルらしく良い面と同じくらい、様々な悪い面も気になるらしい。

 不便なこの世界では、人を送って調査させるというのも、安くない費用が掛かる。


 なので健吾が提案したのは、消極的なアプローチだった。


 それに対し、ファルオーネがやや怒ったように言う。


「そんな悠長なことでいいのかねっ」


 決して大声ではないが、よく通る声だった。


「諸君らがロランを撃退した話は、広く知られているだろう。遠からず帝国本土の連中の耳に入り、関心を引くに違いない。なにせ、諸君らは大規模魔法陣に匹敵するような魔法を放ったという事実がある。常識的に考えれば、巨大な魔石を掘り出したとみなされる。だがそんな魔石の存在を察知したら、間違いなく連中は調べにくるであろう」


 ファルオーネの口ぶりから、ロランを倒す時に放った常識外れの魔法は、単純に大きな魔石を掘り当てたからとは考えていないようだった。


 しかしファルオーネがあえてその手法を尋ねてこないのは、危険な世渡りをしてきた者ゆえの、自制心だろう。


「諸君らは、帝国や教会の魔法に関するしつこさを甘く見ていやしないだろうか。連中の執念深さは、蛇以上だぞ」


 実際に何度も追いかけられた挙句、こんな辺境にまで逃げてきたのだろうファルオーネが言うと、説得力がある。


「私が最も懸念するのは、すでに帝国か教会が、魔法の謎をすべて解いている可能性なのだ。そうであれば、平民がその重大な秘密を嗅ぎつけないかと、帝国や教会は間違いなく目を光らせているはずだ。ロランの船団を一瞬で黙らせる大魔法を撃った、なんていう情報は、連中の格好の餌となるだろう。そして調査にやってきた彼らが、このジレーヌ領では魔法の秘密が解かれつつあることを知れば――」


 自分たちのゲームは、そこで終わる。

 ならば極力頭を低くして、息をひそめ、調査がきてもなにも出ないように、すべての研究を中止する?


 自分は馬鹿げていると思ったし、ファルオーネも当然、そんなことは思っていない。


「しかし!」


 と主張したのだから。


「我々がすべての謎を解き終わっていたのなら、事情が変わるはずだ」

「ほう」


 ゲラリオが面白そうに顎を上げていた。


「自力で謎の最奥までたどり着いていれば、帝国や教会も我らの実力を認めてくれるはず。忠誠を誓い、臣従し、彼らに奉仕する道も開けるだろう」

「連中が頑なだったらどうする?」

「簡単なことだ。その時は、秘密はとっくに協力者にも伝えてあるから、広められたくなければ我らの身の安全を保障しろ、と交渉すればいい」


 何度もそういうハッタリで切り抜けてきたのだろうファルオーネは、さらにこう言った。


「そもそも謎を解いていれば、我らは尋常でない武力を手に入れていることになる。戦いとなれば向こうも無事ではすむまいから、それだけ交渉の余地はあるはず。いずれにせよ、今のような中途半端な状態でいるのが最も危険なのだ」


 核兵器の設計図だけを持っているならず者国家、という感じだろうか。

 前の世界に君臨していた、赤と白のストライプに鷲の紋章を掲げた怖い国のことを考えれば、今の自分たちの危なさが理解できる。


「理屈はわかるがなあ……」

「なんなら私一人で赴いても構わん。旅費さえくれれば、今までも危険な場所を渡り歩いてきたのだからな。一年……いや、半年とかからずすべてを回ってみせよう!」


 ファルオーネはそうとまで言うが、野盗や野犬に襲われたらその時点で終わるし、イーリアの書状にいくら力が宿るとはいえ、権力者たちの権力の源となる鉱山について、ファルオーネみたいな怪しいのが好きに調査できるとも思えない。


 なにより、ファルオーネみたいな才能と知識の持ち主を失うのは、絶対に避けなければならない。


 しかしそれならどうするべきか。


 自分たちは前に進むしかないのだが、やみくもに進むわけにもいかない。


 そこに、コールが小さく咳払いをした。


「実は……この件について、ひとつ、僕に提案があります」

「提案?」


 クルルが怪訝そうに見やると、コールは気圧されつつも、うなずいたのだった。

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